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闇の策謀 ~『でくの坊』の息子~

今回の登場人物。


斎藤新九郎(さいとうしんくろう)…かつて松波庄五郎と名乗った油売り。ついに長井、斉藤家を飲み込み、美濃守護の座を狙う。

深芳野(みよしの)…土岐頼芸の元愛妾で、新九郎の側室。斉藤義龍の母。

斉藤義龍(さいとうよしたつ)…深芳野の子。2メートルを超える巨漢で新九郎に酷く嫌われている。

土岐頼芸(ときよりのり)…現美濃守護。新九郎に命を狙われ激怒する。

明智光秀(あけちみつひで)…新九郎の正室の家の出、通称十兵衛。元服したばかりで新九郎に近侍する。

稲葉一鉄(いなばいってつ)…深芳野の兄で、新九郎の姦計をいち早く知っている。

氏家卜全(うじいえぼくぜん)安藤守就(あんどうもりなり)…稲葉一鉄と共に『美濃三人衆』に名を連ねる美濃の名のある武将。

織田信秀(おだのぶひで)…尾張の実質トップ。通称『尾張の虎』。

平手政秀(ひらてまさひで)…織田家筆頭家老。外交官として美濃にやってくる。

 新九郎、光秀は、稲葉、氏家、安藤の『美濃三人衆』の軍勢と合流し、土岐頼芸の拠点、桑山城へと馬を飛ばす。

「しかしまさか本当に守護を倒すなどという大事をやってのけるとは……」

 氏家、安藤の二人はいまだに自分のしていることが信じられていないようだった。

 それは今桑山城へ向かう人間全てが同じ思いであった。ここにいる人間に共通している思いは、兄と朝倉の援軍相手に芳しい戦果を挙げたことのない土岐頼芸の手腕を疑問視している――その思いのみだった。

「しかし守護から国を奪うなど例のない大罪。国を奪っても領民や家臣がそれで納得するのだろうか……」

 安藤はそう疑問を口にした。

「い、いや、それは大丈夫だ……」

 馬を走らせながら、稲葉一鉄が口にした。その顔色は真っ青である。

「一鉄?」

「氏家、安藤――あの人は恐ろしい方だ。私はあの方の遠大な謀略を知った時、足が震えたよ――世の中にはこんなに悪い人間がいるのかとね……」



 桑山城へ押し寄せた軍勢を前に、桑山城は城門を空け、土岐頼芸は短期前へ出た。

「斎藤新九郎利政、出てこいっ!」

 その声は怒りに満ちていた。新九郎も一人馬を前に出す。

「頼芸殿。今すぐ降伏すればあなたは傀儡の守護として飼ってやってもいいが」

「ふざけるな! 今まで私が手塩にかけてお前を見出してやったのに」

「前置きはいいでしょう。私があなたに問いたいのは一つだけです。頼芸殿」

 激する頼芸をよそに、新九郎は非常に涼やかな顔をしていた。まるで謀反の最中とは思えない穏やかさであった。

「兄上と朝倉に負け続けたあなたに守れますか? この美濃を――民を」

「うぐっ」

 既に20年も前のことになるが、頼芸は兄、政頼とあまりに長い間守護の継承権を争い過ぎた。兄と朝倉軍の連合軍に負け、一度逃げ延び一時は兄が美濃の守護に就いている。

 頼芸の戦の才のなさはもう国中の人間が知っていたのである。

「あなたが美濃を守れるというのなら、この私程度倒せるはずだ。それができますか?」

「で、できるとも! 私は美濃を! 民を愛している!」

 苦し紛れに言った頼芸の言葉は何の説得力もなく、桑山城の城兵の士気を大いに下げた。

「桑山城の城兵に告ぐ。今すぐ降れば、同じ領民同士悪いようにはせん、だが抵抗するのであれば新しい美濃のため、粛清の対象にすると予告しておく」

 商人時代に培ったアジテーションの上手さ、そして何より、恐怖で脅かしながらも救いの手を伸ばす、古典的だが効果的な交渉術の才能は、新九郎と頼芸では比べるべくもなかった。

