Ep.1-3 前途多難の新たな生活
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「久しぶり、というのも変な気がするな……息災そうで何よりだ……」
「本当に……大きくなったわね……」
少しばかりの気まずさをもって、どう話し始めようか迷っていた少年は、第一声にかけられた安堵の声に思わず笑みが零れてしまう。
どうやら、必要以上に気にし過ぎていたらしい。女性に至っては、既に涙ぐんでいる。
「あはは、どうも。そちらこそ、お元気そうで何よりっす。――七年ぶり、くらいですかね」
そう、少々の感慨を以て挨拶を返す。
あの日からもう七年が経ったという事実を、口にしたことで実感し、時間の流れに思いを馳せながら。
「……ええ。何も分からぬまま、ただあなたを見送るしかなかった私たちにとっては、今でも昨日のことのように思い出せるわ……」
その台詞は、その場に立つ二人の大人の共通認識であった。何年経とうが、何もできずに立ちすくむしかなかったときのあの感情が、容易に思い出されてくる。
そうして自然、話題はあの日のことに移らんとする。
「ああ、その通りだ。こうして呼びつけた立場であるのに早速で悪いんだが、君には聞かなければならないことがたくさんあるのだ……。一体、あの日に何が――」
「あーっと、そのまえに一つだけ」
しかし、少年はふと男性の言葉を遮った。
そして、心からの言葉を紡ぐ。
「……七年間、本当にありがとう、ございます。こればっかりは、言っておかなきゃと思ってたもんで」
「!?!? ……いや、礼には及ばないさ。当然のことをしたまでだ。むしろ、君に何もしてあげられなかったことを申し訳なく思っている」
具体的に何に対しての感謝かを指し示す言葉は入っていなかったが、少年の言葉が何を指しているのか、大人たちは即座に、容易く理解できた。
この少年、年齢を鑑みれば本来なら今のように感謝を伝えるような立場ではないはずだが、遠い昔に既に彼の早熟さを目の当たりにしていたため、その言葉もスムーズに受け入れられる。
「……ちなみに、どこまで伝えたんすか??」
「……両親が亡くなったということ。兄は生きてこの世界のどこかにいるだろうということ。この二つとも、十二歳を迎え初等学校を卒業したときに伝えた。……まあ、これ以上は私たちとしても伝えられることはほとんどない訳であるが、ね」
「そう、か……」
妥当なとこだろうな、と思う。
むしろそんな状況で、よく受諾してくれたものだ。
彼女らがその現実にこれまでどう向き合ってきたのか、あるいは、これからどう向き合っていくのか。その一切に対し、自分が干渉するつもりは毛頭なかった。
無責任にも聞こえるかもしれないが、自分はもう既に、その権利を持っていないが故に。
「ねえ、あなたは、もしかして……?」
「ん? ――ああ、一切合切詳らかに言うつもりはないっすよ。残念でしょうが、あなたたちにも。これは、俺が一人で抱えていくもんなんで」
「……くっ、だが……!!」
「そんな話をしにわざわざ俺を呼んだわけじゃないでしょうに。そろそろ本題に入ってくれると助かるんすけど」
そう言って強制的に話を終わらせる。
社会的な立場などを鑑みずとも、急にぞんざいになった言葉遣いは全くもって褒められたものではないが、それでも。
それでも、こればかりは、誰にも言うつもりはなかった。
「む……ぐう……。ふぅ、わかった。だがいつか必ず教えてもらうからな」
「……んで、一度しか使えないアレを使ってまで呼んだ訳だし、何かしら暴動の一つや二つや三つは起こってるのかなーと思ってきたんだけど……平和そのもののように見えるんすけどね……?」
自分のせいで空気が重くなったのもあり、少年は自分から話題の転換を図る。
実際、この国に入った時から疑問に思っていたことだ。恩義と引き換えに渡した、たった一度しか使えないアレを使うには、この国はあまりにも平和そのもののように見えたからだ。
「ふむ、実はだな、今回お主を呼んだのは、だ」
「ええ、あなたを呼んだのは」
だが、現実は少年の予想を容易く上回り、
「コホン、せーのっ」
「「高校に入学してもらうためだ(です)!!」」
「…………はい?」
その言葉に思わず、間抜けな返事を返すのであった。
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「まーったく、まさかこんなこと頼まれるなんてなぁ」
編入の詳細な説明を受けるために学園内を進みながら、灰色の外套に身を纏ったツンツン頭の少年はふと独り言つ。
緊急の要件でなかったのは幸いであったとは思うが、とはいえ想定の斜め上を行くお願い事である。
いやいや、最早斜め上どころじゃなくてジグザグですわ……、と、訳の分からないことを考えながら暫し。
「…………え、MAJIDE?」
唐突に現実感が増したらしい。思わず立ち止まってしまう。MAJIです。
ただまあしかし思い返せば旅から旅への根無し草、たまにはこういうのも悪くねぇかもなーと思いながら再び歩き始めてまた暫し。
ふと空腹を覚えた彼は、近くの適当なお店へと入ることにした。
そう。至極大事なことを失念してしまったまま。
案内された席は、店の外にある見晴らしの良い席だった。
メニューを開くと、どうにも名前がピーキーな料理ばっかりだったが、まぁ食べれるなら別に何でも構わない。食べ盛りの空腹はかくあるものである。
ふと目についた、MUKIMUKIなビーフシチューとやらを頼むことにした。
……なんですかいそりゃ。食べたら筋肉でもつくのだろうか。
「……何やコレ、くっそうまいなオイ」
頼んだ料理は思いの外すぐに届いた。奇抜な名前に反したそのクオリティに驚きを隠せない。
お腹がすいていたからというのを抜きにしても、異次元と言っても過言ではないくらい美味しかった。
ふと顔をあげると、そのつぶやきが聞こえてたのだろう、にっこりと微笑むメイド服のウェイトレスさん。
そしてその向こうに、ピッチピチのT-シャツを着た逆三角形のおっさんが見えた。いや、見えてしまった、というべきか。
MUKIMUKIってそういうことかい。残念ながら、全く中和できていなかった。
とはいえ味はすこぶる美味。さっくりと食べ終えた少年は、行きかう学生と大人の群れをボーっと眺める。
比較的人通りの少ない裏路地にいたつもりだったが、何事かイベントでもあったのだろうか、それでもそれなりに人通りがあった。
「学校、ねぇ……」
少し前には悪くねえかもなー、とは思ったが、冷静になってみればやっぱり何だかめんどくさいことになったな、と嘆息する。
元々、何かしらのトラブルが起こっているのだろうと予想して来てはいたのだが、少年に降りかかる面倒くささで言えば想定のはるか上である。いやはや、もうほんとに。
そもそも今更何を学べというのかねぇ、と、再びため息をつく。
客観的に見ても、自分がいまさら教育機関で学ぶことなどないように思えた。
仮にあるとすれば、同年代との付き合いとか、だろうか。
まあそれでも、義理は義理か、しゃーないかー、と立ち上がったところで、少年は大変な事実に気付いた。
いや、気付いてしまった。
「……あり、そういや財布、どこやったっけ?」