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繋がる桜

作者: さだはる

「繋がる桜」



キャスト ♂: 2人 ♀: 2人


紺野(こんの)(32)♂

現代で中学教師をしている 科目は理科

迫田(さこだ)(20)♀

復興の手伝いをしている 朗らかで未婚

笹本(ささもと)(34)♂

大工として街を復興している 既婚

菰方(こもかた)(23)♀

旦那を亡くしている 暗いが強い女性




✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼



紺野N「まだ、お伝えしておりませんでした。

迫田さん、私は本当は弱い人間なのです。とても弱い人間なのです。教師という立場でありながら、それを隠して教鞭(きょうべん)を執ってきました。

私は、教師失格です。

夜街で見かけたからくり人形なのです。学問しか教えられぬあやつり人形なのです。

己のことすらままならない弱い私が、あなたの時代を生きれたこと、心から奉謝(ほうしゃ)しております。

迫田さん、あなた方に出逢えて本当によかった。

私はこの時代で、生きております」





迫田N「関東大震災は東京を中心に凄惨(せいさん)な被害を出しました。その九月一日からちょうど一ヶ月後の今、人々は復興に向かって歩き出しておりました」



笹本「焦げちまってる木材は全て廃棄だ。……いらん、見りゃわかるだろうが、廃棄だ、廃棄」



迫田「笹本さん、鍋とか、やかんとか、こういう硬いのってどうしますか?」



笹本「金属で出来たやつは取っとけ、溶かせば何かになる。……おいおいお前、それ運んだらこっちのも手伝ってくれ」



迫田N「関東を襲った大地震は死者・行方不明者を十万五千人も出し、たった一ヶ月では街の活気は戻りませんでした。」



笹本「まだ街に穴が空いたような雰囲気が立ち込めとる。街が死んでも人が死んじゃならんだろ。誰が街を生き返らせるんだ」



迫田「笹本さんぐらいですよ。しっかりと前を向いてらっしゃるのは」



笹本「呆気(ほうけ)、終わったこと気にして何になる。建てたもん直さんで何が大工だ。俺が廃れる」



迫田「学ばないとですね、私も。」



笹本「サコちゃんはいいんだよ。まだゆっくりしてても。そういうのは男共に任せときゃいいんさ」



迫田「いいんです。動いてないと考えすぎてしまいますから」



笹本「ほうか」



迫田「いつ戻りますかね」



笹本「何がか?」



迫田「街と人と」



笹本「街は俺が直す。人は誰にもどうしようもない」



迫田「戻りませんかね、人も」



笹本「そいつ次第だ。…サコちゃんは大丈夫なんか?」



迫田「……残された子供たちを見ると、そんな場合じゃないと思わせられます。自分を律しないと生きてゆける気がしなくて」



笹本「ほうか」



迫田N「私は両親と兄弟たちを亡くしました。家族含め、この震災で亡くなった方のほとんどが火災によるものでした。

笹本さんは近所の大工で結婚をされています。奥さんも、この震災の被害に遭われました。」



笹本「サコちゃん、なんかあっこ騒がしくないか?」



迫田「あれは…なんでしょうか」



菰方「…当て付け?私への当て付け?

一人だけ…許される?当て付け?見下し?」



笹本「そこのお姉ちゃん、ちょいと落ち着こうか。何かあったんか?」



菰方「ごみを見るような目で私を見ましたよね?哀れでしょう?さぞ哀れに見えたことでしょう?」



笹本「あんたももういいからどっか行きな。

なぁ姉ちゃん。最近よくここらを彷徨(うろつ)いとるだろ?何か探しとる人でもおるんか?」



菰方「え……」



迫田N「そのお方は笹本さんを一瞬見るや否や、(せき)を切ったように泣いてしまわれたのです。聴けば菰方さんというこの女性は、今回の災害で旦那さんを亡くされたようで、精神的に不安定な状態になっておられました」