 もはや最初の舌戦でこの勝負はついていた。

 桑山城は離脱者が続出、新九郎の陣に加わり、孤立無援となった頼芸は命からがら国を逃げだすので精一杯であった。ほぼ無血に近い形で桑山城は陥落。

 稲葉山城に戻った新九郎は戦勝報告を聞きながら、頼芸が尾張(現在の愛知県)に逃げたことを聞いた。

「ふ――予定通り尾張か」

 その報告に新九郎はほくそ笑んだ。

「守護就任、おめでとうございます」

 光秀が先頭に立ち、祝辞を述べた。

「ふ、これからだ。守護職を簒奪した悪人として俺は近隣の諸侯に警戒される。しばらくは戦が続くぞ」

「それだけではないでしょう。領民とてこのようなやり方では納得しないものが出るでしょう。一揆の恐れも……」

「ああ、それは大丈夫だ。既に手は打ってある……」

 新九郎は安藤の懸念を一笑に付した。

「……」

 その答えを知っているのは、新九郎と稲葉一鉄――そして深芳野の三人だけだった。

 その策の鍵を握るのは……

 深芳野の子――新九郎の嫡男で既に元服を迎えた斉藤義龍。

 だが、彼はまだそれを知らない……



 後日新九郎は稲葉山城前で民を集め、新守護の所信表明と題し、民の前に姿を現すと発表した。

 商人もこの日は市を放り出し、稲葉山の領民だけでなく、国中の者が稲葉山城前に扱った。

 長いこと守護を務めていた土岐家、守護代の長井家、斉藤家が全て壊滅させ美濃の実権を握る人間の出現――そして、そんな人間を近隣諸国がどのように扱うのかに、領民は理解が追い付かずに怯えるばかりであった。

 そんな不安げな民の前に新九郎は護衛と共に現れる。天守の上から領民を見下ろすと、流石の新九郎も感慨深く感じた。

「美濃新守護に就任した、斎藤新九郎利政である!」

 商人時代に鍛えたよく通る声は、人でいっぱいの城下にもよく響き渡った。

「私は油売りからこの地位にのし上がった! 私は土岐家を潰し、私欲のために守護となったと思う者もいようが、そうではない! 土岐家の長年にわたる兄弟での家督争いの不忠、不孝はこの美濃に何ももたらさないと考え、それを排したのだ! その証明をしよう!」

 そう言うと、店主に一人の女性が姿を現す。

「この者は、私の側室、深芳野だ! 彼女はかつて土岐頼芸の妾であった! 私はその女を側室に迎えた。その翌年に子を成した! 斉藤義龍だ!」

 民衆がざわめく。

「私が深芳野を妻に迎えた時、彼女は既に土岐頼芸の子を宿していたのだ! 義龍は我が嫡男! すなわち美濃に名門土岐家の血筋は残るのだ!」

 おぉ、と民衆の声。

 天守の後ろに控え、新九郎の様子を見ていた美濃三人衆は突然の告白にびっくりであった。

「いや、なんともはや……」

「確かに義龍様が生まれたのは深芳野殿が新九郎殿に輿入れした翌年じゃが……本当なのか」

「本当か嘘かが問題ではない――問題はこの時期に深芳野に子を産ませたという事実なのだ。頼芸殿が深芳野を寵愛していたのは、土岐家に仕えた者は皆知っている――子を宿してもおかしくない。あの方はそれを知って深芳野を娶ったのなら……あの方は最初からこの謀反を考えて、そのために何十年も頼芸殿や長弘殿の前で笑っていたことになる……」

 その事実を知った時、稲葉一鉄は心底新九郎を恐れた。

 もしそうであれば、あの人はずっと、まるで息を吐くように嘘をつき、涙を流し、俺達を欺いていたことになる。

 本当に、新九郎は人間ではない――

蝮――いや、八岐大蛇の如き怪物だ!

