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ベリルの瞳   作者: 斎田なおみ
13/21

番外編 デートの話

「今度の週末は委員会の仕事はないかい?」

 秋も深まったトレフル学園では皆が暖を求め談話室や個室に引き篭り始めた。

 フレデリクも暖を求め数学教員室に入り浸っていた。自然とシャッカスと二人きりになる機会も増えた。

 彼らはフレデリクの宿題を見たり、おしゃべりに興じたりしていた。

 そういう今日も数学教員室でココアを飲みながら課題をしているフレデリクにシャッカスは声をかけた。

「ええ、今週はジャソンが当番なので…でもどうしてですか?」

 フレデリクは不思議そうに首を傾げると、金色の巻毛はそれに合わせてふわりと揺れる。

「二人して町でデートと洒落込もうじゃないか」

 シャッカスはそう言って悪戯っぽく笑う。

「でも、先生と僕が歩いてたら目立ってしまいませんか?」

「なに、どうせみんな外出に夢中で私たちのことなんか見ちゃいないさ」

「でもバスとかみんなと一緒だったら流石に」

「私は車を持ってるよ」

 この調子では夏のバカンスのように問答無用に押し切られてしまうんだろうとフレデリクは思った。

「わかりました。でも少しだけですからね」

「Bien sûr」

 シャッカスは嬉しそうに笑う。


 その週の週末、二人は町に繰り出すことにした。

 他の生徒はすでにバスに乗って町に出ているようで学園に残っているのは追加の課題に追われているものやスポーツに熱中しているもので日頃の喧騒は遠くに追いやられていた。

「さあ、行こうか」

 シャッカスは普段とは違い、スーツではなく少しカジュアルなセーターとコートでサングラスをかけていた。フレデリクは校則に従い制服の上に規定の黒いコートであった。

「君は他にコートを持っていないのかい?」

「校則違反になりますから」

「規則は破るためにあるんだよ」

 シャッカスはまたこれもどこかで聞いたことのある言葉を唱えた。

「先生がそんなこと…」

 フレデリクは呆れたようにため息をついたがシャッカスは意に介さず車まで連れて行った。夏から変わらず艶々の黒い車は二人を出迎えた。

 フレデリクが車の助手席に乗り込もうとすると紙袋が置いてあった。

「これは今日の衣装だよ」

 シャッカスはまた悪戯っぽく笑う。

「共犯ですね」

 フレデリクがそれに袖を通すとサイズはぴったりでとても着心地の良いウールのコートであった。

「これ、あったかい…!」

「でしょう?このブランドはおすすめなんだ」

 シャッカスはご機嫌で車のエンジンを始動し、正門へ向かっていった。

 門番小屋にはグレゴワールは変わらず雑誌に目を通していた。

「おや、シャッカス先生お出かけですか?」

「ええ、気晴らしにね」

「悪ガキ相手にお疲れでしょう楽しんできてください」

 フレデリクに気づいていないようで正門を開けた。車は軽快なエンジン音を立てて町への峠道を下っていった。

「今日はどこへ行こうか?」

「この前エクトルが言っていた新しいパティスリーに行きたいです。場所は…」

「ああ、あそこか。駐車場から近いしちょうどいいね」

 二人はワクワクとした気持ちで町へとついた。町の隅の駐車場へ車を止めるとフレデリクはぴょこんと車を飛び降りた。ふわりと白いコートが揺れる。

「ああ、本当によく似合っているね」

 シャッカスは楽しそうなフレデリクの頭を優しく撫でる。

「先生の見立てはいつも素敵です」

 パティスリーまでは三ブロックほどであったので二人は並んで歩く。町には人が溢れており学校とは違う喧騒を奏でている。

「なんだか疲れてしまいますね」

 フレデリクはなんどか人混みに飲まれてなんどかシャッカスとはぐれそうになった。

「確かに。君は普段あまり町に出ないし疲れてしまいそうだね。疲れたらすぐに言うんだよ」

 シャッカスがすっと手を差し出したのでフレデリクはその手を取った。しかし、遠くで見慣れた制服のコートを見かけたためすぐに手を離してしまった。

 シャッカスも生徒を見つけたのか手を戻してまたパティスリーへと向かう。

 目的のパティスリーは混んではいたものの、幸運にもすぐに奥まった席に案内された。

 フレデリクは目を輝かせてメニューを見ている。

