Eldias断章 Last plot (1)
時空概念機イブリースが宇宙を翔ける。
アダマスの意志を乗せ、深紅の光が闇を引き裂く。
向かうは時空の果て。時代簒奪機ケイオスを破壊すべく、宇宙の深淵へと進み行く。
「恐れることはない。CCD細胞は、宇宙に存在する全てを統合する。
お前を愛する者も、愛した者も。全ては混沌の中で再生し、蘇る」
這い寄る混沌がさえずる。
全ての元凶が、人の願いを語る。
「永劫の時間。不老不死。そして、愛。
CCD細胞を受け入れれば、お前たちは全てを失わずに済む」
色とりどりの宇宙を抜けて、イブリースは門に至る。
時空の果て、アザトースへと通じる門。
門を前にして、一瞬の躊躇いがアダマスを静止させた。
ここから先に進めば、恐らく後戻りはできないだろう。
愛する者、友情を育んだ者、導いてくれた者。あるいは憎む者。悪意や敵意をも飲み込む不条理と残酷さに支配された世界。
それら全てに、別れを告げなければならない。
一瞬の躊躇を突き、混沌は囁く。
「まだ幼き頃、お前たちは愛されていた。誰もが愛情を無条件に授かっていた。
その頃に戻りたいと思わないのか。全てが満たされた時代に帰りたいと思わないのか」
アダマスは瞑目した。
別れの時だ。
搭乗席にてイブリースと一体化するアダマスは、波導機の調整器に手をのばした。
イブリースが搭載するELジェネレータ、その波導の波長を変化させる。対象物が放つ固有の波長に合わせる。
イブリースが放つ色が変化した。赤から青へ。万物破砕、破壊の色へ。
「あるいは、こうも願ったはずだ。誰かに愛されたいと。未来から注がれる愛。有り得たかもしれない未来を手にする快感。
お前たちは選ぶ。切り取られた歴史を。意図的に切り取った時代を。そしてそれを繰り返す。魂がすり切れてもなお続く愛を、永遠の繰り返しを」
CCD細胞の根元を破壊すれば、アダマスもただでは済まないだろう。アダマスの体もまた、CCD細胞によって構成されているのだから……。
「過去と未来に対する執着、愛憎こそが我々を突き動かす。誰のものではない、お前たちの感情によって。
受け入れるのだ。これがお前たちの定めだ」
「いや……違う」
イブリースは、収縮を繰り返す門を押し広げた。
破砕の色を帯びたイブリースは、アザトースの断片にふれた。
破壊。その名は秩序。
混沌に秩序が広がっていく。雑多にぶちまけた多種多様な色彩を白紙とすべく、破壊は伝播していく。
混沌は、狼狽えた。
「何を、している」
アダマスは、調整器の安全装置を切った。
安全圏にとどまっていたELジェネレータの出力が上昇する。空間に広がりゆく波動の波長が限界域に達し、イブリースが白色化していく。
限界を越えて白熱化したイブリースは、自己の存在と引き替えに広大な破壊をもたらした。
時間と空間を越えるアザトースの門――その接触はあらゆる時代、あらゆる場所に干渉する手段と成る。
アザトースの門を通じて、白色爆発が宇宙を染め上げていく。
破壊は全宇宙に広がっていき、CCD細胞を根こそぎ破壊していく。
CCD細胞。それは、多様な側面を持つ生体技術。魔術の域に達した科学でもあり、魔法へのアクセスを許可する秘法でもあり、人と人の心を繋ぐ神秘でもあった。時代によっては、それは、ナノマシンとも呼ばれた。
全宇宙に拡散していたCCD細胞は、今こそ、破壊される。
「な、に、を、し、て……い……る……?」
CCD細胞をより所とする混沌に、揺らぎが生じた。
破壊。秩序ある破壊。CCD細胞のみを滅する……巨大にして広大なる破壊。
無論、アダマスは無事ではなく。
さりとて、無策ではなく。
強化搭乗服を着込んだアダマスは、操縦席に突き刺さる剣を手にした。
この剣は、イブリースの片割れとも言うべき代物だった。小型の波導機を搭載しており、緊急時にはイブリースを内部から爆破せしめる役割を秘める。
イブリースはもはや、自壊しつつある。アダマスはイブリースを脱ぎ捨て、混沌の海を泳いだ。
「混沌よ。切り取った瞬間を繋ぎ合わせて永劫を生きるのは、人も願うところだろう」
混沌の海。光も闇も色も全てが混じる場所。
アダマスには、海を渡る翼があった。
かつてイヴァがアダマスに託した翼は、奇跡的に、飛翔をもたらした。
最後の飛翔。混沌の究極点へと向かう旅路。
永遠とも一瞬とも取れる時間が過ぎ去り、過去のものとなっていく。
時間の感覚が狂い、空間の座標も知れず、ただ一人、混沌の海を渡るアダマスを支えたのは、仲間たちとの思い出だった。
思い出がアダマスを推進させる原動力となった。
認識すらできない一瞬の出来事。遂に混沌の究極点にたどり着いたアダマスは、剣の柄を握る指に力を込めた。
「混沌よ。けれどそれは、究極の孤独だよ……」
今までの旅で得た回答を、突き出す。
それは、否定。
強制された運命を否定する、意志の一撃。
否定の光は混沌に突き刺さり、秩序を以て払拭をもたらした。
破壊が混沌を上塗りしていく。
光が満ちていく。
全てが粉々に砕け散っていく中、混沌は、
「な、ぜ?」
と呟いた。
混沌から光が生まれた。
やがて後世で語られるその現象は、旧宇宙の爆発であり、宇宙開闢であり、ビッグバンだった。
そうして、新たな宇宙が生まれた。