Ep.4-25 誇りをかけて
ようやっと平生のペースに戻れますっ
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アリシア・ミラ・イッシュヴァルトという少女は、名前の通りイッシュヴァルト王国の王家の血を色濃く引く正当な第一王女である。
彼女の人生は、その立場に全く恥じぬ、清廉潔白にして優秀極まるものであった。
イッシュヴァルトの現国王オルドスと王妃ローリエの待望の第一子として、十五年前に生を受けたアリシア。
次代への希望を背負って生まれたその女の子は、おとぎ話にある白磁の竜と同じ白銀の髪を携え、すくすくと成長していった。
――次代の、王。
座学、実技ともに、その大きすぎる期待に全く恥じぬ優秀な成績を維持し続けてきた事実を鑑みれば、既に外交の場に立つという経験をもこなしているのも道理である。
順風満帆。まさに、その言葉の通りの十五年であった、のだろう。
敢えて挙げるとするならば、第一王女という立場柄、交友関係が狭かったという点だけが、彼女にとっては唯一解決策の見えない難題であった。
次代の王、というプレッシャーを始めとして、殆どの悩みはアリシア自身の努力によって何とかなるものであった。そんな中でしかしたった一つだけ、頑張れば頑張るほど希望から遠ざかってしまう、長年の憂い。
それでも、家族、宮仕えの侍女や軍人たちとの触れ合い。
そして何より、幼いころからの仲であるミーナ。それから初等学校時に出会うことになった陽菜、雪葉の姉妹という計三人の親友との出会いは、彼女にとっては本当に本当に大きな支えであった。
お陰でもう、友人の少なさに悩むことはない。彼女らが全員、自分と切磋琢磨し合えるほど稀代の優秀さを誇っていたこともまた、幸甚極まるものであったと言えよう。
そして、この王国立イッシュヴァルト高等学校に入学してすぐ、今度は夏希と奏、それから流斗というこれまでいなかった年上の親しい先輩もできた。
今回の『白帝竜』の件で、流斗とは今は少しギクシャクしてはいるが、それでも彼らとの交流もまた、アリシアと言う少女にとっては願っても止まない縁であった。
故に、この状況は…………眼前に座す『青龍』に想いをすげなく打ち砕かれたこの状況は、アリシアにとっては初めてともいえる明確な挫折の経験であったのかもしれない。
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――降り頻る雨に、吹き荒ぶ風。
滅びの運命を迎えようとしているイッシュヴァルトに、自然の猛威は容赦なく襲い掛かる。
『青龍』の正面、呆然と雨風に打たれ続けるアリシアを画面越しに見る国民もまた、ただただ茫然とするばかりだった。
実感が、湧かないのだろう。これからこの超常の龍によって、多くの命が奪われるという現実への実感が。
――KYURUOOOOOOOOOOOOOOO!!
