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神に牙むく無双の咎人 ~時代に抗う、次代の寵児たち~  作者: 銀風 朧月
第2章 次代の雛は開闢を知らず
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Ep.2-16 圧倒的な余裕

遅くなりまして。

 **********



 ――少しばっかり教えてやんよー


 流斗のその言葉が、始まりの合図だった。


 その言葉が区切られると同時、流斗と向かい合う少年……大二郎が全身に電気を滾らせる。

 普段は何も考えずにいるただのお調子者のようだが、彼とてこの学園の生徒である。

 殆ど実技によって合格してここにいるのは事実だったが、それでもただ単に力任せに魔術をぶっ放すだけの脳筋ならば、この高校の門をくぐることなど到底できない。

 特に彼は、戦闘中にはその野性的で鋭い勘を如何なく発揮するタイプのようだしネ、と、先週初めて彼が戦っているところを見た夏希はそう感じていた。


「いくぜっ!!」


 それ故だろうか。先ほどまでの流斗の言葉――遠距離が得意な生徒が、距離を詰められて負けている――という言から、彼がその対策を自分たちに見せるような戦いをしてくれるに違いない、と予測がついていたのだろう。

 先ほどの戦いで夏希がしたように、大二郎は開始と同時に一気に距離を詰めようと走り出した。


 ところが、


 ――パキパキパキッ!!


「!? あれは……?」


「…………氷?」


 勢いよく踏み出そうとした大二郎の足下から流斗までの間の地面に、あっという間に広く氷が張られる。

 驚いた様子を見せる大二郎を見るに、向かい合う少年――流斗がやったのだろうか。


 ――であるならば、だ。


「の、ノーモーションじゃん……!?」


 魔術自体の広がっていった速度もさることながら、流斗が手を振ったり、あるいは魔力を滾らせたりといった動作を一切挟むことなく、棒立ちのまま氷を張ったことに、夏希は驚愕を隠せなかった。

 幾ら、何か人と違うことが“自然に”できる、ということが魔術の本質であるとは言え、神器を使うことなくあれだけの速度で展開するなんて、相当の実力がないと不可能である。


「ちっ……」


 幾ら距離を詰めようにも、氷の上を滑らずに走り抜けるのは難しい。

 たまらず大二郎は足を止め、一度電撃を地面に向けて放ち邪魔な氷を割ろうとする。適当な選択だろう。


 その隙をついて距離を取るのだろうか、と、夏希が流斗の方を見ると、


「は、はぁ!?」


「!?」


 なんと、大二郎の電撃をかいくぐり、滑ってしまうはずの氷の上を駆け一気に大二郎の方へ向けて近寄っていた。

 先ほどの彼の言葉からすれば、まるで想定できない一手である。


「!? っにゃろう!!」


 相手の想定外の行動に気づいた大二郎が慌てて攻撃を向けると、流斗は一転前進を止め、後ろ向きに距離を取りつつ躱していく。


 ――バチチチッ……バキンッ

 ――バチチチッ……バキンッ


 彼に向かっていく電撃は、全てぶつかる直前に凍り付いていく。

 それはさながら、彼に攻撃することを拒むかのように。



 そうしてふと気づけば、最初の立ち位置よりも随分離れたところに二人向き合う形となっていた。


「…………えー。どゆことさ……」


 一連のやり取りを俯瞰していた夏希は、思わずそう、呟いていた。


 件の少年は、今間違いなく、足元の氷など意にも介さずに突っ込んでいった。如何に彼の実力が凄かろうと、普通に氷の上を走ることなど物理的にできないはずである。

 その受け入れがたい現実に、夏希が思考を巡らせていると、


「……あっ、夏希。あの人が通った後の氷、見て……」


「んえ? ……あっ」


 奏がそう言うので、夏希も彼の走っていった付近の地面を見てみると、彼の足跡の形に沿ってだけ氷が融けているのが分かった。




 魔術によって生じる現象は、一般的にはあくまで現実の物理法則に即している。

 正しくは、魔術で生じた現象は科学によってすべて説明できる、と言った方がいいだろう。


 ――例えば、奏が起こした風。魔力を以てして自然ではあり得ない空気の流れを生み出しているが、それは決して未知の気体を生み出している訳ではない。あくまで、空気の流れを自在に操っているだけである。

 ――例えば、夏希が放った炎。魔力を以てして空気中に生み出した炎は、何か未知の物質が燃えている炎ではない。魔力によって生み出した、物体と酸素による燃焼というれっきとした化学反応に他ならない。

 ――例えば、流斗の使った(らしい)治癒魔術。これも、不思議な力によってみるみる回復させるということは無い。あくまで、自然治癒を活性化させているだけである。


 つまり、魔術を使用するためのエネルギー、魔力を用いて起こされた現象は、それが生み出されるまでの過程は魔術という非科学的なものであるが、その後の現象は決して超常の現象ではなく、科学的に説明できるものなのである。




 だが、これには例外がある。

 ある一定のレベルを超えた魔術は、やはり科学では説明できない超常の結果をもたらすことが知られている。

 それは神器の階梯に換算するならば、『皇帝(インペリアル)級』を超えるような神器に匹敵する魔術のみ、科学では決して説明できない超常の現象を起こすことができると言われている。


