Ep.3-1 静かなる胎動
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編入生の少年が模擬戦を披露した、その週の終わり。
緊張しているのだろうか、妙にそわそわしている後輩の少女たちを連れて、奏と夏希は、依頼を受けて王都の端のとある場所に来ていた。
「おおー。こりゃまた趣があるねぇー!」
ここに来るのは初めての夏希が、そう興奮した声を漏らすと、同じく初訪問だという奏も、
「……いいとこ、だね……!」
と追随する。
こういった由緒正しい建物は、何か彼女の琴線に触れたのだろうか。珍しく、小動物のようなその目を輝かせている。
「ホントだよー! ――すっごい、お城だー!!」
彼女らの眼前。そこにあったのは、古めかしくも威厳のある大きな城だった。
王都の中にあるというのに、いつ建てられたのかも、誰が建てたのかも知られていないという、何とも不可思議な古城。
さりとて、王都のほぼ中心に座しているこの国の王城に比べても、遜色のない程の規模を誇っていた。
「そ、そんなにいいものですか……?」
そんなテンションの上がった二人の先輩に対し、後ろから控えめな質問が入る。
振り向くと、この国の第一王女……アリシアが、風になびく白銀の髪を抑えつつこちらを見ていた。
その後ろには、後輩の少女たちが少し硬い表情で古城を仰ぎ見ている。
彼女たち一年生はみな、征伐者に寄せられる依頼に行くのは初めてである。
そのせいか、ここに来てもまだ少しばかり緊張しているようだ。
「もちろんこのお城、誰も住んでいらっしゃらないのに綺麗なままで素敵だとは思いますけど……」
アリシアがそう言葉を続ける。
美人だと名高い王妃によく似た、しかしまだ少女の域を出ていないその相貌に浮かぶ表情は、決して嫌味ではない呆れが混じっていた。
「いやいや、そりゃあアリシアちゃんはモノホンのお城に住んでるんだもん。私たちみたいな一般人はこんな間近でお城見ることなんてないんだよー。――ミーナちゃんはどう?」
「え? えっと、ごめんなさいです。わたしもあんまり……」
同意という名の希望を求めミーナに話を振るも、残念ながら芳しい反応は得られなかった。
考えてみればこの子たちは幼馴染。言わないだけで他の三人もやんごとなき身分なのかもしれない。
夏希がそんな後輩たちの態度に、ジーザス! と大げさに反応してみせると、その場に和やかな笑いが広がる。
そのお陰か、ミーナたちに浮かんでいた緊張の色も、少しばかり薄れたようにも見える。こうして夏希が、身を張ったリアクションをした甲斐があったというものだ。
え? いや、別にホントにショックなんて受けてないよ。ホントだヨ。
「えっと、でも! 夏希せんぱいの気持ちもわかりますよ!」
「そ、そうですね。確かに、圧倒されちゃいます……」
そんな夏希のフォローをするかのように、アリシアとミーナの更に後方から声が掛かる。
初めに喋った少女は快活に。追随した少女は慎ましやかに。随分と異なるその口調を聞いただけでは、双子の姉妹とはとても思わないだろう。
「……おおー。陽菜と雪葉はこっちの味方。これで、四対二だね」
「あれっ? じ、実はわたしもそう思ってたですよー!!」
一瞬で手のひらを返した小柄な少女に、その場はまた笑いに包まれる。
まだ出会ってから一週間強だが、だいぶ仲良くなれてホントよかったなー、と、笑いながら夏希は感慨深い気持ちになる。
特に自らの親友がこうして縁を広げようとしていることを、嬉しく思いながら。
今日一緒に来ている四人の後輩の内、アリシアとミーナを除いた少女たち。件の編入生の少年が未だ出会っていない二人。
彼女らはそれぞれ、大神 陽菜と大神 雪葉という。快活な方が陽菜。慎ましやかな方が雪葉だ。
名字から容易に察せられるように、彼女たちは双子の姉妹だ。そして同時、今年の新入生の中で、アリシアと並び入学試験で満点を叩き出した少女たちでもある。
「……さて、ぱっと見怪しそうなものは……、なさそうだね……」
奏が、和やかな空気を転換させるように、ふと周りを確認しつつそう言う。
依頼の内容は簡単だった。最近このあたりで、不審な物音を聞いたとのこと。
何か巨大なバケモノが吠えたような音だった!! と、たまたま夜の散歩に来ていたという老婆が訴えたらしく、それで念のためにと近隣住民から依頼として出されたらしい。
「そうですね……。取り敢えず中に入ってみますか?」
「あ、それがねぇ……。この建物には入れないみたいだよ」
「……入れない、です?」
「……そそ。扉とか窓みたいなものはあるんだけど、全部開かないらしくて……。固定されてるのか、元々そういう風に造られてるのかは分からないけど、ね」
後輩の少女たちの言に、そう訂正を入れておく。
夏希たちも依頼を受ける際に聞いた時には驚いた――この依頼は、先輩二人で先んじて選んでおいたものなのだ――のだが、どうやらこの建物は、本当に文字通りただ“建”っているだけの“物”らしい。
「え? それじゃあ、わたしたちは何のために……??」
双子の片割れ。陽菜が発したその言葉に、思わず苦笑いせざるを得ない。
これも、夏希たちが依頼の説明を受けているときに思って、そして実際に仲介所の職員に尋ねたことだからだ。
「依頼を出して、何もなかったっていう事実が欲しいみたいだネー。その音を聞いたっていうおばあさんを安心させたいんじゃないかなーって、仲介所の人が」