 稲葉一鉄が、長年一人で抱えていた妹の秘密を皆に打ち明けられた時。

 この稲葉山城に、怒りに震えている者がいた。

 それは勿論、斉藤義龍である……


 その説明に民衆は安堵し、美濃の豪族も次々と稲葉山城に押し寄せ、新九郎への臣従を誓う挨拶に訪れた。

 そして、その来客が一通り途絶えた夜……

「親父っ!」

 息子の義龍が怒りの形相で新九郎の政務室に乗り込んだのである。

「お、お待ちくだされ義龍様!」

 取り押さえようとした氏家、安藤を引きずる。元々はは、深芳野は戦国時代でも稀代の身長を持っており、約180センチもあったと言われる。その血を継いだ義龍も身長は2メートルに届きそうな偉丈夫であった。

 政務室は新九郎の他に光秀、深芳野、一鉄がいた。

「どういうことだ! 俺は親父の子ではないのか!」

「……」

「どういうことだ!」

「同じ台詞しか言えんか。貴様は盆暗だ」

 大男にも怯むことなく、老獪な男は冷たく言い放った。

「答えてやろう――それが本当で、貴様に何の損がある?」

「え……」

「貴様は側室の子――本来家督を継承する優先権は後になる。だが貴様を利用することで、俺は貴様を後継にしなければいけなくなったのだ。貴様にとって悪い話ではあるまい」

「だ、だが」

「義龍、そもそも貴様は元服してから皆を納得させる功や才が何か一つでもあるか? 貴様は愚か者だ。才はここにおる十兵衛に遠く及ばん。それでも俺はお前を嫡男に指名するのだぞ」

「……」

「貴様が心配するのは、後継後に俺が廃嫡を考えんような功を挙げることだ。でくの坊のお前にできることならな」

 そう言い残し、新九郎は一人政務室を出ていった。

「……」

 残された面々、皆新九郎の言葉に胸を抉られるようであった。

 この愛情の欠片もない言葉――確かにこれは、二人の間には親子の血はないのかもしれない……

 この時代では実際のところは、義龍を産んだ深芳野にもわからない。

 だが新九郎は昔から義龍のことを非常に嫌っていた。確かに大男で知恵の回りも悪いところがある義龍は、周りからもそう評価されてはいたが、面と向かって『でくの坊』と呼んでいた。

 だがいずれにせよ義龍を利用したこの新九郎の用意周到の策略は、新九郎を救ったと言える。

 少なくとも、今は……



 それから新九郎は近隣諸国に義龍の出征の情報を添えた弁明文を出すと、まるで近隣諸国に敵意はないことを示すようにしばらくは美濃に籠った。

 美濃一国を取り、いよいよ他国に出兵するのかと思っていた家臣達は、新九郎の沈黙に不思議がった。

 だが5年後の天文16年(1547年)に、美濃に激震が走る。

 二つの勢力が同時に美濃に向け、出兵を開始したのである。

 兵の起こった先は、越前と尾張である。

「と、殿! 越前と尾張から大軍が美濃に!」

「やれやれ、ようやくか」

 新九郎は稲葉山城で氏家からの報告を聞くと、気怠そうに腰を上げた。

「想像がついていたことだ。越前にはかつて俺が追い出した頼芸の兄、土岐政頼がいる。そして尾張には頼芸が逃げた。政頼は死んだと聞いているから、その子が越前を、頼芸が尾張に泣きついたんだろう」