 だからこそ神器の階梯において、『皇帝級』という位は一つ大きな分水嶺なのだ。

 即ち、


 ――人か。あるいは人外か


 人間が『皇帝級』以上の階梯だけを正確に把握できるのも、同じ理由なのかもしれない。

 それは、人智を超えた神々を本能的に察することができるように。『皇帝級』を超える神器は、人智を超えた超常の領域であるが故に。




 詰まるところ、だ。少年の通った跡だけ氷が融けているということは、恐らく魔術そのものの性質という訳ではなく、少年が何らかの手段を用いて融かしたということである。

 あの氷は、お世辞にも超常と言う程の大魔術にはとても見えなかったが故に。


 つまり、相対する敵に対して距離を詰めながら、足元だけを正確に融かしたということに他ならない。


「……ホント、まだまだ底が見えないね……」


 奏のそんな呟きは、他の生徒のどよめきによってかき消されていった。




「うっし。そんじゃあまず第一に言っときたいことがだなー」


 夏希たちのそんな驚愕などいざ知らず、少し距離を置いて立ち止まった少年は、観戦している生徒たちにも聞こえるように気持ち大きな声で話し始める。


「お前さんら、総じて得手不得手がはっきりしすぎだぞ。そりゃあ、いざ依頼に行ったりすれば仲間がいるだろうから、近距離の奴は後ろから援護が入るし、逆に遠距離の奴は魔術を準備する時間があるだろうけども、にしたってもう少し出来とかんとなー」


 それは、彼が模擬戦前に考えていた、この戦闘の落としどころに他ならなかった。

 成り行きですることになったこの模擬戦を如何に意味のあるものにするか、ということを考えたときに、戦闘のプロではない自分にすら明らかに改善すべきと思われる点を教えること。それが、流斗が見出した意義のある帰結だった。

 相手をお調子者かつ近距離に長けた少年に頼んだのは、こんな戦い方をしても気にはしないだろうし、また一番効果的だろう、と、そう考えてのことだった。


 ……まあ、まーた偉そうに講釈垂れることになるかと思うと少しばかり頭を抱えたくなりもするが、そこは忘れることにしよう……

 と、そんなことを思いながら、流斗は言葉を続ける。


「特に遠距離タイプの(やっこ)さんらよ。近づかれたら負け、っていう感じで戦ってる奴らが多すぎやぞ。別に全く使えねぇってワケでもないんだし、近接戦闘にこそ力を入れて鍛えたろう、くらいの気概でいいはずだぜ。いつか一人になっちまうときもあるんだから、時間作ってもらえるとか考えずに魔術を素早く発動できるようにはしとけよー」


 まずは遠距離型の生徒に向けて、気になった点を告げていく。

 演習室がこのサイズ感である以上、正直なところ、普通の学生であれば正直不利な面があることは否めないと思う。それが、先ほどまでの模擬戦の結果にも表れていたのだろう。


 だが、それを差し引いても遠距離魔術の準備が近距離に比べて少々遅くないか、と感じていた。

 実戦では恐らく仲間がいるだろうから、確かにある程度ゆっくり準備する時間もあるだろう。が、とはいえ状況によっては一人で戦わなければならない時も来るはずだ。

 その際に、練習してませんでしたー、では話にならない。


「あと、距離を取りたいんだから、そのやり方はきっちり覚えとかんと、だな。――その点近距離はまあ、距離取られても無理やり詰めりゃあ何とかなってたからなー。ただ、やっぱり詰めるための手立てとして、何かしら遠距離攻撃は鍛えといた方がええんちゃうかね」


 そしてこれは生徒全員に共通することだが、得意でない距離の魔術がなおざりであるように感じていた。

 兎角優秀な件の少女たちを除けば、かなり得手不得手が偏っているようだ。

 この年頃なら、まだ仕方のないことかも知れないのだけど。


「その点、一見すぐ終わっちまった湊宮と無堂の模擬戦はいろいろいいエッセンスが詰まっとったな。流石にあのレベルになると、この距離感でも有利不利はないし、実力のほんの一端は垣間見えたっけな。――というかここら辺の話って、一年の時には教えてくれんかったん? 実技の授業もあったんだろ?」


 そう、不意に質問口調になり、誰と言うこともなく尋ねる。

 名門と言って差し支えない高校だ。この程度のこと、教師たちが気付かないはずがないのだが。


「あーっと。それはあれ、一年の時の演習ってのは別に戦闘の授業じゃなかったからねー。そもそも、この模擬戦だって最初に先生がみんなの魔術を把握するためにやってるみたいなとこあるし」


 すると、比較的親交が深い少女、夏希が答えてくれる。

 その微妙な表情は、一体どんな感情の表れなのだろうか。




 少年の質問に答えつつ、夏希は苦笑いを抑えられなかった。


 確かに彼女らは全員、一年次から必修として、最低週に三コマほどは実技の授業を受けてきていた。

 だが、実技=実戦ではない。戦闘形式で魔術を習ってきたわけではなかった。


 では征伐者の依頼の方はどうなのかというと、実はクラスの半数以上はまだ依頼に行くという経験すらしていないのだ。

 そんな彼らに、実戦を想定してというのは少々無理があるよー、と、夏希はそう苦笑いを零す。


 最も、例年通りならばもうじき、そういった生徒にも実戦を体験してもらうような大規模な演習があったはずだ。

 まだ先生からの連絡はないが、そろそろ連絡が成される頃だろう。二年生の初めに控えた、最初の一大イベントである。



「補足するならば、この授業に関しては結構戦闘が多くなる予定です。今牙頼君が言ってくれたことは、私から折を見て教えていくつもりだったのですが、まあ少しばかり予習だと思って、しっかり覚えておいてくださいねー」


 夏希の言葉に対し、傍から見ていた橘先生がそう付け加えた。

 やっぱり夏希の考えていた通りだ。少しばかり早かったよね、この内容。


「…………あり?」


 二人の言葉に、ちょいとばかり急いた話をしたことに気づいた流斗の疑問符が、演習室に響いたのだった。


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