我儘王女が我儘を通してみた。
「本日はお誘い頂きありがとうございます。サファイア殿下」
「来て頂けて嬉しいわ。キャサリン様」
私はカラナリア王国内務大臣ハイダミオ公爵の長女キャサリン・ハイダミオ。家族はお父様、お母様のサラ、妹クラリッサの四人。
今、カラナリア王国第一王女サファイア殿下と向かい合っている。
「貴方とはいろいろ話をしてみたかったのよ」
「はい。ありがとうございます。サファイア殿下、カサンダガルダの第二王子殿下とのご婚約お祝い申し上げます」
先日隣国カサンダガルダの第二王子レオンハルト様と婚約されたと聞いた。
殿下はにこにこしながら話を始める。
「ありがとう。今日の話はその事も関係あるのだけれど。まずは、エリシアの事ね。ご存知かしら」
「王妃様の女官になられた事でしょうか」
「そうね。おかしいと思わなかった?ジル兄様と婚約破棄したエリシアが王妃様の女官だなんて」
確かにおかしい。
王妃様の御子で王太子だった第2王子ジルベール殿下が廃嫡になりスタンジェイル公爵長女のエリシア様と婚約破棄をし、婚約者のいない側妃様の御子のイーサン殿下が王太子になった。
「ふふふ、内密なんだけれどね。エリシアはジル兄様が謹慎しているモーリッツ領まで行ってジル兄様と話し合ったの。お互いの誤解も解けて、再び婚姻する約束をしたのよ。スタンジェイル公爵も渋々了承したわ。王家もスタンジェイル公爵家もジル兄様とエリシアを認めているの」
「えっ」
驚いた。あの淑やかなエリシア様がモーリッツ領まで行ったなんて。そんな事思いもしなかった。
「エリシアは王太子妃候補の筆頭だったんだけれど、そのような理由でエリシアは無理なの。そうするとキャサリン様、貴方が候補になるわ」
「まだ、何のお話もございません」
そんな気はしていた。が、まだ聞いていない。
「そうね。まだ発表はしていないわ。だから私が呼んだのよ。発表される前にと思ってね」
「どういう事でしょうか」
「私がカサンダガルダへ嫁ぐ時に護衛や女官も一緒に行くでしょう。その護衛の中にマーカス・バラスト様がいらっしゃるのよ」
マーカス・バラスト。騎士団長バラスト伯爵の次男で今はジルベール殿下と共にモーリッツ領へ行っている。私の幼馴染で大切な人。
「マーカス様は今はジル兄様の護衛だけれどジル兄様はモーリッツから戻ると臣下に下るから護衛の任が解かれるわ。だからカサンダガルダに来てもらいたいと思っているのよ」
サファイア殿下は続ける。
「私は一緒に行く女官には知り合いがいるといいと思っているのよ」
「私に女官をと、仰られているのでしょうか」
ふふふ とサファイア殿下は微笑んで私を見る。
ジルベール殿下、サファイア殿下、エリシア様、マーカス様、私は学園で同年だった。
サファイア殿下はきっと私の気持ちを知っているのだろう。
王太子妃になるか。女官になるか。
正式に発表される前に私に選ばせてもらえるのか。
女官になればマーカス様と一緒に行く事が出来る。
しかし、家族、特に父は王太子妃になって欲しいと思っているはずだ。
王族に嫁がせる為に今まで婚約者を作らなかったのだから。
「キャサリン様」
考え込んでいたらサファイア殿下に声をかけられた。
「はい」
「この事は私の我儘だから王族の命令ではなく唯の世間話と思ってくださいね」
私に任せると言われているのだろう。
少し話をして退出した。
公爵邸に戻り部屋に入る。私の気持ちは決まっている。決まっているが家族には言えない。
どうしよう
5日後の夕食の時間
「今日、陛下からキャサリンを王太子妃にと打診があった。陛下のお言葉だ。承諾する。良いな」
お父様が告げる。
とうとうこの話が来てしまった。私がはっきりしなかったせいで。
「はい」
俯いて返事をする。私はエリシア様みたいに強くなれなかった。涙が出て来た。マーカス様を、諦められないのに何もしなかった自分が情け無い。
「本当に良いのか」
「お父様」
顔を上げるとお父様、お母様、クラリッサが私を見ていた。
言ってしまおうか。
「私は、私は、サファイア殿下の女官になりカサンダガルダに行きたいと思っています」
とうとう言えた。言ってしまった。
「駄目だ」
お父様がはっきりと言う。
『やっぱり』俯いてしまう。
「もう、貴方は言葉が足りませんよ」
お母様が私の所へ来て手を握ってくれ、お父様に向かって言う。
「キャサリン、貴方の気持ちをきちんと話してちょうだい」
もう言ってしまおう。そうしてマーカス様を諦めよう。
「私は、バラスト伯爵家のマーカス様の事を慕っています。サファイア殿下がカサンダガルダへ嫁がれる時にマーカス様も一緒に行くと聞きました。だから、私はサファイア殿下の女官になりカサンダガルダへ行きたいと思います」
言ってしまった。
「きゃあ」
クラリッサが手を胸元に持ってきて声をあげた。
「あぁ」
父は額に手を当てている。
「くすくす」
母は微笑んでいる。
えっ。怒ってないの。
「もっと早く聞きたかったな」
父はため息を吐いて言った。
「キャサリン、貴方サファイア殿下に呼ばれたでしょう」
母に聞かれる
「私も呼ばれたのよ。わたしは王妃様とサファイア殿下のお二人ね」
「はいっ」
どういう事?
「サファイア殿下の女官の話を聞いたわ。貴方とマーカス様の事もね」
「えっ」
「サファイア殿下は想い合っている二人が一緒になって欲しいと思われているの」
顔が赤くなる。
「貴方には王太子妃か女官かと言われたでしょう。でも、もう一つ提案されたわ」
お父様を見ると苦虫を噛み潰したような顔をして言った。
「マーカス殿に我が家に、ハイダミオ公爵家に婿入りしてもらう」
驚いて声が出ない。パクパク口が動くだけだ。
「で、でも、陛下からのお言葉では」
王族の言葉は絶対だ。断れないはずだ。
「陛下もご存知だ。サファイア殿下から話があったそうだ。サファイア殿下の我儘だから我が家には咎はないと仰っていた」
「あ、ありがとうございます」
「まだ喜ぶのは早い。バラスト伯爵家へ申し込みもしていないのだからな」
「サファイア殿下の仰った通りになりましたね」
お母様の言葉にお父様も頷いていた。
エリシア様のようにモーリッツ領までは行くことは出来ないけれども、マーカス様にわたしの気持ちを書いた手紙を出そうと思う。