Ep.1-1 動き出す物語
ちゃんと次の話で主人公出てきますん
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【統一歴2138年4月1日】
――ピピピピッ――
「…………」
――ピピピピッ、ピピピピッ――
「……んー、むぅ……」
――ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピ P I P I P I P I P I P I P I P I!!
「……うるさ、いよぉ……」
ガシャン!!
そろそろ近所迷惑になりそうな音量になってきたところで、仕方なしに布団から手を伸ばす。
どうやら、今日も目覚まし時計さんがきっちりと仕事を果たしてくれたようだ。
ちなみにこの時計、最初のアラームで起きれずに止められなければ、次第にその音量を上げていき、最終的に爆音を轟かすまでに至る何とも物騒なシロモノである。その名を、『黄泉の国へといらっしゃいVer.4.444』というらしい。
プレゼントとして貰ったときには、なんて不謹慎な……と思っていたのももう昔のこと。今や少女の朝になくてはならないものとなっている。
ぐっーーーーっと背伸びをして窓から外を見上げると、門出の日にふさわしい晴天が目に入る。今日から彼女は、一学年上がって高校二年生になる。
「……新学期、かぁ……」
寝ぼけ眼をこすりながらも、しかし少女は、これから始まる新学期に何となく心が高ぶるのを抑えられなかった。
「……いってくるね」
玄関で家族にそう挨拶して、外に出る。春の朝日は思っていたより強烈で、手で顔を覆ってしまう。春休み中はついつい夜更かしてしまっていたため、朝の陽気が尚更染みるようだ。
当然ながら、起床時間を自由に調節できる休暇中と違い、学校がある日は朝早く起きなければならない。
近いうちに生活リズムを戻さないとなー、なんて考えているうちに、
「おーーーーい! かーーなでちゃーーん!!」
ふと遠くから自分を呼ぶ声がして、その少女、無堂 奏は思わず微笑む。どうやら休み前と変わらず、元気で快活な友人は健在のようだ。
やがて制服のスカートを揺らしながら声の主が近づいてくると、奏は微笑みながら声を掛けた。
「……久しぶり。相変わらず元気だね……夏希」
近づいてきた少女、湊宮 夏希は、その言葉に思わず破顔して挨拶を返す。
「お久―! おうともさー!! いやあ、久しぶりに奏ちゃんやみんなに会えるからさ、テンション上がっちゃってー」
「……テンション高いのはいつもでしょーに」
「まーね!!」
およそ一月ぶりに会う親友と合流し、穏やかな四月の陽気の下、他愛もない会話を交わしながら学校へ向かうための駅へと向かう。
性格的には随分と違いのある二人だが、その実すこぶる仲がいい。同じクラスになった昨年度から、よく行動を共にしている。
余談だが、先に述べた目覚まし時計の贈り主にして命名者は夏希である。
何とも独特のセンスをお持ちであるが、何やかんやで愛用しているあたり結局類友である。
「春休みはどーでしたかい、奏ちゃんやい」
隣を歩く夏希が、不意に春休みの様子を尋ねてくる。
「……んー、本読んでたら終わっちゃった、かな。お出かけとか、お祖母ちゃんちに行ったくらい」
「おーうおーう、も少し体も動かさんと鈍っちゃうよー??」
久闊を叙する、という程に長い年月ぶりに再会したという訳ではない。休暇中も、電話やチャットで取るに足らない会話をしたりもしていた。
それでも、およそ半月ぶりに直接顔を合わせたのなれば、自然と会話も弾んでいく。
運動もしようよー! と、満面の笑顔で話してくる友人をふとじっと見る。
比較的口数の少ない奏に対し、夏希は多弁にして快活、そして人当たりがとてもいい。男女分け隔てなく接するので、交友関係はとても広い。
