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Ep.1-8 理不尽な現実を打ち破る者

 **********



 少しして、物音が止んで様子を見に来たらしい集落の人々は、横たわる魔獣の骸を見つけると、一様に驚きの声を上げる。


「うおおっ……」

「す、すごい……」

「あんな若い子たちが……」

「これであの子たちを探しに行けるわ!」


 まだ高校生の彼らがあの魔獣を斃したことは、魔獣の脅威におびえていた人々にとって、驚きもひとしおであったようだ。


 相変わらず長が代表して、夏希たちに声を掛けてくる。


「本当にありがとうございました。お陰様でこれからは、こ奴に脅かされることなく生活ができます」


 子どもたちはまだ見つかっていないようだが、長らく集落を脅かしていた脅威が去ってひとまずほっとした様子だ。


「……いえ。本当に何よりです」

「これで安心して探しに行けますね!」


 そんな様子を見て、奏も夏希も嬉しくなる。

 自分たちの行いで、依頼者たちが喜んでいる姿を見ることができたのだ。嬉しくない訳がない。


 それに、魔獣の脅威が去ったということは、安全に山中に入ることができるようになったということでもある。

 よ―し、そんじゃ早く見つけてあげなきゃな、と夏希が気合を入れなおしていると、


「はい。お礼の方は後日しっかりと仲介所の方へお渡しいたします。――重ねて、この度はありがとうございました。それでは、気をつけてお帰り下さ」


「えっ、ちょちょ、待ってください!」


「ん? 何か?」


「えっと、まだ子供たちの行方が分かっていないんですよね? 私たちでよければ、是非お手伝いをさせていただきたいんですけど」


 長がまるで締めの挨拶かのようなものを始めたので、夏希は驚きの余り思わず食い気味に突っ込んでしまった。


 が、それも致し方ないというものだ。

 夏希たちからすれば、行方不明の子どもたちが見つかっていないこの状況で、それを放っておいて自分たちだけ呑気に帰るわけには行かない。


 それ故、依頼に含まれている訳ではないが、純粋な善意で、子どもたちの捜索を手助けすることを提案した。

 征伐者として、頼まれた依頼をこなさないのは当然大問題だが、それをクリアしたうえで追加で助力することは何の問題もない。


 普通なら、喜びこそすれ嫌がることはない申し出のはずだ。のに、


「「「…………」」」


 何故か、村人たちの反応が総じていまいち芳しくない。

 その言葉に喜ばしい反応を見せるどころか、一様に顔をうつ向かせてしまう。


 疑問に思った奏が、その微妙な空気感を破るかのように尋ねる。


「……どうしたんですか?」


 すると、しばらくの沈黙ののち、やはり長の老人が代表して言葉を紡ぐ。


「……いえ、それには及びません」


「「……えっ!?」」


 まさか断られるとは思っておらず、二人揃って驚きの声を上げる。

 断る理由が、まるで予想できない。ややもすれば、救えるはずの命を諦めてしまったのだろうか。


 すぐに反論を口にしようとする彼女らを制すかのように、長が静かに語り始める。


「我々が正式に依頼いたしましたのは、あくまで魔獣退治のみです。あなた方の善意に甘えて、お手を煩わせるわけにはいきません。魔獣という脅威がなくなった今、山中で迷っているだけならば寧ろ勝手を知っている我々だけの方が都合がいいですし、それで遅からず見つけ出せるでしょう。……それに、」


 そう言うと、また暫し言葉が止まる。

 しかし、意を決したかのように顔を上げると、残酷な現実を告げる。


「……それに、もしそうでないならば、この山を超え、その向こうにある神域にまで入ってしまったということになります。あの年頃の子供は、ときどき信じられないくらいの範囲を行動したりしますから、ともすれば、薬草が見つからず更に奥まで入り込んでしまった可能性は十分にあると思います。……そしてその場合、我々にはもうこれ以上できることはありません……!」


