Episode02
退屈な一週間の終わりを迎え土曜日という名の休日がやってきた。
しかし、いつもの休日とは違う。
私は月と一緒に電車を乗り継いで、長い時間をかけて内房線の電車の中で座っていた。
月がどうしてもと言うから仕方なく、内房線か外房線のどこかで降りればだいたい綺麗な海に辿り着くだろうと踏んだのだ。
「わあ、車窓からきらきら光る海が見えます~」
座席のシートに体を向けて窓の外を見ながら月ははしゃぎっぱなしだ。
「みっともないからやめなよ」
「いいじゃないですか。この車両、他に乗客いませんし」
たしかに、この車両どころか電車内にはほとんど乗客がいない。昼時だからだろうか?
さて、どの駅で降りるかな?
正直、内房線に辿り着くまでも相当時間がかかってしまったから、あんまり遠くには行きたくないんだけど……。
私はスマホで綺麗な海と検索した。
いろいろ出てきてどこも綺麗だが、人の少なさなどを考慮した結果、勝浦駅という場所まで乗っていくことにした。
……内房線じゃなくて外房線だと?
こりゃあ長時間の旅路になりそうだ。
「月はいいよね、人気があってさ。私も一度くらいあんな風にちやほやされてみたいよ」
「……されていないですよ」
急に月の表情が暗くなる。
まずいことを訊いてしまったのか、嫌みに捉えられてしまったのか、とにかくどちらにしろやらかしてしまったかもしれない。
「いや、ほら、男女関係なく周りから親しくされるのは良いことだと思うよ。少なくとも私は誇っていいことだと思う」
「……いじめられていても、ですか?」
「へ?」
月がいじめられているだって?
いや、だって私の教室に来たとき、みんな月に好意的な目を向けていたじゃないか。
「クラスメートにいじめられているんです。かわいいからって調子乗るな、だとか、ノートをトイレに落とされたり、体操着を隠されたりとか……トイレで集団の女子に軽いリンチを受けたこともあります」
「な、なんだよそれ!? どうして先生に言わないの? いじめは放置したらどんどん過激になっていくんだよ? 早く担任にーー」
言い切るまえに月は言葉を遮り予想していない返答が返ってきた。
「担任に言わなかったと思います? いじめがエスカレートしたタイミングで、きちんと担任に伝えました。でも、担任はいじめっ子に怒っただけで、あとはなにもしてくれませんでした」月は成り行きを説明する。「先生にチクったことでいじめがさらに酷くなってしまったんです」
なんて役立たずな教師だろう。
いじめをやる奴等を叱っただけで野放しにしたら、いじめっ子がそれを理由にして報復するのなんて誰だってわかることだろう。
「だから、はじめて会ったあのときは咄嗟に嘘をついたんですけど」
あのときの嘘?
……。
ああ、海の一部になりたいとかいう電波な発言か。
「ってことは、もしかして……」
「はい。あの日、私はずっといじめられるのが辛くて、本気で自殺しようと考えていたんです」
「自殺はダメだよ……最悪、いじめが嫌なら学校に行かないって手もあるんだし、死ぬよりはマシだよ」
いまの私にはこのくらいの返事しかできなかった。正しい慰め方も解決方法も、バカな私の頭脳には浮かんでこない。
「でも、お姉さまは体を張って私を助けてくれました! こんな私にすっごくやさしくしてくれて、海にまで一緒に連れてきてくれて、私は救われたんです」
きらきらした瞳で私を見つめてくる。
でも、月みたいな美少女なら、いじめに荷担していない人間なら誰でも助けただろう。買いかぶり過ぎだ。
「とにかく、もう二度と自殺なんて考えないこと。いい? 悩みがあれば相談くらいには乗ってあげるからさ?」
「はい! お姉さまと会えて、生きる希望を見つけました。だから、私はもう自殺なんてしません!」
明るい表情で月は大きく返事した。
こうして、しばらく他愛ない話を時間単位で繰り返し、ようやく外房線に乗り換え勝浦駅まで辿り着いたのだった。