加えて、彼女は目の覚めるような美少女である。少しだけクセのある赤茶色の髪を肩まで伸ばしており、スタイルもよい。これで人気のない方がおかしいというものだ。
「……もう少しだけお淑やかにすればいいのに……」
そんな彼女に浮いた話がないのは何とももったいないなー、と、奏は常日頃から思っているわけだが。
「えー、わたし的にはこれが楽だしにゃー。そーれーにー」
「……それに?」
――それに、奏の方こそもったいないのになー、と夏希は思っている。口数はそんなに多くなく、喋るまでに少し間が空くような大人しめの性格だが、学年トップレベルの成績に加えて、純粋無垢で小動物のような彼女を守ってあげたい、なーんて生徒は男女問わず多いのだ。彼女――まあ、自分もだが――に全くその気がないのが唯一にして最大のネックであるワケである。
「それに……彼氏なんていなくてもかなでちゃんがいればいいにゃーー!!」
そう言うと、夏希は自分より少し小柄な隣の少女に飛びつく。肩口に届くか届かないかという程度の奏の茶色の髪が夏希の鼻先をなぞり、くすぐったさにまた笑みが零れる。
「……ふふっ、全くもー」
奏も、仕方ないなーという表情ではあるが、笑ってされるがままである。仲の良い女の子同士のスキンシップは、意外とこんなものだ。
そう、それはごく普通の、年頃の女の子のやりとりだ。
その様子だけ見ていると、とても名門高校の優等生には見えないだろう。
イッシュヴァルト王国立高等学校。
初等学校六年、中等学校三年を終えた王国中の生徒の内、特に優秀なものだけが入学を許される、まさに名門中の名門。ここで生徒は科学と魔術、双方についてより深く学ぶことになる。
そして、如何なる賄賂もコネも許されず、如何なる権力からも完全に独立しているこの名門たる学園で、彼女らは昨年一年間、つまり入学以来入れ代わり立ち代わりで学年一位と二位をキープしていた。
「あ、そういえば聞いた? 奏ちゃん」
「……ん? 何を??」
唐突に、少し先を歩いていた夏希が振り向いて声をかける。
「何か、うちの学年に生徒が一人増えるかもって話ー」
「……それ、ほんと?? ……ないと思うなぁ」
その言葉に、思わず懐疑的な反応を返してしまう。
古い歴史をさかのぼっても、編入生がいた歴史はない。
この国で唯一つ、王国立を冠する名門校。如何なる権力からも完全に独立した学園に、編入という概念が果たして存在するのかどうかも怪しいものだ。
どうせ、新学期前に何か話題が欲しい一部の生徒の想像に尾ひれがついて広がっただけだろうなー、と奏は思ったのだが。
「ま、わたしもそう思うんだけどねー……」
快活な夏希にしては珍しい、歯切れの悪い言い方がふと気になる。
「……? 何か知ってるの?」
「んー、それがねぇ、ただの噂にしちゃちょっとばかし信憑性が高いみたいなんだよー。ほら、新学期に向けて教室に机とか椅子とか用意するじゃん??」
「……うん」
「そのときにね、机の数が去年の私たち、旧一年生の生徒の数より一個多かったみたいなんだよ。手伝いに行った友達がたまたま気づいたらしいんだけど」
「……それって、留年した人の分とかじゃなくて?」
「いや、私たちの上の学年に留年した先輩はいないんだって。そうなると可能性としては他所からの留学生とか、編入生じゃない? でもさ、この学園に来るほどの留学生なら絶対、なんちゃら国との交友関係の一環としてなんとかさんが来ましたーって告知するだろうし、そうなると、ねって」
「……ふーん」
会話の切れ目を待っていたかのように、電車が駅に辿り着く。それほど混んでおらず、学生も散見される程度だ。
それに乗り込みながら、ふと奏が呟いた。
「……なんだろ、おもしろく、なりそうだね」
「!! っあはは、うん、わたしもそう思ってた!!」
汽笛を鳴らし、学園に向かう電車は一気に速度を上げる。邂逅の時は、近い。