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ベリルの瞳   作者: 斎田なおみ
6/21

巨蟹宮 2 海へととける

 朝食を済ませ人心地つくと2階の奥のシャッカスの父親の書斎に向かおうとした。

「そういえば昨日言ってたのこれだよ」

 それは大きく白い大理石でできた天使の彫像であった。天に向かって両手を差し出す姿はまるで許しを請うようで片方のもがれた翼は地に落ちており痛々しささえ感じた。

「すごい迫力のある彫像ですね」

「ほんとにね。彼の悲痛さえ伝わってくるようだよ」

 そういいながら階段を上った。階段から見えた背中の羽の付け根は折れた骨がむき出しになっておりさらに悲痛さが増した。

 シャッカスの父親の書斎に着くとそこは予想以上に散らかっていた。フレデリクが思わずシャッカスのほうを見ると、シャッカスも思わずフレデリクの顔を見返した。

「そういえば、大学の時に資料を漁ったっきり其のままだったような気もする」

「なるほど。それで、どこから手を付けますか?」

「まずは本棚。それがいいんだな」

 二人して散らばった本を片付け始めた。分野は様々でまるで施設の図書館のようであった。

「父も奇特な人でね背表紙に分類が書いてあるからその棚に適当にいれてくれればいいよ」

「わかりました」

「私はこのアホみたいに散らばっている書類やら論文やらを片付けるから」

 二人はそういって黙々と本を片付け始めた。窓以外の壁はすべて本棚となっており、中央には紙がうず高く積まれている。本棚を見ていると神学とニーチェについての本が多いことに気が付いた。

「せ、シャッカスのお父さんは学者だったんですか?」

 椅子に乗って上の方の本棚を片付けながらシャッカスに尋ねた。

「いいや、ただの好事家なだけだよ。時々論文を寄稿していたみたいだけどね」

 シャッカスは紙に目を通し、論文と不要な紙と父親のメモ書きとに分けていた。

「そうなんですね。この本の量とその論文の束を見ててっきり学者なのかと」

「週末学者とでもいおうかな」

 そんな風に笑いながら進めると昼前には作業が終わった。二人は昨日買っておいたジェラートを食べ終えたあと海へ行くことにした。

 シャッカスは物置からビーチパラソルとレジャーシート、クーラーボックスを引っ張り出した。二人はそれに冷たいジュースをつめこみ、ビーチへと向かうことにした。

 家から歩いて数分のところにある砂浜は地元の人しか知らないようであまり人はいなかった。荷物を置いて一息つくとフレデリクはすでに海に入りたそうに視線を海に向けている。グランデは長い髪をゆるいお団子にまとめながら少しだけ申し訳なさそうな顔をした。

「海に入る前に背中にサンオイル塗るのを頼んでいいかな」

「わかりました!」

 フレデリクは勢いよく返事をするとどう見ても多量のサンオイルを手に垂らした。ココナッツの甘い香りがあたりに漂う。

「ずいぶんたくさん出したね。余った分は腕あたりによろしく」

 そういってシャッカスはレジャーシートにうつ伏せに寝そべった。フレデリクはムラの無いように集中して塗った。スーツで着やせするたくましく広い背中と直に感じる体温に少し胸を高鳴らせながら背中の上部から下部、腕を塗り終えた。

「ありがとう。毎年背中は変に日焼けしちゃうから助かったよ」

「これを塗れば綺麗に焼けますか?僕すぐ赤くなっちゃって」

「泳いでくるんだろ?十分に泳いだ後に塗ってこんがりと焼こうじゃないか」

 シャッカスはそういって躰の全面や足にオイルを塗りこむ。

「はーい」

「サメには気を付けるんだよ」

 そんなシャッカスの言葉を背に受けながらフレデリクはシュノーケルを持って勢いよく海へ駆けていった。

 しばらく浅瀬をパチャパチャ泳いでいると空腹を感じすぐに海から上がった。シャッカスはまるで予知していたようにチーズや卵、トリュフの挟んだ具だくさんなサンドイッチを購入していた。

 フレデリクはぺろりとそれを平らげると海を見つめた。日の光が反射しとても眩しい。遠くで子供が砂の城を作っているのが見える。

 すこし砂遊びをしつつ食休みを終えるとすぐにまたフレデリクは海へと繰り出した。

 水は透き通った青色をしており、はっきりと魚が泳いでいる姿を見ることができた。フレデリクが息を大きく吸い込み潜ってみても魚たちは優雅に泳いでいるどころか、むしろ近寄ってくる素振りすらあった。

 まるで空を飛んでいるかのような錯覚すら覚え夢中になって泳ぎわかっていると、見覚えのある誰かが並んで泳ぎ始めた。

 みればシャッカスであった。フレデリクが潜れば一緒に潜り、沖のほうへ行くなら庇うように先行し寄り添いあって泳いだ。そして、いったん水面に顔を出すとシャッカスはシュノーケルから口をはずした。

「君があまりにも楽しそうに泳ぐからつられてつい一緒に泳いでしまったよ」

 そういって少年のように笑うシャッカスにふと懐かしい気持ちを覚えてフレデリクはくすくすと笑った。

「なんだかシャッカスと初めてここに来たような気持ちじゃないです」

「永劫回帰かもね」

「ニーチェはしばらくお休みします」

 また暫く泳いでいるとまるでシンクロのように更に自然に一体感を伴って泳ぐことができた。

「ちょっと疲れました」

「じゃあパラソルの下で休憩しようじゃないか」

 二人はビーチへと戻っていった。暫くは休憩らしく二人は持ってきた本を広げてゆっくりと読み始めた。

 寝不足と泳いだことの疲労も相まってすぐにうとうととし始めた。シャッカスはフレデリクに直射日光が当たらないようパラソルの位置を移動させた。十五分ほどうとうとしたフレデリクは頬に砂の後をつけて起き上がった。

 シャッカスはスポーツドリンクを勧め本を閉じた。

「今日はたくさん動いたし疲れただろう。早めに帰って家でゆっくりしようか」

「はい」

 二人はそういって荷物を片付けると、帰路に就いた。帰り道にちょうど出来立ての鱸のパイ包みが売っていたためそれとミートローフなどを買って帰宅した。

 順々にシャワーを浴びて砂や塩を洗い流すと変わらずリビングで寛ぎ始めた。

「シャッカスといるととても寛げる気がします。それになんだかずっと前から知っていたようなそんな不思議な気分になります」

 再びうとうととし始めたフレデリクは思わずそんなことを口にした。

「そうだよ。僕達はずっと前からお互いを探していたのさ」

 シャッカスも否定せずむしろその言葉を待っていたかのようにシャッカスの肩を抱き寄せた。フレデリクはその両方に驚いて顔を上げる

「え?」

「例えば僕たちがロミオとジュリエットの生まれ変わりのような存在で、今生で結ばれる運命なのさ」

「東洋的な考え方ですね。それはそれで素敵ですけど、男同士ですしきっと次の生まで無理ですよ」

 フレデリクはそういうと眠たそうにあくびをした。

「でも、シャッカスとはずっと一緒にいたいです」

「そういってくれると嬉しいよ」

 フレデリクはそれを聞いて安心したようにふにゃっと笑うと座ったまま意識を手放した。

「今生こそ、絶対に僕が君を守るさ」

 シャッカスはそうつぶやくとフレデリクの額に柔らかくキスを落とした。ココナッツの石鹸の香りがふんわりと香る。

 そしてその身体を優しく抱き上げると階下の彼の部屋へと運んでいった。


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