笹本「菰方さん。あんたまだ若いのに辛かったな」



菰方「すみません。取り乱してしまいました」



笹本「いいや、いいんだよ。今はそういう時期だよ」



菰方「はい、すみません」



笹本「最近な、あの開けたとこで変なやつが変なことしてんだ。興味があったら行ってみるといい」



迫田「なんですかそれ?」



笹本「俺も知らねぇ。そいつは教師とか名乗って子どもに物事を教えてとる」



迫田「そんな方がいるんですね」



笹本「サコちゃんも興味があれば行ってみ。悪い評判は今のとこ聞かねぇ」



迫田「そうしてみます」




紺野N「夢を見ているようだった。(すす)が舞い、あらゆるものが焼けた臭いが立ち込めた場所に私はいた。職場に向かうはずだったのだが、これは夢であろうか。辺りは倒壊した木造家屋ばかりで、先程までいた東京の街とは打って変わってしまった。

後で知ったことだが、私は大正十二年の関東大震災後の東京に来たらしい」



迫田「もしもーし」



紺野「ん…」



迫田「もしもーし」



紺野「…ん…は、はい。」



迫田「突然起こしてすみませんね。お尋ねしたいのですが、ここで青空教室をやっているという方はもしかしてあなたでしょうか」



紺野「えっと……はい、おそらく」



迫田「おそらく?」



紺野「はい、おそらく。私ぐらい……ですよね、はい。おそらくじゃなくて確かにです、じゃあ」



迫田「何か緊張されております?」



紺野「とんでもないです、寝起きなもので」



迫田「それは失礼しました…」



紺野「とんでもないです、全然」



迫田「お名前をお伺いしても?」



紺野「紺野です。教師をやっておりました」



迫田「紺野さん。私は迫田です」



紺野「迫田さん、よろしくお願いします。えっと…青空教室のことを?」



迫田「あ、ええ。小耳に挟みまして。先生をされておられたんですね」



紺野「ええ、まあ」



迫田「何か一つ御教授くださらないかしら」



紺野「えっと、子供たちがそろそろ来るのでご一緒にどうですか」



迫田N「その日受けた授業はそれは大変面白く、私は理解に苦しみましたので説明はできませんが、遊ぶものもない子供たちにとってはさぞ新鮮なものでした。

紺野さんというその方はやけに小綺麗な方で、身に(まと)われている衣服も(いささ)かお見受けしたことのないようなものでございました」



笹本「さてはこの時代のものではないな」



迫田N「確信に触れたのは笹本さんでした」



笹本「なーんか違うんだよな。なーんか違う。上手く言えねぇが価値観っつーか、見てる景色っつーか、経験が語るものっつーか」



迫田「わかりますよ。感じていた違和感は私もそういった類のものです」



笹本「合わねぇんだ」



迫田「新しいと言いますか」



笹本「よく言えばそうだが、一緒に酒を交わせる相手ではねぇ」



迫田「わかる気がします」



紺野「一応、私もいるのですが」



笹本「はっきり言わせてもらうが、合わねぇ」



紺野「別にいいんです。合わせようとしてませんから」



迫田「ま、まぁ、焚き火もいいものですよね。綺麗な星空の下で談笑するのも。周りに何もありませんから」



笹本「笑えねえな。全部崩れたからさ」



迫田「あ、はは」



笹本「あんた、この時代の者じゃないだろ」



紺野「今はいつですか」



笹本「大正十二年」



紺野「大正……だとしたら、そうですね」



笹本「どこから来た」



紺野「おそらく、平成から」



笹本「知らねえ元号だ」



紺野「大正の次の次です」



笹本「意外とすぐ先なのか」



紺野「百年後です」



笹本「まあ、遠いな」



迫田「どうしてそう寛容になれるのですか…?私は理解できませんよ」



笹本「わからん、なんか知らんが、ふーん、そうかって、体が勝手に信じてやがる」



迫田「はぁ、笹本さんはすごいですね」



迫田N「今日の授業で舞い上がった私はすぐに笹本さんに報告しました。笹本さんは興味がなさそうな素振りを見せていましたが、その日の夜に紺野さんを呼び出して、こうして火を囲んで話すことになったのです」