 その言葉に込められた強い感情に、奏も夏希も反論しようとしていた口をつぐんでしまう。


 勿論、まだ山中にいる可能性も十分にある。

 魔獣がいなくなった今、今すぐにでも探しに行ってあげたいという気持ちは、集落の人々皆の共通のものだ。


 さりとて、長が口にした可能性もまたただの杞憂ではなく、十分に考えられるものであった。

 その最悪の事態になっていたらと思うと、彼女らの胸中にも不安がこみ上げる。



 四月の陽気な天気はやおら陰り、冷たい風が集落を吹き抜けていく。

 まるで彼らの不安に(まみ)れた心を写したかのように、太陽は叢雲(むらくも)の裏へと隠れてしまう。

 漏れ出る光は儚い美しさより、ただ無常さを感じさせるように淡かった。



 神域とは、文字通り神の領域だ。許可なく踏み入ることは決して許されず、もし仮に踏み入れてしまったならば、今生を諦めるしかない。

 歴史に伝え聞く神域とは、まさにそういうところだ。

 人の力ではどうすることもできない程の、強大にして偉大な力。

 その暗澹(あんたん)たる歴史を知っているからこそ、彼女らも気安く言葉を紡ぐことはできない。



 まだ山の中にいるのか、それとも神域にまで入ってしまったのか。いずれにせよ、彼女らにできることはもうない。

 先の申し出への集落の人々の微妙な反応は、それを鑑みてのことだった。


「そんな……」

「…………」



 ――現実は、いつも唐突で、残酷だ。あまりに人の力如きでは及ばないところで着々と出来事は進み、そして何もできないままに終わっていく。



 子供は特に、いや、ともすれば大人でさえ、現実の理不尽さを真には理解し得てなどいないのかもしれない。

 全てを砕く大災害も、親しき者との永久(とこしえ)の別れも、自らの夭折(ようせつ)も。

 一つの生命として生きていく中では、当然起こり得るものであると知ってはいても、それが身近なところで本当に起こるとは思えないイキモノなのだ。

 それは最早、知っていると表現するには値しないのかもしれない。


 そしてあるとき、一切の予告も前兆もなく突然真に知ることになるのだ。

 ああ、この世界はなんて無慈悲で、残酷で、そして、終焉そのものなのだろうか、と。



 そう。だから、生存競争に敗れたらしい魔獣が山を下りて集落に現れたのも、子どもたちの母親がこのタイミングで体調を崩してしまったのも、そしてその結果、見張っていない集落の裏から山に入ってしまった彼らが、神域にまで足を踏み入れてしまうことも、村の人々からしてみれば予測のしようがなく、そして防ぎようもなかった。

 もし仮にそれを理不尽と、あるいは、不条理と呼ぶのなら、子どもたちはまさに今、不条理に殺されようとしていた。




 だから、




「……よし、そんなら俺が、その神域とやらまで探しに行こう。あなたらは予定通り、こちら側の山中を探しておいてくれ」


 だから、これまで沈黙を保っていた、同行者たる少年のその言葉を聞いて、夏希も奏も一瞬意味が理解できなかった。

 勿論、その言葉は聞こえてはいた。だが、意味を持つ文字列として耳に入ってこなかったのだ。


「おっ、お待ちください!! あの神域には、伝え聞く狼たちを筆頭に、強大な生物たちが生態系を成していると言われています。この魔獣でさえ、住むことすら許されなかった程の、そんな場所です。そんなところに、高々数人で向かったところで、どうにかなるものではございません!」


 長が、これまでにない剣幕で止めにかかる。部外者でしかない、まだまだ若い彼らの身を案じてのことだろうか。

 少し抑えて、続ける。


「……お若いの。あなたたたちはまだまだ若く、そして才に溢れております。それ故の自信でありましょう。しかし、先はまだまだ長い。命を粗末にするもんではございません。どうか、お引き取りを」


「……この人の言う通り、だよ。私たちじゃ、どうやっても神域を生き残ることはできない。勇気と蛮勇は、絶対にはき違えてはいけないの」


 長の言葉を引き継ぎ、奏が諫めるかのように続ける。

 よく見ると、彼らだけではない。夏希も、そして村の人々も一様に、心配そうな視線を向けていた




 どうにもなぁ、と少年は頭を掻く。どうやら勘違いさせてしまったようだ、と、訂正を入れる。


「わりぃ、また言葉足らずだったな。――行くのは、俺一人だけだ」


「!? な、なに言ってんのさ! それこそ蛮勇だよ! 本気で言ってるの!?」


「ああ。お前らまで巻き込むわけにゃいかんからなー。先に帰って、俺が一人で勝手に行ってしまったとでも言っとけばいいさ」


「そうじゃない!! それじゃあキミが危ないじゃん!!」


 夏希が、語気を強めてまで止めにかかってくる。



 どうやら、自分の感覚とその他全員の感覚にはまだだいぶ齟齬があるらしい。というよりか、むしろ齟齬を広げてしまったようだ。


 神域に対する一般的な認識は先の準備中に彼女らに聞いていた。

 神が支配する不可侵の領域。足を踏み入れれば、今生を諦めるしかない、そんな領域である、と

 なるほど確かに彼らからすれば、自分は死地に突貫する無謀な若者だろうてよ、と、思わず苦笑いが絶えない。


「あー、これじゃ埒が明かんなぁ。……しゃーなしか」


 そう言うと、周りを取り囲む人々をくるりと見つめる。

 その鋭い視線に、人々は思わずはっとなる。


 そして、場をさらに混乱させるような事実を告げた。


「そもそもの話なんだが……、俺とあんたらの間じゃ大分認識に齟齬があってだなー。――結論だけ言っちまえば、あの領域に立ち入ったからって、神獣とやらに即座に斃されるってこたぁねえんさ」


「!? それって、どういう……」


「さァて、どういうことだろうなー。……だが、何の力も持たない子どもたちが立ち入ったら危ないことにゃあ変わりない。これ以上の押し問答は時間の無駄だからな、俺はもう行くぜ。――もし、これ以上のことが気になるんだったら、自分の目で確かめに来な」


 自分で見ないと納得しないだろーしなー、と、止める間もなく彼は振り向いて歩いて行ってしまった。

 村の人々も、そして奏も夏希も、呆然として引き留める間もなかった。


 少しして我に返った奏が、夏希に問う。


「……どうする?」


「んあー! ついてくしかないでしょ、全くもおーー!」


 そう言って、夏希たちも彼のあとを追いかけていく。


「――どうか、ご無事で……」


 またしてもその様子を見送るしかなかった村の人々は、彼らの無事を祈りながら、急ぎ山中へ探しに行くべく準備を進めるのであった。


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