4.愛しい人
ティオルの人生は幸福では無かったかもしれない
たいていの人間が当たり前のように生まれ持っている家族は、その記憶すらなかった
小さな身体で、街の片隅で雨風を凌ぎ、食べ物を探した
時に危険な目にあったが、守ってくれる人はいなかった
大きくなり、冒険者になってからは食べ物や住むところに困ることはなくなったが
初めて出来た家族のような相棒は、ある日突然姿を消した
必死で探したが、手掛かりさえも見つからず、誰も探す手助けさえしてくれなかった
何も持たなかったティオルは失うことに慣れていなかった
喪失感はティオルを強く苛み、それはいつまでたっても消えることはなかった
失うのであれば初めから手に入れなければいい
そう思って、それ以降は出来るだけ人との距離を置いた
それでも
クローと過ごした日々がティオルの中で消えることはなく
その残滓が時折現れて、誰かを求めてしまうことがあったのだった
そんなティオルは幸か不幸かフィナと出会ってしまった
とても上品とは言えない冒険者たちの中で
幼い笑顔を無防備にさらし、誰にでも優しさを簡単に向けるフィナはひどく危なげに見えた
その冒険者らしくない様は、いつも気の弱そうな、優しい笑顔を浮かべていたクローをどこか思い出させ、そのせいでティオルはフィナを気にせずにはいられなかった
偶然からフィナと行動を共にすることとなってからは、時間はかからなかった
すぐにお互いがお互いの大切な人になっていた
ティオルには大切な人を作ることへの抵抗があったが、
愛しい人に向けられる愛情を拒絶し続けるには、ティオルは愛情に飢えすぎていた
すっぽりと自分に腕の中に納まる華奢で柔らかな体を抱きしめると、甘くいい匂いがした
「ティオル、大好き」
顔をティオルの胸に埋めたままフィナが甘えたような声で言う
言葉は触れ合ったところから直接ティオルの体に入り込み、全身を駆け抜ける
「…俺もだ」
ふわふわと膨れ上がる幸福感に包まれながらも、その最奥に小さな棘のように不安が潜んでいるのを感じ、ティオルは小さく震えた