「あ、なるほど……」
実のところ、この依頼の説明を受けて、その辺りの事情を聞いたからこそ、夏希たちがこの依頼を選んだという側面もあった。
依頼を初めて受ける少女たちに、(恐らく)簡単で、そして雰囲気の分かるものを、という中で、この依頼はピッタリだった。
万が一この依頼が杞憂じゃなかったとしても、自分たちと、それからあの編入生の少年もいることだし、と。
ちなみに、ここに来るまでに後輩の少女たちには依頼の説明は一切していなかった。別にネタバレをしても良かったのだが、今後のためにも十分緊張して臨んでもらいたかったからだ。
あれ? 何だかつい最近も同じように説明せずに依頼に引っ張ってきたことがあった気がするけど、きっと気のせいだよね、うん。
兎に角、簡単なものだったから少女たちにもピッタリだと思ったし、少年と大神姉妹との顔合わせにも適当だと思ったのだ。
のに。のに。
「あー、もう! なんでいないのさ、あのツンツン頭はー!!」
夏希の唐突な叫びが、辺りにこだまする。
そう。一緒に来るはずだった件の少年は、この場に来てはいなかった。
なんでも、急用が入ったとのこと。
先日の実技の授業で、少年は相当の戦闘力を持っているその片鱗を示していた。
簡単な依頼ではあるが、一緒にいることでまた彼について色々と見えてくるものがあるかもしれない。さてさて、楽しくなってきたぞー! というときに、冷や水を浴びせられた気持ちである。
「あはは、そーですね! わたしも、会ってみたかったですよー」
陽菜がそう言って夏希に同意してくれる。
雪葉も、結構な勢いでうんうん、と頷いている。
余談であるが、彼が来ないということを今朝方に知って一番悲しんでいたのは、意外にもミーナであった。
彼とのやり取りを見ていると随分懐いていたからなぁ、と思っていたのだが、どうやらこの前食堂で貰ったプリンのお返しがしたかったとのこと。
彼も大して考えずにあげたみたいだが、それでも後から申し訳なくなってきたというミーナのあまりの可愛さに、奏と二人で暫くのあいだ彼女の頭を撫でていたのは内緒である。
「ところで、この城ってホントに何なのでしょう? 歴史的に重要な何かだったという話を伺った記憶はないんですけども……」
「アリシアちゃんも知らないんだね……。ほんと、何なんだろう……」
「あっ、これ、なんて書いてあるんだろ? えーっと」
話を戻して、アリシアと雪葉がこの不思議なお城について話しているその向こうで、ふと陽菜が一人建物の周りをうろちょろしているのが見えたので、一応釘を刺しておくことにする。
「こらこらー。初めてなんだから、あんまり一人で離れたら駄目だよー。ちなみに、この建物の調査はそれこそ昔から行われてるみたいけど、相変わらず何にも出てこないし、昔の富豪が道楽で建てたんじゃないかってもっぱらの噂だねー」
「あ、はーい!」
その言葉に陽菜はてへへ、と頭を掻きつつ、素直に従って夏希たちの近くへと戻っていく。
――……天……帝……
そこに言葉が書かれていたことなど、すっかり忘れてしまったまま。
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同じ頃、休日にもかかわらず突然学園長室に呼び出されていた件の編入生――流斗は、学園長たる女性にとある話を聞かされていた。
「以上で話は終わりだ。生徒会長は下がって宜しい」
「はっ。失礼いたします」
隣で話を聞いていた、生徒会長だという少年がその言葉に従い退出する。
いわゆるテンプレに反したことに、生徒会長は才色兼備なお嬢様ではないらしい。こういのに造詣が深いらしい夏希はさぞ悔しがったことであろう。
「ふう……。――という訳で、あなたにはご面倒をお掛けしますね」
会長が退室すると同時に、厳格で規律正し気態だった学園長の態度が一気に軟化する。
その様子は、流斗が以前会って説明を受けたり、あるいは書類を書いていたりしていた際の、優しそうなおばあさんそのままだった。
「もしかして、意図的にそういう態度で?」
「ええ。この学園の長たるからには、それに相応しい厳格な態度でいなければ、と思いまして」
あんまり性には合っていないのですが……、と続ける。
その言葉に、いやいや、めちゃくちゃお似合いでしたよー、とか言いたい気持ちだったが、難題を吹っかけてきた昔からの知り合いである国王夫妻や王国軍総隊長とは違い先日会ったばかりなので、そこはまだ流石に心中に留めておく。
「それはさておき、この話をしたってことは、俺の編入の経緯を存じているという訳っすか?」
「ええ。実は、じ……カレドウールヴ総隊長とは昔からの馴染みでして。国王様からではなく、彼からいろいろと」
「なるほど。それで、今日呼び出したと」
「そうです。あなたの実力を直に見た訳ではありませんが、それでも、あの方たちがそう言うのなら私に頼らないという手はありません」
「ふむ……。そんじゃまあ、詳しく聞きましょうか」
「では、改めて。牙頼流斗さん。あなたには、半月後に予定されている第二学年の大規模演習。二泊三日で行われる、文字通り実戦と言っても差し支えのないその演習に、参加しないで頂きたいのです」
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