Ep.1-2 その出会いは突然に
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「うーん……早く終わらないかなあ……」
「……夏希、気持ちは分かるけど式中なんだから、それは心のうちにしまっておいて……」
イッシュヴァルト王国立高等学校。入学式の最中。
入学式に在校生も参加させるなんて一体誰が考えたのだろうか、と、退屈さの余り夏希の口から不平が漏れる。
新学年への門出の日とはいえ、学園の式典がおっくうなのは変わらない。クラス替えや新しい授業が楽しみなのであって、決して長々とした話を好き好んで聞きたいわけではないのだ。
入学式や卒業式ならいざ知らず、在学生の始業式なんて、概して大した感慨もないし、まして自分たちに直接関係のない下級生の入学式なんて尚更であろう。
「――であるがゆえに! この学園に入学したからには!!――」
「ね、ねぇ奏ちゃんや、なんでこういう挨拶って長く感じるんだろ……。時間を操る魔術とか使ってんのかな……」
「……実は、そう。あの人たちは、天上の大神から派遣された、時間と空間すら操る神様の一柱。私たちは試練の一環として、彼らの話を……」
式の途中だが、暇を持て余した奏と夏希はぼそぼそとくだらない雑談を始めてしまう。古今東西に至るまで、どうしたって偉い人の話は長いものである。
学園長と生徒会長の挨拶までは、彼女たちもなんとかしっかり聞いていた。しかし、よく知らない後援会長だか何とかの式辞になったところで限界が来た。
そもそも彼女たちは式の主役たる新入生ではないので、それもやむを得ないだろう。
いま現在壇上で熱弁をふるっているおじさんに目を向けると、頭のてっぺんが壇上の光を反射して朝日のように照り輝いている。
その荘厳な姿に敬意を表し、夏希が心中でつけたあだ名はズバリ、ピッカピカ・ゲーハーさん。
決して某ネズミさんとは一切の関係はないと、名誉とその他諸々のためにここに注釈をつけておく。
「――という訳で! 是非ですね! この――」
一人でどんどん盛り上がっていく彼の話を聞きながら、在校生、新入生、職員から更には保護者に至るまで、その場の気持ちは期せずして一つになっていた。
即ち、
「「「「「早く終わってくれええええええ」」」」」
と……
「――ありがとうございました。続きまして、入学生代表生徒による挨拶です。代表生徒は登壇してください」
「はい」
長々としたピッカp……じゃなかった間違えた、後援会長の挨拶ののち、式は新入生代表の挨拶に移っていく。よく響く声で返事をしたのは、この国の第一王女だ。
凛とした歩き姿で登壇する彼女を横目に、再び奏にコソコソと話を振る。
「あ、そうだ聞いた?今年の入学試験、満点合格が三人もいたんだって。あの王女様とー、それから双子の姉妹さんだっけかな。すごいよねー」
「……うん」
「――はい。ありがとうございます。それでは以上をもちまして…………え? はい、はい、あ、えーっと、学園長から緊急の伝達事項があるそうです」
ようやく終わったー、と、堅苦しい式からの解放感に浸ろうとしていた参加者たちへ、予定になかった段取りが伝えられ、若干のざわつきが広がる。
そんなざわめきの中でも動じた様子もなく、学園長が登壇していく。
初老にして未だ壮健な学園長は、ざわついた空気が少し静まるのを待ってから、話し始める。
「あー、式が終わったところで申し訳ないのだが、実は今日、然るお方からメッセージを頂くことになった。曰く、かしこまる必要はないとのことではあるが、心して聞くように」
それを聞いて、気を抜きかけていた生徒たちに緊張が走る。それは、夏希たちも例外ではない。
厳格な空気に戻った中、小声で奏に話しかける。
「奏ちゃん奏ちゃん、なんだろうね?」
「……んー、わかんないけど、もしかしたら……」
二人の脳裏には、今朝がた話をしていた編入生の話がよぎっていた。
少ししたのちに、中継が接続され、画面にとある男性が映った。
その途端、
「「「!?!?!?」」」
教師、保護者、そして生徒。その大多数が勢いよく膝をつく。
残るごく一部の出遅れた人々も、すぐにそれに追随する。
それもそのはずである。そこに映っていたのは紛れもない、この国の国王であったからだ。直前に一応、かしこまらずにと言われてはいたが、思わず動いてしまうのも無理はない。
そんな様子を見て、国王は苦笑いをしながら告げる。
「あー、これはあくまで非公式のものであるからして、かしこまる必要はない。と言ってもアレかもしれないが……まあ楽にして聞いてくれ」
そうして、核心が告げられる。
「早くも一部で噂になっているようだが、この学園の二年生に一人編入生が入ることになった」
平生ならばありえないだろうが、余りに予想外の内容にざわめきが広がる。
「よもやこの学校の学則の隅から隅まで熟知しているものはいないだろうが、第797条6項にこうある。“国王及び王位継承権を持つもの二名以上の推薦によって、隔絶した能力を持つと認められし当該年齢の子どもに対し、特例で編入する権利を与えることができる”、とな。――まず間違いなく、実際に適用されたのは初めてだろうが」
「だが一つ、皆にお願いがある」
「彼の……ああ、編入生は男の子なのだが、彼の素性の一切について、彼から告げようとしない限りは必要以上には詮索してやらないでほしいのだ」
動揺が広がる。歴史上恐らく初めての編入生、その素性に興味がわくのは当然のことだ。のに、それを止めてほしいと言われたのだから。
「これは立場に笠を着た命令ではない、ただのお願い事だ。まして、私たちの勝手な、な……。それでも……頼みたい」
そういって王が、頭を下げた。
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「いやー、おっどろいたねぇ……編入生が来たこともそうだし、まさか王様が直々に頭まで下げるなんてね……」
「……ね、びっくりした……」
入学式を終えて学園の敷地内。新学年になったということでなんとなく普段通らない道を通って遠回りして帰ってみよう、という話の流れになり、人通りの比較的少ない裏路地にて帰路につきながら、夏希と奏は入学式を振り返っていた。入学式というか、主にその後に起こったことだが。
というよりむしろその話をしたくて、少し遠回りがしたかったというのもある。新学期の初っ端にしては、何ともインパクトの強すぎる話題であった。
「や、にしたってホントに編入生がくるとはネー。どんな人だろ??」
素性を聞くなと言われたが、逆に一層気になってしまう。隔絶した能力とやらを認められて、歴史上初の編入生となった生徒のことだ、気にならない方がおかしい。言われた通り詮索はせずとも、予想するくらいのことは許されてほしいものである。
「……ちょっと、あれ、なに……」
「ん? ……うわお」
そんなことを夏希が考えていると、学園内に立ち並んだ食事処の一つを見て、ふと奏が立ち止まる。
その言葉に気になって、夏希もそちらを見てみると、そこには、
「えーっとじゃあ、この『店主のムキムキビーフシチュー~メイドのやさしさで中和したい~』で」
灰色の外套に身を包み、怪しげな店で怪しいメニューを頼む、怪しさ限界突破の少年がいた。
この瞬間、止まっていた時計の針が、音を立てて動き出した。