暇つぶしに考えた一次創作の世界へ転生した私は
特定のジャンルを批判する意図も、特定の嗜好を侮蔑するわけでもありません。優しいお心でご覧ください。
「ーーーー!」
「夢ーー!ーーーーんだ!!」
うすらぼんやりとした意識の外側から、盛大な歓声が聞こえる。大衆の歓声は、聴覚からだけではなく、全身を震わせるようだ。
割れるような声の中、再び微睡みに落ちていく私を包んでいたのは、たくましい腕と厚い、熱い胸板だった。
ーーーーーーーー
「なによ、これ」
目覚めた私は、自分の置かれた状況を把握しきれずにいた。天蓋のついたベッドに、細やかで煌びやかな刺繍のされたシーツ。広い室内には、高価そうな調度品が飾られている。
よく見れば、電化製品の類は排されていて、壁には蝋燭が取り付けられている。コンセントのようなものも見えないあたり、この部屋の主はよほど電化製品が嫌いか、はたまた金持ちが電力の届かない場所に建てた道楽のような建物なのだろう。一つ一つの調度品には、これもやはり繊細な彫刻や意匠がある。どうやら後者なのかもしれない。
しかしいくら考えても、なぜ私がこの部屋にいるのかがまったく分からないのだ。まるで重要な貴賓をもてなすかのように設えてあるこの部屋で、まさか誘拐などするはずはないだろう。
自慢にもならないが、私の実家は共働きの一般家庭。どこをどうほじくり返してもお金なんかないのだ。なんなら、最近体調を崩した母のために仕送りまでしているのだから。家系も特別ではない、よくある姓だし、家系図なんてものも残ってすらいない家系だというのに。
そこまで考えて、私はようやくベッドから降りる。すると見計ったかのように、これまた豪奢な扉が、見た目の重さを感じさせないくらい静かに開いた。
「お目覚めですか、巫女様」
「巫女様?え?誰が」
言いかけた言葉が途中で止まる。入ってきた人物は……子供用スーツのような、半袖半ズボンを着用し、はちきれんばかりの筋肉をこれでもかとアピールするような、男性だったのだ。
せっかくハッキリとした意識が、あまりの衝撃に飛びそうになる。しかし悲しいかな、たっぷり睡眠をとったこの体は、意識を手放してはくれなかった。いっそ気絶したかった。
「驚かせてしまい、申し訳ありません。異界より来られし我らの巫女様、まずはいきなりお呼び出しした非礼を詫びねばなりません。貴方様にも生活が、暮らしがあったにも関わらず、ランドーシャ王国……こちらの都合でお呼びしてしまい誠に申し訳ありません」
「待って、待って。情報量がすごい」
異界?呼び出し?いちいちワードの破壊力が高すぎる。そもそも、なんだ。まずその服装がおかしい。今にも弾けそうなボタンが、健気に見えてきた。
その筋肉ダルマは、あろうことか私が座っているベッドの横に傅いて手を取る。
「どうか巫女様、お気を確かに。大丈夫です、このラファカルがあなたの疑問にお答えします。ですからどうか」
「待て!!!貴様、抜け駆けはやめろとあれほど!!!」
先ほどとは違い勢いよく開けられた扉は、大きな音を立てる。そこから転がり込むように入ってきた、筋肉ダルマ2と3が、私の頭痛を倍増させる。
「こらこら、巫女様の御前だぞ。しかしラファカル、目が覚めたらまずは医者を呼ぶと決めていただろう。ところでどうだ、巫女様。なにか体調に変わりはあるか?」
「……待って、めっちゃ頭痛いの」
「大丈夫か!?ラファカル貴様、巫女様に不届な真似はしてないだろうな!!」
「私がなにかした確証でも?きっと、お前のうるささに辟易しているのでしょう。巫女様は目覚めたばかりです、お静かに」
筋肉ダルマ2、3も同じく、半袖半ズボンのぴっちりスーツだ。顔立ちはみな、なまじ整っている分目が当てられない。今度こそ私は、無事、意識を手放すことができたのだった。
ーーーーーー
私はきっと、悪い夢でも見ているのだろう。だってありえない。仕事中現実逃避のために考えていた、空想。架空の乙女ゲームの設定。親友と盛り上がった、『こんな乙女ゲームはいやだ』の大喜利で出来上がった構想。
舞台は筋肉産業で発展するランドーシャ王国、三つ子の王子と繰り広げるラブロマンス。笑いあり涙ありポロリありの三拍子。
いや待て筋肉産業ってなんだよ。親友と話していた深夜には涙が出るほど笑っていたが、今は純粋に心から涙が出る。分からない、不可解でしかない。
「巫女様、お目覚めですか?先程は申し訳ありません、我が愚弟がお騒がせしてしまいました」
「はぁ!?るっせー!お前が抜け駆けしたせいだろうが!」
「バルク、大きな声を出すな。巫女様がまた驚いてしまわれるだろう」
長男のラファカル、次男のバルク、三男のクメロ。筋肉のつきかたにも特徴がある。長男は持続に長けた筋肉、次男は瞬発性の高い筋肉、三男は純粋な破壊に長けた筋肉……。
いやなんだよもうこれ。助けて。
「あの、家に帰りたいんですけど……」
「……申し訳ありません。異界干渉は、まだまだ未発展の分野。お呼び出しする方法は見付かれど、元の世界へとお戻りいただく方法については……」
ほんとに勘弁してくれ、許して。
「ま、俺がいるから安心してくれ!絶対幸せにしてやるよ!元の世界なんか忘れるくらいにな!」
「そう簡単に言うものではないぞ。巫女様のあちらの暮らしを、どれだけ知っているんだ。しかし、未練こそあれど、後悔はさせないと誓おう」
この国は、いや、この世界は筋肉が全て。己の権力も、富も、筋肉が全て。その筋肉で大切なものを守る事が、名誉とされている。
筋肉がつきにくい体質のものや、体より頭を使う方が好きな人ももちろんいるが、そういった人々は本当に稀である。なので神から与えられた才として大切に扱われど、邪険にされたり異端扱いを受ける事もない。
私はこの世界の崩壊を止めるために呼び出された巫女で、来る災厄に向けてこの世界を守らねばならない。しかしこの世界を考えた私は知っている。訪れる崩壊と、その回避方法を。
さっそく歓迎のために開かれた宴に並んだ料理を見て、私は大きな声をあげた。
「タンパク質ばっかじゃなくて野菜食えやああ!!!!」
こうして、効率よく筋肉をつけるためタンパク質を摂取し続け、ビタミン欠乏症が蔓延し崩壊する世界を守るため、野菜を流通させる日々が始まるのだった。
どうもすみませんでした。反省します。