終焉が、抑えきれない憤怒を解き放つかのような雄叫びを上げると、雨風は一層激しく吹き付ける。
それはまさしく、神の鉄槌。不敬を働き、暴挙を侵した人間に襲い掛かる、無慈悲なる天譴。
――いや、本当の天譴は間違いなくこんなものではない。
これからこのイッシュヴァルトには、更なる圧倒的な嵐が吹き荒れることだろう。
「(――私は、私たちは、何処で間違えたのでしょう……)」
そんな余りに受け入れがたい現実を前に、アリシアは精一杯頭をはたらかせていた。
元々、この地にて不可思議な音が聞こえて来た、というのがすべての始まりだった。
正体の分からないその現象の原因を探っているうちに現れた巨大な物体は、やがて人智を外れた『白帝竜』へと姿を変えるも、しかし何か目立った行動をとることなくこの地を飛び去って行ってしまった。
そこまでは自分たちの決断の正しさを信じていたアリシアだったが、こうしてたった今『青龍』との交渉に失敗したことで、自らの、そしてこの国の行動を省みていた。
「(――一体、どうして……)」
一体、どうしてこうなってしまったのだろうか。この結末は、どうすれば防げたのだろうか。
吹き付ける嵐など、気にすることはない。答えのない、そして既に手遅れとなってしまった問いだけが、まだ年若い少女の頭の中をグルグルと駆け巡る。
ただ、責任を果たそうとした。
両親が不在の今、双肩にのしかかる重すぎる期待を感じながらも、その中で自らの全力を尽くしたつもり、だった。
彼の地への調査に信頼している先輩友人を派遣するという対応。
未確認の物体に対する、兵を派遣した上でこちらからは攻撃しないという決定。
迷子の子龍を強引に連れ去って来た征伐者の捕縛と、子龍の治療。
そして、彼らをこの『青龍』へと引き渡す、という決断。
いずれも、その場その場では最善の選択肢であったはず、だった。
だが、蓋を開けてみれば、これ以上ない最悪の展開が彼女たちを待ち受けていた。
目覚めたばかりの『白帝竜』に兵を向けていたことで、彼の竜はこの地を立ち去っていった。
そしてそれにより、子龍を探しにやって来た『青龍』の侵入をみすみす許すことになってしまったのだ。
最早アリシアだけの、中枢だけの責任ではない。愚行をはたらいた件の征伐者たちも含めて、人間全体行いの帰結が、この現状であると言えるだろう。
――人間の功罪、か。何ともまあ、因果なもんだな……
不意に、アリシアの頭をよぎるのは、とある少年の言葉。
学園に入学してすぐに出会った、何とも掴みどころのない不思議な先輩の一言であった。
――一つだけ言っとくが……現実にゃあお姫様を助けてくれる王子サマはいねえんだぜ?
数日前に冷たく告げられた、当たり前とも思える言葉。
そんなことなど知っているつもりだった。
勿論、アリシアは、困ったら誰かが助けてくれるだろう、と期待していた訳ではないし、何やかんやで上手くいくなどと楽観視していた訳ではない。
だが。人間というイキモノは不思議なもので、いざ現実がそうなるまでは、未来に起こる出来事を実感できない。
起こり得る可能性はあるのだと理解はできていても、それが現実のものとなるのを実感することはできないのだ。
「(――私は……どうすればよかったのでしょう)」
後悔だけが、さざ波の如く押し寄せる。
言うまでもないことだが、彼女とてあらゆる可能性を真剣に考えた。
議会と議論を重ね、最悪の事態を防ぐためにと必死に行動してきた。
しかし、その上でまさかこんな結末になろうとは、いったい誰が想像しえたのだろうか。
自分たちが選択したそれぞれの対応に間違いはない。今でも、そう思っている。
それでもこの帰結へと、滅びゆく帰結へと至ったのだとしたら、誰にも予期できないのではないか、と。
――否。きっと違う。
城を訪れた少年の言葉を鑑みるに、彼はきっとこの展開までをも予想していたのだ。
だからこそ、わざわざ王城を訪れてまで、アリシアたちにあんな言葉を掛けたのだろう。
「(――過ぎ去ったことは、もう取り戻せません。だから――)」
覆水は、決して盆には返らない。
あの場で少年の話を真摯に受け止めていれば、この結末は変わったのかもしれないが、今更そんな後悔をしてももう遅い。
アリシアと向かい合う超常の龍は、この国を滅ぼすと宣言してしまっているのだから。
だから、言葉を紡ぐ。
自分の守るべきもの、守りたいものを守るための、最後の縁を。
「――一つ、御願いがあります」
想いを込めて放った言葉は、雨風の激しい音に遮られることなく、目の前の『青龍』へと届く。
覚悟など、すぐに決まっていた。
王権代理としての果たすべき責任というだけでは決してない。この大好きな国を守るために、自分にできる唯一の方法なのだから。
そうして、少女は運命を告げる。
「第一王女であり、王権代理……そして、今回の件の全ての責があるこの私の命を以て、どうか不敬への免罪としていただけないでしょうか?」
――例えそれが、自分の身を滅ぼすことになったとしても
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