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ベリルの瞳   作者: 斎田なおみ
4/21

巨蟹宮 1 夏休みの始まり

学園は定期テストを終え、来たる夏休みに向けて皆が浮足立っていた。帰る実家もないフレデリクは特に寂しがるでもなく淡々とテスト結果の発表までの日々を過ごしていた。

フレデリクが相変わらず図書室で過ごしていると、ジャソンが元気はつらつとした表情でやってきた。彼はいわゆる秀才というやつで体育以外の成績は常にトップだという噂があるぐらいだ。

去年は彼に誘われて南仏のほうにある彼の実家に少しの間過ごさせてもらった。孤児院育ちであるからか、家族という距離の取り方がわからず困って疲れてしまい、一足先に寮に帰った直後に熱を出したのをよく覚えている。

「フレッド、今年はウチ来ないか?オヤジが新車を買ったらしいんだよ」

「ジャソン先輩、お誘いありがとうございます。せっかくの家族水入らずの時間ですし、去年もお邪魔して申し訳ないので今年はご遠慮させていただきます」

「今更子供の一人や二人が増えても気にするような家でもないぜ。妹が君に会いたがっているぐらいだからな」

「なおさら行きにくくなってしまいますよ」

「まあ去年はそのあと熱だしたしな。無理にとは言わないさ」

ジャソンはそういって笑うと夏休み中に読むのか幾何学や哲学などの難しそうで分厚い本を数冊借りていった。

夏休み中は自由に町へ行くことが可能なので暇を持て余すことはないと思った。また、自分が読みたいと思っていた本のリクエストが大体通ったのでそれを読んで過ごそうと思ったのだった。

夏休みの特権でとりあえず読みたい本を確保すると、少し気分が浮かれて本を抱えたままいつもの木陰へと向かった。

そこにはすでに誰かが寝そべっているようだった。昼寝の邪魔をするのは後々が怖いとエクトルで十分知っていたのでそっと起こさないように立ち去ろうとしたが、寝そべっていた人影に声を掛けられた。

「フレッドじゃないか。帰省の支度は終わったのか?」

シャッカスが珍しくワイシャツにチノパンといったラフな格好で寝ていたのだった。

背中についた草を払うように起き上がると、フレデリクが座りやすいように木陰の半分をあけた。フレデリクは素直に横に座ると首を軽く横に振った。

「僕には帰る家がありませんから」

「それは失礼なことを言ってしまったね」

「物心ついた時から孤児院でしたから別に気にしないでください」

シャッカスは少し考えたような表情をすると明るい表情を浮かべてフレデリクに提案をした。

「僕の実家に来ないか?だれも住んでいなくて、風通しもかねて帰ろうと思っていたんだが、掃除をするのに骨が折れるから手伝ってもらいたいんだ」

フレデリクはどう断るかに悩んでいた。帰る家がないと言ってしまった以上どう言い訳もできない。フレデリクが思わず黙ってしまっていると、シャッカスは微笑みかけながら話を続けた。