 むしろ新九郎は、あの二人がそれをするのにこんなに待ったことにうんざりしていた。

「し、しかし二つの大軍を相手は! 越前の朝倉孝景、尾張の織田信秀、どちらも戦上手!」

「やれやれ、分かったよ。じゃあ作戦を伝えるからすぐに伝令を飛ばせ」

 そう言って新九郎は策を授けるが、その策がとんでもないものであった。

 まず、越前と尾張から、稲葉山城までの道にある支城を全て空城にし素通りさせ、稲葉山城まで無傷で兵を通すのであった。

 そして朝倉、織田連合軍は二万五千の大軍を持って稲葉山城を包囲する。

「と、殿! 囲まれました!」

「大丈夫だ」

 この五年間で稲葉山城の改修を行っており、二万五千の大軍でも稲葉山は外壁すら破られない。

「――ふん、あまりにここまで楽勝に来られたことで、兵共も油断しているな。すいすいと来たことで行軍疲れもあるはずだが、意に介しておらぬ」

 そして、日も暮れかかり攻め手の疲労が来た頃。

「まあこんな城、一日二日で落ちはせん、今日はこのくらいにしておこう」

 総指揮官が指示し、敵軍がゆるゆると後退を始めた瞬間。

「開城!」

 突如稲葉山城の門が開け放たれ、城の全軍が怒涛の勢いで後退中の朝倉、織田連合軍に襲い掛かったのである。

「な! 敵襲だ! 陣を立て直せ! 前線部隊を援軍に呼び戻せ!」

「む、無理です! もう前線部隊は撤退を完了! 我々は孤立……」

 一日攻め通しで行軍疲れで疲労困憊。しかも前線部隊の半数が撤退を完了していたので、殿部隊はひとたまりもなかった。

 結果たった一日で朝倉、織田連合軍は合計で五千人戦死という甚大な被害を出した。

「殿の言ったとおりだ!」

 まだ若い光秀は大いに喜び、鬨の声を上げた。

「十兵衛。明日朝早く起きて外を見てみろ。そして学べ、良将のやり方を」


「あれ? 殿、もう外に朝倉も織田もいないぜ!」

 翌日稲葉山から城下を見下ろして、安藤が驚いた。

「今の時分に朝倉も織田もいないってことは、朝倉孝景も織田信秀も馬鹿ではないってことさ」

「どういうことでしょうか」

 まだ若い光秀が訊いた。

「考えてみろ。朝倉も織田も土岐に泣きつかれて今回出兵している。それでこの城を落としても、土岐に領地が戻るだけで朝倉、織田に益はない。ただ自国の資源を消耗するだけだ。初めから連中は真面目に戦う気などないんだよ。初戦で被害が出ればすぐに引くことは分かっていた」

「なるほど」

「分かってないのは土岐の馬鹿二人だけさ。今頃撤兵したことを孝景と信秀に文句を言いに行っているだろう。そしてどちらも言われているだろう。「そんなにやりたきゃお前の兵だけでやれ」とな」

 とりあえず余波がないことを知って、稲葉山城の城兵は安堵した。

「俺がこの五年待っていたのはこの一戦――土岐の暗愚共が朝倉か織田を戦場に引きずり出し、俺達がそれを撃滅――こちらから他国を攻めずに美濃の強さを見せつけられる好機さ」

 光秀は感心した。

 新九郎の戦はまさに蝮である。巣穴から出て獲物が間合いに入るのをじっと待っているのである。そこに必殺の準備をして。

「しかし、いずれにせよこのままではまずい――織田と朝倉と毎回このような戦を続けては」

 一鉄が言った。

「心配はない。言っただろう? 朝倉も織田も馬鹿ではないと」


 新九郎の予言通り、朝倉、織田連合軍が撤兵してすぐに、一人の男が稲葉山城を訪れたのである。

 男は稲葉山城の客室に単身で赴き、新九郎に平伏した。

「織田家家臣、平手政秀と申します」





次回に続く!


実際は義龍が土岐頼芸の息子かは、そういう説があるものの正式には分かっていません。ですが

今回はその説を採用して道三の悪人ぶりを引き立たせようかなと思いこうしました。史実で深芳野が道三に嫁入りした時期もはっきりしており、義龍がその翌年に生まれたこともはっきりしているんですね。DNA鑑定もなしにこれは相当違和感がない話ではありますね。

いずれにしてもこのことがあってもなくても、道三と義龍の中が最悪だったのは変わらないので、史実を大きく曲げず、説が出ているものに関してはこのようなエピソードにすることもあります。


次回は戦国時代では相当有名なシーンですねぇ。戦国の主役がこの作品初登場です。

個人的に平手さんの各媒体のじいやポジションは結構好きです。晩年の魔王も、平手さんを思い出すことがあったのでしょうか…

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