Ep.1-12 人と獣と
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真新しい二つの小さな靴跡。
それは、子どもたちが神域に足を踏み入れてしまったことのゆるぎない証拠だった。
「「「…………」」」
暫し無言になる。
これはつまり、子どもたちの命運は彼らに託されたということに他ならない。
「……よし、急ごう」
そう静かに、少年が締める。異論は、あるはずもない。
足場が悪いため、ゆっくりと、しかし確実に進んでいく。
休憩はこの場所では逆効果だろうし、子供のことを知ってしまっては気も休まらないだろう、と、取らずに進んでいく。
少女たちにその旨は伝えていないが、不平の一つも言うことなくしっかりと歩を進めている。
そんな感じでまた少し歩いていると、薄暗い木々の先から、不意に、
「……BU……MOOOO……」
「「!?」」
と、何か唸り声が聞こえてくる。
途端、先ほどまでの疲れを見せず、奏と夏希が同時に臨戦態勢に入った。
いつでも神器を出せるよう、身構える。
――そう、先に集落まで降りて来ていた魔獣が、ここでの生存競争に敗れて神域から追い出されたというのなら、恐らくここに生まれ育ったということであり、従って少なからず同じ種の魔獣がここに住んでいるはずなのである。
彼女らはそのことに気づいていたため、鳴き声が聞こえてくると同時に臨戦態勢に入った訳だが、しかし、
「ちょい待ち、ストップだぜ、お二人さんよ」
不意に後ろからそれぞれ軽く肩を叩かれ、ふっと緊張が解けてしまう。
水を差すような少年のその行為に二人揃って振り向き、懐疑的な目を向けるが、
「いいからいいから、物騒なもんは出さんとき。あと、できる限りでいいから、警戒心も緩めときなー」
そう矢継ぎ早に言われ、夏希も奏も何も言えない。
それは、ここで再度、先ほどからの少年の言動その他諸々を思い出したからである。
そして、彼の言動に関してひとまず疑うのは得策ではないと判断。
ここも一旦大人しく言うことを聞いておこう、と、臨戦態勢をほどき静かに立つ。
すると少しして、正面左の樹の影から件の魔獣がのっそりと現れてくる。
それも、先に奏が斃したそれよりも一回り体躯が大きく、そして、
「「「……PUU……MOOOU……」」」
「……あっ」
そして、巨大なその体躯に隠れるように、小さな猪の子が三匹、よちよちと歩いてくる。
「うわあっ」
「……か、かわいい……!」
その可愛らしい姿に、二人とも抱き続けていた警戒心も完全に霧散する。
親猪は、自らの居住区に入り込んだ異物のはずの夏希たちを、一瞥こそすれほとんど興味を示さぬまま通り過ぎていった。
子猪も、一生懸命よてよてと後をついていく。
やがて彼らの姿が林の奥に消え、完全に見えなくなると、夏希は思わず座り込んでしまった。奏も、木に寄りかかり深く息をついている。
それは、緊張がほどけた反動ではなかった。
余りにも続く予期せぬ事態への、驚嘆だった。
「どーいうこと……?」
静かな夏希の呟きは、二人の共通意識であった。
それを耳ざとく拾った少年が、その問いに解答を返してくる。
「どういうも何も、見たまんまさ……。別に魔獣っつっても、全部が全部人間に無作為に襲い掛かるわけじゃないさ。そりゃあ、野生動物が必ずしも人間を襲うわけではないこととおんなじこったな。……だが、魔獣が人間の生活に絡んでくるのは、大体敵対してるときだからなー。あいつらも普通に生まれ、育ち、子を産み、そして死んでいくことをどうしても失念してまうんだろなァ」
――本当にもう、ここに来てから、常識が覆されることばかりだ。神獣についても、神域についても、魔獣についても。
正直、キャパオーバーで今すぐあったかい布団に入りたい、と、彼女らが心中で現実逃避するのも無理はない。
「……もー、ほんとになんなの……」
奏のそんな呟きに、揃って苦笑いを浮かべるのだった。