「家は海の近くで近くに市場もある。美味しいご飯に青い海、山の中の学校から抜け出して気晴らしするにはもってこいじゃないか?」

「でも僕料理苦手ですし…」

「なに、どうといって問題はない。一人暮らしが長いと結構料理の腕は上達するんだぜ」

「あまり服を持ってないのがちょっと恥ずかしいです」

「行きすがら買えばいいさ」

「本をたくさん読みたいです」

「図書室の本をたくさん借りればいいし、なんなら僕の貸出枠を使えばいい。それにオヤジの本が家にはたくさんあったはず」

思いつくだけの反論を並べても更に反論されるだけであった。

フレッドは暫くの問答の末、ようやくシャッカスの提案にうんと言ったのだった。


他の生徒がほぼ全員がそれぞれの帰るべきところに帰ったのを見送ると、シャッカスの運転する車で南仏へと向かっていった。

途中でフレッド用の夏服を調達するためにブティックへと寄り道をした。

フレデリクがセールと値札のついているものを1枚手に取ってレジへ向かおうとすると、シャッカスは驚いたように引き留めた。

「これは僕からの誕生日プレゼントさ。受け取ってくれよ」

そういって試着室に詰め込むと、ちょっと待っててくれと声を掛けて服を取りに行った。

「これとか似合うんじゃないか?」

そういってドアの隙間から差し出してきたのは数枚の明るいアロハシャツと黒いハーフパンツ、黒いサンダルであった。また、同じようながらの水着も入っていた。

「こんなに着るんですか?」

「まあ試してよ。サイズの確認もしたいし」

フレデリクは戸惑いながらも言われたとおりに鏡の前で着替え始めた。

プールに入っても全然焼けなかった白い肌と、身長に対して体重が追い付いていないやせた身体を見ると情けなくため息が出た。

服はすべてジャストサイズでフレデリクは驚きつつ、ドアを開けた。そこには店員の女性と親しそうに話しているシャッカスがいた。

「これが僕の夏の日だよ。かわいいでしょ?」

「本当に。それならこちらもおすすめですよ」

そういいながら女性店員の手には白いふわっとしたシャツがあった。

「サイズはぴったりだね。気に入ったシャツはどれだい?」

フレデリクは戸惑いながら青いアロハシャツと、緑色のウッド模様のシャツを差し出した。シャッカスはそれらを受け取ると白いシャツもまとめて会計をした。そして、フレデリクは試着室から出た時の格好のまま車に乗り込まさせられた。

手に抱えた服の袋から見た値札には自分の予想よりも値段が高く思わず小さい悲鳴を上げた。

「せんせ、これ……!値段……!0が多い!」

「気にしない気にしない。夏の思い出作りへの投資さ。それに掃除してくれる分の前払いだと思ってくれ」

「でも、せんせ……」

「先生呼びもやめようぜ。せっかくのバカンスなんだから。シャッカスと読んでくれてかまわないよ」

シャッカスはけらけらと笑ってカーラジオのボリュームを上げた。夏らしい爽やかなロックが流れていた。


シャッカスの実家に着いたのはその日の夕方だった。

「今日の朝からハウスキーパーさんを頼んでいるから寝る部屋だけは綺麗になってるはず」

そういって玄関の鍵を開けると白を基調とした玄関が二人を出迎えた。

若干のほこり臭さが無人の期間を表していたが綺麗な建物であった。そして、階段の横には布をかぶった大きい何かが置かれていた。

「これはなんですか?」

トランクと買い物袋の服を抱えたフレデリクは荷物の間から顔を上げて見上げた。

「これはオヤジの趣味で作られた天使の像だよ」

そういって同じく荷物を抱えたシャッカスが答えた。

「あとで覆いをはずしておこう。とりあえず部屋に荷物を置いてくるといい。部屋は2階の一番手前の部屋だよ」

階段を上り言われたとおりに部屋に入ると、部屋も白を基調とした綺麗なつくりの部屋であった。

クローゼットの中にトランクを入れ、買ってもらった着替えをハンガーに吊るす。先ほどはよく見なかったが白いシャツは白いレースの刺繍の入っており少し少女趣味に思われた。

厚手のカーテンを開き窓を開けると潮騒と共にビーチで遊んでいる人たちの声が聞こえてきた。

「眺めがいいだろう?明日からビーチでゆっくりできるよ」

「掃除はどうするんですか?」

「ハウスキーパーさんが思ったより掃除してくれていてね、そんな熱心に考えなくてもいいよ」

シャッカスはそういって書置きをひらひらと見せた。

「そんな、申し訳ないです」

「じゃあ父の書斎の整理を手伝ってほしいな」

「わかりました」

「整理をするとき声を掛けるよ」

二人が大方荷物を置いて落ち着いたところで、夕飯を食べに外に出ることとなった。

「美味しいシーフードを食べつくそうじゃないか」

「楽しみです」

バカンスシーズンであるためか、宵の口はまだまだ賑やかさがあった。

「この店が美味しいんだよ」

そういって大衆的なレストランのドアを開けた。酔っ払いの賑やかな声とスポーツ中継の音が一気に耳に入ってきた。しかし、シャッカスがウエイターに声を掛けると、事前に話を通していたようで2階のテラス席へ案内された。

