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ベリルの瞳   作者: 斎田なおみ
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蝉の話 Cigale

 夏休み、シャッカスの別荘で過ごしている日のことだった。

 フレデリクは鳥の鳴き声とは違う音がふと朝から響いていることに気づいた。その声は中中力強く、まるで今日の暑さを乗り切るぞと張り切っているような声だった。

 しばらくその声をじっと聞いていると太陽の眩しさにめまいがした。

「窓の近くで何を聞いているんだい?」

 シャッカスはアイスティーを運びながらフレッドに問いかけた。

「何か鳴いているので声を探していたんです」

「ああ、Cigaleか。確かに夏らしいね」

 髪の毛を緩く縛ったシャッカスは同じように外を見かけた。

「これがそうなんですね。夏に南仏に来たことがないので初めて聞きました」

「そうだったんだ。後で探してみるかい?」

「ええ!図鑑でしか見たことないので見てみたいです」

「わかった。まずは水分を補給してから行こうか」

 綺麗な緑の瞳は少年らしい輝きを宿している。シャッカスはそれを愛おしそうに見つめる。

 二人は帽子を被ると外へと駆け出した。

 庭に生えている木から一際大きな声が聞こえる。

「あ、あそこにいるよ」

「見えないです」

 シャッカスは小声で木の幹を指さすがフレデリクは目をこらしても全く見えない。

「ちょっと失礼するよ」

 シャッカスはそう言ってフレデリクを軽々と抱きかかえた。フレデリクは驚いて身を硬くする。内心は蝉を見るどころではなくなってしまった。

「見えたかい?」

 フレデリクが慌てているうちにセミはジジっと鳴いて飛んでいってしまった。

「飛んでいく姿は見えました。下ろしてください」

 フレデリクはそう主張するがしばらくシャッカスは彼を持ち上げたままにする。

「君は本当に軽いね。飛んでいってしまいそうだよ」

「そういうのいいですから……」

「可愛いMon ange には綺麗な白い羽が生えているんだろうなあ」

 シャッカスは満足したのかフレデリクを地面へと下ろした。

「肩甲骨は天使の翼の名残っていいますよね」

「きっと君のここにも綺麗な白い羽が生えていたんだよ」

 シャッカスはそう言いながらそっと肩甲骨に指を這わす。フレデリクはくすぐったそうにケラケラと笑う。

「じゃあシャッカスにはきっと真っ黒で綺麗な翼があったんでしょうね。だって髪も瞳も綺麗な黒色ですから」

「……そうだね」

 シャッカスは少し驚いた表情をしながらもそういうと、慌てて話題を変えるかのように口を開いた。

「そういえば今日は蚤の市が出ているらしいよ?行ってみようか」

「掃除はいいんですか?」

 フレデリクはそう言って書斎の窓を見やる。まだ本棚に収まっていない本が見える。シャッカスはどこ吹く風でフレデリクの帽子を直す。

「少しくらいサボったって大丈夫だよ」

「教師が言うこととは思えませんね」

「今は休みだからね」

 二人はそのまま連れ立って蚤の市が行われている公園へと向かった。人で賑わっている。

 フレデリクは古本をざっと見るが特に心惹かれるものはなかった。

 他にもさまざまなものが売られている。

 その一角には手作りの工芸品が売られていた。フレデリクの目を引いたのは精巧な木彫りのアクセサリーであった。

 革の紐に括られたそれは緻密に彫られたそれはまるで生きているセミから採取したと言われても信じてしまうほどであった。

「お兄ちゃん、これに目をつけるとはお目が高い。幸運のお守りにどうだい?」

 作り主だと思われる老人は快活そうな笑みを浮かべて声をかけてきた。

「それじゃあこれ二つもらおうかな」

 シャッカスは財布を取り出しあっという間に二つ分の代金を払った。

「へへ、ありがとうございます。色はどうするかね?」

「じゃあ僕はこの真っ黒なやつを」

「私はこの白に塗られたものをもらおうかな」

 二人はそれぞれ手に取る。彫刻家は名刺を渡して他の作品もまた見に来てくれと笑っていた。

「服を買ってもらった上にこれまでありがとうございます」

 フレデリクは首からかかっているセミの羽を嬉しそうに触る。

「素敵なものには投資を惜しんではいけないからね」

 シャッカスも上機嫌そうに笑う。

「さあついでに昼ごはんも済ませてしまおう」

 大通りへと向かう二人を追うようにセミの声が響いていた。



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