「このモンブランもおいしそうだし、パタデュースのケーキも気になる……でもエクトルはショコラがおいしいって言ってたし」

 フレデリクが悩まし気にメニューを見つめている様子をシャッカスはほほえましげに見つめる。

「気になるのは全部食べたらどうだい?」

「夕飯があるのでそれは…」

「じゃあ二つ好きなのを選んで半分こして二人で食べようじゃないか」

「いいんですか?」

「僕は君が食べている姿を見るのが一等楽しいからね」

「じゃあ、このショコラとモンブランにします」

 シャッカスはそう言って給仕を呼ぶとケーキセットを二つ頼んだ。

「飲み物は紅茶にするかい?」

「はい」

 二人がまた話をしているとケーキと紅茶がすぐに運ばれてきた。

 ショコラケーキはつやつやとしたチョコクリームがたっぷり乗ったケーキの間にはベリーが挟まっているようでとてもおいしそうであった。

 モンブランもクリームはなめらかでふんだんに粉砂糖が乗っており、てっぺんに鎮座している栗は黄金に輝いていた。

「おいしそう……!」

 フレデリクは大きな瞳をより大きくしてケーキを見つめている。

「でもモンブランはどうやって半分にしよう……」

「君が半分食べたと思ったら僕に渡してくれればいいよ」

 まるで夢じゃないかしらと言わんばかりに嬉しそうな笑顔を浮かべてフレデリクはケーキを食べ始めた。普段食べなれない甘さに舌が驚く。

「おいしいです……!ここはケーキだけじゃなくてショコラもおいしいらしくて」

「それなら後で買ってこっそりおやつに食べよう」

 フレデリクはモンブランを三分の一程食べるとシャッカスに渡した。もう片方はきっちり二等分にしてさらに取り分けている。

「おや、こっちはまだ全然食べていないじゃないか。口に合わなかったのかい?」

「いえ、僕がたくさん食べるの申し訳ないなって」

 シャッカスはそのいじらしさに胸を打たれてとりあえずカップの紅茶を飲み干した。

「いまさらそんな遠慮なんてしなくていいんだよ。ほら」

 自身の未使用のフォークでモンブランを切り分けるとすっとフレデリクの口元へもっていった。フレデリクは餌付けされる雛のようにそれを食べる。無意識にそれを受け取った後自分の行為に気づいて頬を赤らめた。

「大丈夫誰も見てやしないさ」

 そういいながらシャッカスはフレデリクの口元についたクリームを紙ナプキンでふき取った。フレデリクは心を鎮めるために紅茶を飲んだ。

 二人は、主にフレデリクはスイーツを心行くまで楽しんだ。

 そこから二人は本屋や文房具屋などをめぐり帰路につくことにした。

 夕暮れ時の町はさらに人であふれている。フレデリクはまたシャッカスの隣からはぐれ人ごみに紛れてしまいそうになった。

 シャッカスは慌ててその手を手をつかんだ。

「先生、こんなところほかの人に見られたら」

「仲の良い兄弟にしか見えないよ。車までの間だから」

 黒いコートを着たシャッカスと白いコートを着たフレデリクは手をつないで町はずれの駐車場へ向かう。途中冷たい北風が吹き抜けていったのでシャッカスはコートのポケットの中にそのつないだ手をしまった。

 二人は耳を赤くしながら車へと乗りこむ。

「門限が!」

「僕がいるから大丈夫だよ。コートは制服にして」

 シャッカスはそう言ってまた車のエンジンをかけた。学園までの道を飛ばしていく。フレデリクはパティスリーで買ったチョコレートを抱え遠くなる街の明かりを見送った。

 車が学園につくとグレゴワールが門番小屋にいた。

「おや、お連れさんですかな」

 フレデリクが慌てて何か言おうとする前にシャッカスは運転席から声をかけた。

「どうやらバスに乗り遅れたみたいでね。たまたま通りがかったから載せてきたんだ」

「そうかい。まあフレッドが珍しいねえ。若いうちはそういうことが必要じゃろ。運がよかったの」

 グレゴワールはそう言って笑うと門を開けた。車を裏の駐車場へ止めた。

「嘘も方便っていうだろ?」

 フレデリクが何か言う前にシャッカスはウインクをした。

「共犯ですからね」

 フレデリクもそう言って笑う。

「またデートしようね」

「スリルはもう少し減らしてほしいです」

 そういって苦笑いするフレデリクの口をシャッカスはふさぐようにキスをした。外はもうすでに真っ暗で遠くで夕飯を告げる鐘の音がした。


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