そこは家にいるときよりさらに潮騒が聞こえ、下の喧騒も少し遠くに聞こえた。

海はすでに夜の闇に染まっており、月の光が白い道を照らしていた。

「いつも頼んでるのがあるんだけど、それでいいかい?アレルギーはないよね?」

「はい、よろしくお願いします。アレルギーはないです」

始めてみる光景にワクワクしていたフレデリクはじっと海を見つめていた。

テーブルに備え付けられていたベルを鳴らすと先ほどの店員が近寄ってきて注文を受け付けた。

アペリティフにと、シャッカスにはシャンパン、フレデリクには甘さ控えめのぶどうジュースが運ばれてきた。

最初に出てきたのはトマトとオリーブ、ルッコラ、メスクランのみずみずしく柔らかいサラダであった。しゃくしゃくとした噛み応えとルッコラの香りにちょうどいい塩加減であった。

「野菜が新鮮でおいしいです」

そのつぎに出てきたのが濃厚な魚のエキスのような魚のスープであった。シャッカスの説明によれば、このスープはチーズを溶かしバケッドを浸して食べるとのことだった。様々な魚介類の風味がハーモニーを奏で、ヤギ乳のチーズでさらにまろやかさと濃厚さが加わってこれだけでも十分な満足感があった。

「ふだんならこれで夕飯は終わりですよね」

「今夜はまだまだ食べられるぞ。君も一杯どうだい?」

普段食べないような料理で思わず夢中になっていることに気づいたフレデリクは少し恥ずかしくなり食べる手を止めた。

シャッカスはその様子を見て少し笑った。手にはいつの間にか白ワインがあった。ぶどうの香りのほかに何かハーブを漬け込んでいるのか不思議な香りであった。

「このぶどうジュースがおいしいので大丈夫です」

「真面目だなあ」

シャッカスはけらけら笑うとグラスの中身を飲み干し、手酌で中身を継いだ。

「ずっと食べててすいません。面白い話の一つでもできればいいんですけど」

「そんなこと気にしなくていいんだよ。それはこれから学ぶべきことさ」

そういってシャッカスは皿のスープを飲み干した。彼は見かけによらず大食漢であるらしい。

そんなことを話していると締めの料理であるブイヤベースが運ばれてきた。これも魚介類の煮込み料理であるがここの店の看板メニューであり、クスクスが煮込まれていた。

「これなんですか?」

「アフリカの主食だよ。スープがしみ込んでとても美味しいんだ」

とりあえずそのクスクスを食べると確かにトマトの風味と海鮮の風味がしみ込んでいてとても美味しかった。

フレデリクはこれも夢中で平らげ、あっという間に皿の中にはエビの殻やムール貝の貝殻だけになった。

そしてデザートとしてモモのコンポートが添えられたモモのジェラートであった。その冷たさが喉をさっぱりとさせ気持ちよい。

みればシャッカスはアイスティーを飲んで海を見ている。

「せん、シャッカス、今日は何から何までありがとうございました」

「こちらこそ帰省に付き合わせて申し訳ないね。それにしても…」

シャッカスは新月の夜より黒い瞳でじっとフレデリクを見つめた。月の光が妖しく反射する。フレデリクはその瞳に飲み込まれるかのように透き通った緑の瞳をぱちくりとさせる。

「本当に君の食べっぷりは見ていて気持ちがいいね。ドンドン食べさせたくなるよ。帰りにお菓子でも買って夜遅くまで映画でも見ようか」

「こんなおいしい食べ物夢中になってしまいますよ」

そういってフレデリクは笑ったが漠然とした期待外れの気持ちが湧き上がっていて不思議に思った。

(何を期待していたのかな?)

ほんの少しの自問自答はすぐにシャッカスの言葉で意識の奥底へと潜っていった。

「明日天気が良かったら朝早めに父の書斎の整理、といっても書類の分類とかだけど。それをやろうと思うんだ。さっさと終わらせて海に行こう!」

子供の用にはしゃぐシャッカスを見てフレデリクはくすくすと笑った。

二人は涼しい潮風に吹かれて家に戻り、シャワーを済ませた。バスルームの石鹸一つとってもシャッカスのこだわりがみてとれた。

シャッカスは皮張りのソファの隣をポンポンと叩き座るように誘った。テレビでは話題の歌手が歌っていた。

フレデリクは遠慮しがちに腰を下ろしてテレビを眺めるともなしに流れる。ここちよい無言の時間を過ごす。何曲か聞いているうちにフレデリクの方から声を掛けた。

「今日からよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。楽しい夏をすごそう」

二人はそういって笑いあった。そこに最初のぎこちなさはなく古くからの友人のように打ち解けていた。暫く他愛もないことを話していると、フレデリクは疲れたのか大きなおくびをした。

