Ep.1-6 不穏の足音
先に投稿した部分を加筆、分割しました。
良ければそちらも読んでいただけると幸いです。
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「……どういうこと? そろそろ説明してほしいな」
夏希からの突然の誘いに困惑している少年に、半ば強引に集合時間等を伝えて別れてから暫し。
彼の後ろ姿が見えなくなったところで、奏が夏希に問いかける。
元々編入生の噂を聞いたときから、夏希は何かしらの依頼に誘ってみるつもりだったらしい。
彼にそう説明しているのを、奏も横で聞いていた。
とはいえ、だ。
「いくらなんでも、知り合ってすぐに一緒に依頼受けに行くなんて……しかも、魔獣の討伐依頼って……」
意図せずして少しだが口調も強まる。普段は喋る前に少し間を空ける癖があるのだが、それもなくなっている。
しかし、それもやむを得ないだろう。
見知らぬ人間と命の危険もある害獣退治に行くのは、常識的に考えてとてもリスキーである。
それは、既にいくつもの依頼をこなしてきた彼女ら二年生にしてみれば、今更言われるまでもないことだ。
いくら少年が国王直々に認められた、らしいとはいえ、それが戦闘の能力かどうかも分からないのだ。
彼自身にその気がなくとも、思わぬ弊害が生じることは十分に考えられる。
そのことは夏希も十二分に承知して反省してはいるようで、
「ううー。ごめんよ奏ちゃーん! でもさ、どうしてもどんな人か気になっちゃてー! それに、私たちなら彼が戦うの不得手でもなんとかカバーできると思ったんだよー!」
と、顔の前でごめん! とポーズをとる。
まあ実際、それは一理あるかなー、とは思う。
実のところ自分も、彼には多分に興味はある。
しかしそれとこれとは話が別、好奇心に負けて何の相談もなしにリスクを負うことになったのは否定できない。
ここはきっちり反省してもらおう、ということで。
「……これから夕ご飯。デザート付きで」
はい、お付き合いさせていただきまーす!! と、ホントに反省しているかも怪しいような陽気な夏希の声が、人通りの少ない路地にこだまするのだった。
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雑談をしながら、これから森へ入り魔獣を探すための準備を整える。
山を登るのに最低限の物品を詰めた腰掛けのバッグを掛けた三人は、出発のあいさつをする為に集会所の外に出た。
すると、村の中が何やら騒がしいことに気付く。
それも、嬉しい知らせに喜んでいるという雰囲気ではない。何か予想外のことが起きて慌てふためいているような、そんな感じだ。
「あっ、あの、すみません。何かあったんですが?」
少し歩いたところで、ちょうど近くを走って過ぎ去ろうとしていた女性に夏希が何事かと声を掛けると、恰幅のよいその中年の女性は立ち止まり、額の汗を拭いながら答えた。
「あら、あなた方は……もしかして魔獣の退治に呼ばれた方々ですか?」
「えっと、そうですけど……」
「ちょうどよかった! 今あなた方を呼びに来たのです。実は、この村の子供が二人、居場所が分からなくて……すみません、移動しながらお聞きしていただいてもよろしいですか?」
どうやら、緊急事態のようだ。
頷き、早歩きで移動し始めながら、女性が続ける。
「ここ数週間の被害に伴って、私たちは子どもたちが集落の外へ遊びに出るのを禁じておりました。集落の表の入り口には大人たちが交代で立ち、不用意に外へ出ないように努めていたのですが……。恐らく、集落の裏の畑の壊された柵を越えて山へ向かってしまったのだと……」
「……んー? そこまでして、出ようとする、かなぁ?」
イマイチ納得がいかず、奏は疑問符を浮かべる。
まだ世界を知らぬ幼子にとって、周りの大人の言うことは非常に大きな意味を持つはずだ。
仮に思慮が浅かったとはいえ、言い付けを破ってまでいなくなったのには何か理由があるんじゃないか、と思ったのだ。
そんな呟きが聞こえていたようで、