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再び一行はぬかるみの中を進む。
周囲の警戒はしたまま、ふと夏希は前を歩く少年をじっと見る。
たまたま見つけ、依頼に連れてきた異例尽くしの編入生の少年。
場所が場所なら、チートな力で学園でも席巻しそうな設定である。
さりとて、溢れるラノベ主人公のようにもみあげとか前髪とかがやけに長いということも、めちゃんこサラサラヘアーということもなく、ツンツン頭で少しだけカッコいいくらいの、ごくごく普通の少年。
なのに今は、彼のことが気になって仕方がない。
勿論ラブという意味ではなく、あくまでも興味が尽きない人、という意味で、だ。
一緒に過ごしたこの僅かな時間で、彼は何度も自分たちを驚かせてきた。
圧倒的な知識量と判断力を見せる一方で、年相応におちゃらけたりもする。
名門とは言え、いや、名門だからこそ、自分たち含め自分たちのクラスは大概に変な人ばかりだと自認していたが、なるほど、彼はきっとすぐに馴染みそうだナー、なんて、そんなことを思う。
そして、まだごく表層しか知らないうちであるにも拘らず、それでも、ふと期待してしまうのだ。
――この人ならば、自分たちに架かる業の暗雲すらも吹き飛ばしてくれるかもしれない、と。
一瞬そんなことを考えてしまい、ふと我に返ると、夏希は一人静かに苦笑するのだった。
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ぬかるみの中に確かに続く二つの足跡を辿るように、しっかりと、しかし注意して足を動かす。
神域に入ってもう数十分ほど歩いただろうか。言っても子供の脚だ。いい加減、追いついてもいい頃である。
「(おいおい……ホントに偉い距離進んでなぁ。そろそろのはずなんだが)」
少年がそんな風に思っていると、不意に、少しばかり雨が降っている区域に差し掛かった。
そして、唯一の手掛かりだった足跡が、丁度そこに入らんとするところで消えてしまっている。
それを見て、少年は
「ここで足跡が途切れているってこたぁ、多分この先のはず……だが」
と独り言つ。まさにこの場で不慮のトラブルがあったというより、足跡が雨で消えてしまっている、と見るのが妥当だろう、と。
だが、少年の言葉を聞いていた夏希がふと呟く。
「この雨の中、そのまま奥まで進んで行くかなあ?」
その疑問は、もっともであった。
思えば子どもたちは元々、薬草を探すために山中に入り、しかし目当てのものが見つからずにそのまま迷子になったかして山を飛び越えてこの森まで来ているのだ。雨の中、無理して更に前進するとは考えにくい。
奏も、
「……多分、ノーだね。それに、そろそろ追いついてもよさそうなものだけど」
と、自分と同じ推測を口にする。
追随し、
「そうさなぁ。多分、そう遠くない洞窟かなんかにいる可能性が高いだろ。――例えば、すぐそこに見えるとことかな」
と、すぐ近くにある洞窟を指さす。
「うん。あそこは可能性が高そうだね。急いで探しに行こう」
「ああ。――それから、厳密に言うとこれは雨じゃない」
「え?」
その前に一つ、と訂正を入れておく。別に特段重要なことではないが、語りたがりは性分なもんでなー、と、心中で詫びを入れつつ、
「ほれ、上をよく見てみ」
と、歩き始めながら二人に仰ぎ見るように促す。
少女たちがよく目を凝らすと、木々の隙間からでなく木々の葉から水が滴っていた。
「これは、もしかして……」
「……湿気の、せい?」
肯定の意を示し、続ける。
「そーいうこったな。雨が降ってる訳じゃなく、飽和した水分が大量の葉っぱに付き、それが落ちてきてる訳だ」
「はえー。これって、さっきまでの森の中より、木々が多いから?」
「……うん。葉っぱが多い分、太陽の光が届きづらくて、そのせいで下の方の葉に飽和した水分が溜まって落ちてきてるんだと思う」
そんな話をしながら、三人は子どもたちがいると思しき洞窟の中へと入り込むのだった。




