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Ep.1-4 ピンチの後のピンチ

 **********



「……なんで私たち、こんなこと……」


 入学式のあと、学園敷地内の食事処で怪しい少年を見かけた二人の少女は、すぐ近くの建物の影から不審な少年の動向を観察していた。

 ちなみに傍から見れば、自分たちも十二分に怪しいのだが、そのことには幸か不幸か、気づいていない。


「まあまあ! もしかしたら怪しい奴かも知れないじゃん」


 奏の呟きに、夏希がテンション高めに返す。しかしその視線は、依然謎の少年に釘付けである。


「……もしかしなくても見た目は完全に不審者なんだけど……」


「んー、声は聞こえないなぁ…。なんか頼んだみたいだけど」


「……聞いてよ」


 何故かノリノリで探偵ごっこを始めた夏希に奏はツッコミを入れたが、既に手遅れのようだ。完全に名探偵になり切ってらっしゃる。


 ふぅ、と奏は小さく嘆息する。

 元来の彼女らの正義感、そしてその立場からしても、見て見ぬふりをする気は奏とてなかったが、これでは埒が明かない。


「……もう、しょうがないなぁ」


「えっ、ちょ、奏ちゃん!? 待ってよー」


 そう判断した奏は、思い切ってその店へと向かうことにした。

 夏希も慌てて、後に続いていく。


 件のお店に入ると、二人は少年のすぐ近くの席に陣取った。

 ここなら彼の声も届くし、もし万が一不審な行動を取ったならば、すぐにその場で取り押さえられる。


 と、思っていたのだが、


「(うーん、怪しい行動はしてないねぇ)」


「(……うん、注文した時以外は喋ってないみたい)」


「(ただのお上りさんとかかなー。なーんだー、つまんないのー)」


「(……こんなことだろうと思ったよ……)」


 彼女らの期待に反し、少年は特に不審な行動を取ることなく食事に舌鼓を打っている。どうやら格好以外は、いたって普通の少年のようだ。

 そもそも、メニュー名が頭おかしいのだってこの店の仕様であり、彼の怪しい恰好とは関係なかったのだが、その容姿と相まってつい気になってしまったのだ。


 そうなれば彼女らの興味は自然、このお店のメニューへと移り、


「(……それよりここのパフェ美味しい。幸せ……)」


「(ね、ほんと、こんな美味しいとこ見逃してたなんてねー。裏通りだし、見た目があれだから、みんな敬遠してたのかなー)」


 十六歳、食べ盛りの少女たちは当初の目的をもうすっかり忘れてしまっていた。

 彼女らも華の高校生。美味しいお店だのといった情報には敏感であるつもりだったのだが、完全にノーマークだった。


 そうして暫し元々の目的を忘れているうちに、件の少年が立ち上がった。

 どうやら食べ終わったようで、店を出るようだ。

 先に食べ終わっていた夏希がふと気づき、奏にそっと話しかけてくる。


「(?? ねえねえ奏ちゃん)」


「(……ん? はひ……?)」


「(……ごめん、口の中の物がなくなってからでいいよ……。んね、あれってもしかしてさ……)」


 声を掛けられ、奏も少年を見てみると、立ち上がった少年は何故かせわしなく体中あちこちを手でパンパンと叩いている。

 その行動は、紛れもなく、十全に、疑いの余地なく、


「「(……財布がない??)」」


 既に食事を済ませてしまったあとに気付くとは、完全にやらかしもんである。

 少女たちは予想外の展開になっていることに気付き、そっと少年の動向を見守ることにする。

 やがて少年は叩くのを止めると、店長を呼ぶようウェイトレスに頼んだ。


「(……なんだろう、素直に謝るのかな……??)」


「(どうだろう……あ、来た……ぶはっ!)」


 出てきた店長を見て、夏希が思わず吹き出す。

 近くで見る店長は、想像していたのの倍デカかった。逆三角形の上半身を筆頭に、全身溢れんばかりの筋肉を滾らせている。何その筋肉、絶対料理に必要ないでしょ。

 これはもう、仮にお金がありませんと謝ったところで、無言のうちにボコボコのボコにされる未来しか見えない。


 呼びつけたにも関わらず、少年は喋らない。店長も、喋らない。

 これは何だか面白くなってきたな、と、少女たちが更に見守っていると、暫くしてついに少年が口を開いた。


「……ぶ、」


「「(……ぶ?)」」


「不躾ではございますが、百メートルは何秒で走りますでしょうか?」


 関係なさそうな話題に一瞬考えてしまうも、その質問の意図は容易に察せられてしまった。

 詰まるところ、


「「(に、にに、逃げる気だー!?)」」


 現行犯。たった今少女たちは、食い逃げ未遂を目撃してしまったのだ。

 さて、GACHIMUCHIの店長は何と返すのだろうか。


「……十秒フラットだ」


「「(め、めめ、めっちゃはやあああああ!)」」


 彼女らは聞こえていない、というより最早その場にいない設定なので絶対に笑ってはいけない。いけないのだが、会話の展開に心中でツッコミを抑えきれない。

 普段寡黙でおとなしい奏は、机に突っ伏すことで醜態を晒すまいとしているが、プルプルしてしまっているので隠しきれていない。夏希に至っては、顔を両手で覆い隠してはいるが、ときどきこらえきれずに吹き出してしまっている。