「……はい。実は少し事情がございまして、その子たちの母親が数日間から少し体調を崩しているのです。命にかかわるような重い病ではないのですが……。昨年、彼らは父親を失ったばかりでして、それで不安に駆られたのでしょう。――この山にはその病に効く薬草が生えていまして、魔獣がいなくなった後に必ず取りに行くと言い聞かせてはいたのですが……」
「……ちなみに、その子らの年は?」
ふと気になったのか、少年が口を挟む。
「上が八つ、下が五つです」
「……なーる、そいつァ不用意には責められないわなぁ」
そんな風に事情を聴いている内に、集落の入り口に辿り着いた。
そこには、女性や子供も含めた多数の村人たちと長が待ち構えていた。
夏希が代表して声を掛ける。
「事情の程は聞きました。子供がいなくなってしまったと」
「……その通りです。まさか山に入ってしまうとは……。万が一彼の魔獣に出会ってしまえば事ですし、仮に会わずに済んだとしても、何かの間違いで山を越えてしまい、神域に足を踏み入れてしまえば……」
そこまで言ったところで、長は口を噤んでしまう。
言葉にせずとも、その先に続く言葉を予想するのはあまりにも容易く、そして、重かった。
重苦しい空気の中、長が続ける。
「これだけ集落内を探してもいないということは、恐らく山に入ったというのは確実でしょう。裏の畑に彼らの物と思しき靴跡も残っておりましたので。――現在、大人たちで徒党を組んで、山へ入る準備をしております。あなた方のうちお二方には護衛としてそれについて行っていただき、もう一方には村に残り、万が一魔獣が降りてきたときのための警備に当たっていただければと思います」
長のその提案は、至極真っ当なもののように思えた。
少しだけ相談させてほしい、と彼らに告げると、夏希と共に少年の元へ集まった。
「よし、予定外の事態になったけど、急いで探しに行かなきゃだね」
首肯して、奏が後に続く。
「……うん。じゃあどうやって別れようかって話なんだけど……私は編入生クンが二人の方にいくといいと思う」
「そーだね、私もそう思うよ。――この依頼に連れてきたのも、本当はどんな人か知りたかったってのが大きいから、今はまだ実力が不透明な君を一人にするのは不安なんだけど……それでいいかな?」
自分たちの意見は共通して、彼を一人にはしたくないというものだった。
だが、それも当然である。いくら国王直々にその能力を認められたらしいとしても、彼の人となりをその目で確かめなければと連れてきてみたのがそもそもの発端である。
もし仮に魔獣と遭遇して戦闘になったとして、恐れずに動けるかも分からないし、そもそもその能力とやらが戦闘方面の能力も限らない。
二人組にしておけば、万が一の時でも、もう一人がフォローできるはず、と考えてのことだった。
しかし、
「……んや、その必要はない」
「「!?!?」」
当然彼もその考えを理解してくれると思っていたのに、その提案が真っ向から否定されてしまう。
当然、奏たちは一斉に反発せざるを得ない。
今の段階で、彼を一人にするメリットが無さすぎるのだ。
「……待って。それは納得できない。あなたがどれ位戦えるのか分からない以上、一人にはできない」
「そーだよ。自信があるのかもしれないけど、私たちはそれを容易く信じるわけには」
「あーすまん、言葉足らずだったな……。二一で別れて行く必要はないってことだ」
「「?」」
夏希の言葉を遮り、彼が思いもよらないことをいう。
その言葉の意図が読めず、二人揃って首をかしげていると、
「BUMOOOOOOOOOOO!!」
集落の奥の方から、何かが壊される音とともに、何かの雄叫びが聞こえてきた。
相談していた彼女たちも、集まっていた村人たちも、思わずそちらの方向を向く。
すると、
「なっ!! あれは!!」
「まさか……!!」
遠くから、何かが砂埃をたてて迫ってくるのが見える。
いや、最早何かと言うのは正しくないだろう。
魔術を手にし、一層人々の脅威となった獣。集落近辺の畑を荒らし、村の生活を脅かさんとしていた獣。
それは、
「……魔獣」
「BUUUUUUUMOOOOOOOO!!」
そうして、人々から十メートルくらい離れたところに止まると、魔獣たるその猪は、鼻息を荒げて、再び雄叫びをあげた。