笹本「あんた先生なら、人の心も変えれるんじゃないのか」



紺野「教師が皆、そういった素質を持っているわけではありませんよ。私なんか特に、学問のことしか教えられませんから」



笹本「んなんで先生が務まるのか、あんたの生きているとこは」



紺野「仕事としてですから、教師は」



笹本「情がないんだ、きっと」



迫田「そんなことはありませんよ、ねえ?」



紺野「案外そうかもしれませんね」



笹本「だろうな。何か役に立っていけよ」



迫田「青空教室やってらっしゃるじゃないですか」



笹本「勉強したって、人は変わらん」



迫田N「紺野さんは苦笑いをして、どこかへ行ってしまわれました。

嫌な予感がして私は後を追いました」



紺野「どうしたんですか迫田さん」



迫田「いえ、少し嫌な予感がしたものですから」



紺野「勘が鋭いのですね。帰ろうと思ったんです」



迫田「帰る?」



紺野「元いた場所に。夢でも見てる気がして」



迫田「……夢ですよ」



紺野「え?」



迫田「今見ている風景、全部夢ですよ。夢から覚めればまた東京が生きています。こんなことあるはずがないですもの」



紺野「……」



迫田「夢ですよ」



紺野「…夢だといいですね、夢だと」



迫田「先生、助けてください」



紺野「どうしたんですか」



迫田「全部、夢にしてください」



紺野「………」



迫田N「私の行動は間違ってなかった気がします。先生を止めるつもりで追いかけたのに、いつの間にか私の方が先生に甘えていました。

それでも、先生が残ってくれるキッカケにはなったと思います。」



紺野「あやつり人形ですか」



迫田「ホントだ、すごい。少しずつ、みんなが前を向き始めてるんですね」



紺野「味が、ある店ですね」



迫田「そうですね」



紺野「私にできることあるでしょうか」



迫田「…生きる意味を私たちにくれませんか」



紺野「……私は学問しか教えられません」



迫田N「紺野さんも私たちと同じで、生きる意味を探しているようでした。

次の日も、また次の日も、同じように青空教室をしてくださりました。ところがある日」



笹本「菰方の姉ちゃんじゃねえか」



迫田「笹本さんも聞いてらしたんですね、授業」



紺野「…どうも」



菰方「…どう…も」



紺野「えっと……汚いところですが、どうぞお掛けになってください」



菰方「…はい」



迫田N「みな、何かに耐えているようでした。子供たちも、先生も、私も、笹本さんも、菰方さんも。

何かをそれぞれで抱えながら、先生の話を聞いておりました」



紺野「私は、どうやら未来からやってきたようです」



菰方「えっ…あ、すみません」



紺野「大丈夫です。私は教師をそこでしていました。桜が何とも綺麗な学校で、春は毎年楽しみなんです」



笹本「桜か」



紺野「この場所にも桜があればいろいろ救われそうな気がします、私自身」



笹本「先生は何を教えてるんだ、そこで」



紺野「理科です」



笹本「わからん」



紺野「いいものですよ、理科は」



迫田「教えてくださりませんか!」



紺野「理科は偉大です。私の時代ではね、人間は月にまで行ったんですよ。この重力に逆らうために燃料をそしてエンジンを試行錯誤し、空気に抵抗するためにロケットの素材、曲線美をとことん追求し、重力で纏ったこの地球から脱出しました」



迫田「地球から脱出…?」



紺野「月だけじゃありませんよ。火星にも、金星にも、太陽系の向こうまでも、人間は行こうとしています。東京から大阪まで二時間で行けるように新幹線が発明されましたし、これまで死ぬしか選択肢のなかったあらゆる病気も医療の手で治せるようになりました。

この予測できない大震災までも対策しようと、世界中の研究者達が奮闘しています。その研究を、未来が輝く学問を、私は教えているのです」



迫田「本当にそんな時代に…なっているのですか?」



紺野「なっています」



迫田「すごい。すごすぎますよ先生!」



紺野「だから負けちゃならんのですよ。この震災にも。ここはそんな時代の中心地になるんです。また幾度か立ち直らなければいけない日が来ますが、それでもまた立たねばなりません。立ち直ることが、未来への架け橋になるのですから」