 少年とGACHIMUCHI。無言で見つめ合うも、残念ながら甘い雰囲気は一切存在しない。というか、してたまるかい。


 このまま永遠に微妙な空気が続きそうだと思われたそのとき、テッテレー、と少年の携帯電話が間抜けな音を鳴らしてふと空気が緩む。


「あ、ちょっとすんません。はいはい、どーもです――え、あーまぁまさに今未曽有のピンチっすけど――は? はあ、マジっすか。了解です。――すんません、会計お願いします。なんか今ちょうど、学生は無料って聞いたんスけど」


 そういって少年は、外套から学生証を取り出した。

 それは、この高校の第二学年を意味する赤色のものだった。しかし、少女たちは同学年であるはずのその少年を見たことがなくて。

 これが意味するところは、つまり。


「(……ね、夏希。あれって……)」


「(……うん、まさかとは思ったけど、噂の……)」


 こうして、学年でも一、二を争う才媛たちと、話題沸騰の編入生は、何とも言えぬ形で巡り合わせを果たしたのだった。



 **********



「いやー、突然呼び止めてごめんね! あ、わたしは湊宮 夏希! よろしくー! それでもってこっちが……」


「……無堂 奏。よろしく、ね」


 紆余曲折はあったものの、無事に会計を終えて立ち去ろうとしていた少年を慌てて呼び止め自分たちの席へ案内すると、夏希たちは自己紹介を始める。

 そうして夏希に続いて奏が名乗り終えるとすぐに、待ちきれぬといった勢いで夏希が尋ねる。それはもうさながら、餌を目の前にした猛獣の如く。


「ね!! もしかしてキミ、編入生クンだよね?」



 一方、見知らぬ少女たちに唐突に引き止められ、一体何の用だか分からず(いざな)われるままに座っていた少年は、その言葉を聞くと、少し考えるようなそぶりを見せながら、


「んー、その編入生とやらが一人しかいないんなら、多分俺のことだと思うけど……何で知ってるんどす?」


 何とも言えぬ語尾で返す。

 ど、どす? と、頭の中をハテナマークでいっぱいにしている奏を尻目に、夏希が答える。


「さっき会計の時さ、学生証出したじゃん? ()()()()見てたんだけどね、学生証の色を見た感じどうやらおんなじ学年みたいで、だけどどー見ても不慣れで場違いな恰好で、おまけに全く見たことない人がいたら、誰だってそうだと分かるよー? なんたって今、すっごく話題になってるんだし!」


 たまたま、などと大ウソこいてはいるが、話の中身はまごうことなく真正。

 その言葉に少年は、「はっ、なるほどその通りっすわ……」と苦笑いを返すしかない。


 そして、ふと気づく。


「んあ? 話題?」


 そうして少年は、少女たちから入学式の顛末を聞くことになった。

 頭の上から朝日が昇り輝くおじさんの式辞が長すぎたこと。代表として挨拶した王女を含めて、入学試験の成績が満点だった生徒たちがいたこと。――そして、予告もなしに、王様直々に編入生というビッグニュースがもたらされたこと。


 その夏希の説明の最中、ほとんど反応を見せることなく静かに聞いていた少年は、全てを聞き終えると静かに嘆息した。

 そして明後日の方向を向くと、聞こえるか聞こえないかの小さな声で


「……なーにしてんだか、全く……」


 と呟いた。



 なんともまあやってくれたもんだ、と、少年は静かに思う。義理堅いというか、おせっかいというか……。そもそも、あの日実際に目にした最低限の内容以外は、自分らだってほとんど知らないだろうに。

 そんな状況にも関わらず、脈絡もなく呼びつけた手前もあったのだろうか。どうやら変に気を遣ってくれたらしい。


 正直なところ、少年は素性を聞かれたところで一向に構わなかった。

 そうなったとして、変な嘘をつくつもりは毛頭なかった。


 まあ最も、無難なところ以外は含みを持たせて意図的に避けるつもりではあったが。

 知る必要のないことは、思いもよらない火種を生むだけであるからにして。



 そんな風にどこか他所へ考えを巡らせている様子を見て、首をかしげている奏を再度置いてきぼりにして、


「それでね! そんな編入生クンに早速お願いがあるんだけど……」


 と、夏希がどんどん話を進めていく。

 編入生が来るって噂を聞いた時から、絶対にお願いしようと思っていたことがあるの、と続ける。


 その言葉を聞き少年は、ああ、なんか前にもこんなことあったなー、と強いデジャヴに襲われる。

 というか、つい先日なのだが。


 という訳で、次に来る言葉に対し圧倒的に嫌な予感しかせず、じっと夏希の顔を見つめた彼は、


「私たちと一緒に、山登りをしよう!!」


「…………はい?」


 眼前の少女のその言葉に、意図せずして数日前と同じ返事を返すのであった。


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