「明日は適当に起こすからゆっくり眠りな」

「ありがとうございます。おやすみなさい」

「おやすみ」

自分の部屋に着くとちょうど月が窓から見えた。その日はカーテンと窓を開け眠ることにした。心地よい潮騒が子守歌のようですぐに眠りについた。

その夜はまた不思議な夢を見た。

黒い鴉の羽をもった誰かと蜜月のような時を過ごしていると、ある日大いなる力によって羽が切り落とされ奈落の底へと落ちていく夢だった。黒い鴉の羽はそれをただ茫然と見下ろしている。そんな夢だった。

地上にぶつかる寸前で目が覚め、飛び上がって起きるとまだ夜明け前だった。幸いにも寮で頻発するようなポルターガイスト現象は起こっていなかった。息苦しさを感じて必死に呼吸するも、どんどんと喉が締められていくような感覚に陥る。

ドアが開く音がしてみると慌ててきたのだろうか、黒いナイトガウンを羽織ったシャッカスが立っていた。

シャッカスは慌ててベッドに駆け寄ると、細いフレデリクの身体を抱きしめた。そしてそのまま口付けた。彼に何度も酸素を送るように息を吹き込む。数回それを繰り返していると、次第にフレッドは落ち着いて呼吸ができるようになった。唇を離すと銀色の糸が二人の間を繋いで切れた。

フレデリクは半ば夢見心地になってシャッカスを見つめる。シャッカスもじっと彼を見つめた。

しばらくするとシャッカスは安心したように身体を離そうとした。しかし、フレデリクは思わずその体を強く身体を引き留めてしまった。わかったというように優しく抱きしめていた。お互いじっと見つめあう

「君の瞳はまるでベリルのようだな」

「シャッカスの瞳はまるで夜を詰め込んだようです」

また無言で見つめあっていると、すぐに夜明けを迎えた。空が明るくなり鶏の鳴き声が響いていた。

「大丈夫か?」

「はい……」

「直前にアニシードを噛んだけど大丈夫かな」

シャッカスは悪戯っぽく笑った。

「いえ……、ここに来てまでこうなるとは思いませんでした」

「疲れてたんだよ。それより朝食にしてさっさと部屋を片付けようじゃないか」

「わかりました」

「じゃあ着替え終わったらキッチンに来てくれ。庭のハーブを摘んでほしいんだ」

シャッカスが部屋を出ると、フレデリクは服を着替えた。白いシャツと黒いパンツに着替えて階下へ降りた。

階下にはすでに同じような格好をしたシャッカスがお茶を淹れていた。

「庭にルッコラとメスクランがあったからそれを取りに行こうじゃないか」

そういって二人は裏口から庭へ出た。緑がうっそうと茂った庭には様々なハーブが生えているようで爽やかな香りがした。

少し庭をうろうろするとすぐに目当ての草が生えている場所を見つけた。ボウルにいっぱいの新芽を摘む。それを軽く洗ってオリーブの塩漬け、アンチョビと混ぜて朝ごはんとした。ちょうどその頃、バケッドを売り声が聞こえてきたためシャッカスは慌ててその声を追いかけた。

「悪いが、その砂糖漬けの缶を開けといてくれ!」

そんなこんなで無事に朝食を作り終えることができた。焼きたてのパン、新鮮なサラダ、甘いフルーツの砂糖漬け、冷たいアイスティーであった。

「シャッカス…さっきのこと何ですが」

「紙袋を用意しておくべきだった。本当にすまない」

困った子犬のような顔を浮かべる。フレデリクは思わず笑ってしまった。

「いえ、本当にありがとうございました。過呼吸は本当に怖くて。でもシャッカスがいてすごく安心して」

「それならよかった」

穏やかな陽光が二人を照らしてた。


書いていてお腹がすく文章を目指しています。

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