迫田N「私は先生が生きておられる時代を想像していました。どんな景色になっているのだろう、この東京はどう立ち直ったのだろうかと。

それまで沈んでいた子供たちの顔も、それはきらきらと輝いておりました。だって、想像ができないのですもの。こんなにも想像できないことがワクワクするなんて思ったこともございませんでした。

それは菰方さんも同じだったようで」



菰方「その時代を、見てみたい、です」



紺野「見れますよ、菰方さん。きっと見れます」



菰方「見てみたいんです」



紺野「絶対に見れます。菰方さん、長生きしましょう。そして見るんです。復興した東京を、想像できない未来を」



菰方「見たいんです」



紺野「見ましょう!」



菰方「見たいです」



紺野「見ましょう!」



菰方「見たいぃ…!」



迫田N「菰方さんはぼろぼろ涙を流しておられました。穴が空いた場所に、(すが)り付く木の枝を見つけたように、先生は菰方さんにも私たちにも希望をくれたのでした。」




紺野N「関東大震災は歴史的にも大きな災害だったことは知識として頭にあった。目の当たりにしたことはもちろんなく、あの夢が本当ならば、日本の大きな歴史に触れたことになると思う。


私はいつの間にか戻ってきていた。


夢であって欲しいと願ったのは確かだが、確かだったが、残して来たものも多い。感覚的にわかるが、あれは夢なんかではなかった。


私は何を残せただろう。

教師、失格だ。


笹本さんに、別れを告げた紙を残してきた。

役に立てなかったことへの詫びの意味を込めて。


いつもの日常の中でとあるニュースが流れた。

『ご長寿』『菰方敏子(こもかたとしこ)さん』


私はすぐにそのテレビ局に問い合せた」






菰方「…お変わり…ありま…せん…ね」



紺野「菰方さん…菰方さん……生きて、おられたのですね」



紺野N「菰方さんは(しわ)だらけの顔をくしゃりとして微笑み、ゆっくりと頷いた」



菰方「……せん、せ……てが、み…」



紺野N「菰方さんは、震える手で私に手紙をくださった。宛名は私。差出人は、笹本さん」



紺野「これは…」



菰方「ささ…もとさん…が」



紺野「笹本さんが…」



紺野N「笹本さんからの手紙はこう記されていた」





笹本「先生。先生が書き残した紙を見た。わざわざこんなことを伝えるために、手紙を(したた)めるのは野暮かと思ったが、言う必要がある。

『何も力になれずすみません』じゃないでしょうよ。最後の、今生の別れだというときに『すみません』じゃないでしょう。

もう二度と会えないというのに、遠い空から『すみません』はないでしょう。

あんたはそういうところがある。人に残したものには責任を持て。あんたがわしらにくれたもの達をそんな言葉で片付けられては、たまったもんじゃない。確かにわしらを変えたっちゅう自信を持て。

あんたはいい先生だよ。いい先生だ。

安心せい、この時代にはわしがいる。

あんたのとこまで、この街を繋げるさ。

そっちの子供たちにも、よくしてやってくれ」



紺野N「菰方さんはそれからしばらくして生涯に幕を降ろした。百十年の大往生だった」



紺野「迫田さん、私はやはり弱い人間のようです。最後の最後に、間違いを置いてきてしまいました。

でも、私はいい教師のようです。自分で言うと恥じらいがありますが、胸を張って言えます。私はいい教師です。いい教師だから、子供たちが笑えるんです。いい教師だから、立ち直れるんです。

今日は入学式です。桜がとても綺麗に咲いてくれました。行ってきます。

私はここで、この時代で、教師として生きています」



迫田「紺野先生。あなたが青空教室をしてくれた場所に、皆で桜を植えました。先生、どこかで見てくれていますか?」





(終)



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