ちこくちこくぅー!(エクストリーム)
「ああもう8時過ぎだよ!お母さんどうして起こしてくれなかったの!?」
私は慌ただしく登校の準備をしながら叫んだ。
「アンタの部屋の前に全長30mのカブトムシが居たから入れなかったのよ。仕方ないでしょ」
「んもお!」
文句を言っても始まらない。持っていくものを早く用意しなくては。
ホラガイ、チェインメイル、レイピア、マスケット銃、折れない心、核兵器のスイッチ……。
「行ってきます!」
私は玄関を開け、勢い良く走り出した。
やばいやばい!2年生になってからもう194回も遅刻してるから次遅刻したらアウトだよ!絶対に切腹させられるよ!
「その時は拙者が介錯してやろう」
横を見るとチョンマゲを結った侍が並走してきている。
「もう!まだ遅刻するって決まってるわけじゃないんだからね!!」
私はさらに走るスピードをあげる。
だけど私がいくら急いだところで時速60kmが関の山。
はあ。こんなことならお父さんのルンバで送ってもらえば良かったよ……。
「コラ!そこの女子高生!」
横を見ると全裸おじさんが並走してきている。
「君。スカートの丈が短すぎるんじゃないのか?オシャレのつもりなのかもしらんがホドホドにしなさいよ?最近変な奴が多いんだから……」
むぅ。
「説教くさいと若い子から嫌われるよ!」
私は苦し紛れに全裸おじさんへ言い返す。
ああもう!ふだん全力疾走しないからアキレス腱が痛いよ!切れたらどうしよう?
「ワン!」
横を見るとアキレス犬が並走してきている。
きっと一発ギャグのために出てきたんだ。
「諦めるな。お前のアキレス腱はもっと強いはずだ」
励ましの言葉をくれるアキレス犬。ありがたい。
あ!そういえば今日の2時間目の音楽の課題大丈夫かなあ。ちょっと練習しておこう。
私はカバンからホラガイを取り出す。
——ヴォォォォォ!
「すまん屁が出た!」
並走する侍が恥ずかしそうに謝る。切腹しろ!
気を取り直して
——ヴォォォォォ!
「祭りじゃ」
「祭りじゃワッショーイ!」
横を見ると神輿を担いだ男たちが!
きっとホラガイの音を祭りの合図と勘違いして寄ってきたんだ!
「ヴォォォォォ!(悪いけど祭りじゃないよ!)」
「それはワシらが決めることじゃ!」
一理ある。
心に灯したお祭り魂。
それさえあればサハラ砂漠に1人で取り残されたって目の前は花火咲く闇夜の縁日なんだ。
「あなたが!落としたのは!」
息を切らしながら並走してくるのは泉の女神さまだ。肩に剣を担いでいる。
「あなたが!今朝の築地の競りで!競り落としたのは!この!聖剣ビシエドですか!」
言ったところで女神さまはずっこけた。
そしてゴロンゴロンと転がっていく。きっと女神様がボウリングの球だったらスペアを取れたんじゃないかな。
ちなみに私が今朝の競りで落としたのはヌップルパッポーだから聖剣ではない。
突然うしろからバチャンバチャンと水風船が割れるような音がする。
振り返るとそこには野生のペンチーニャが!
ペンチーニャ:草食性の大人しい生き物だが大型でとても力が強く、人間の男に引き寄せられる性質がある。
きっと男臭い祭りの匂いを嗅いでやってきたんだわ!
「ぐちょぐちょぐちょ!」
「ヴォォォォォ!!(私は女だから見逃して!)」
「お嬢さん!お待ちなさい!」
後ろを見ると野生のティラノサウルスが!
きっとペンチーニャを捕食するために追ってきたんだわ!
「食べないから止まりなさい!」
「信用できるわけないでしょ!(ヴォォォォォ!!)」
「少女よ!急いで俺を引っこ抜くんだ!」
隣を見るとさっきの女神さま……の担いでいた聖剣がゾメゾメ並走してきている。
節足動物のように体をうねらせる聖剣。
「俺を引っこ抜いてティラノサウルスと戦うんだ!」
「でも貴方もう抜けてるじゃない!50本の足で走ってるじゃない!」
「そこは気持ちの問題というやつだ!」
「おい少女!目の前に崖が!」
聖剣の言葉に前を向くとそこにはポッカリドッカリ道が断たれている!
そうだ!この崖は学校へ行くためには避けて通れない難関。
直線距離にして10km。
毎日100人以上の生徒を飲み込むまさにデスバレー。
でも近隣住民からの苦情がすごいから崖下で人食いイリエワニを1万匹飼い始めたんだってさ。
苦情も少しは減ったみたい。
話を戻すけどここでヘリコプターを作っている暇はない!
走り幅跳びの要領で飛び越えるしかない!
大丈夫!私には折れない心があるから大丈夫。
トン、トン、トーンと踏み切ろう!
トン、全身で風を切り、
トン、踏み込む足に全てを込めて、
トーン!届けえええ!!!
届かなかった。
私は崖下へ真っ逆さまに落ちて行く。
ああ。ダメか。このまま落ちてイリエワニの胃袋に収まっちゃうのかなあ。せめえて今日のお弁当の中身を確認してからにしたかったなあ。多分昨日と同じで食塩1kgだろうけど……。
私は静かに目を閉じた。
諦めるのはまだ早いぞ。
耳元で誰かの声がした、と思ったら私の落下が突然止まった。
目を開くと私は宙ぶらりんだ。
「動くなよ」
その声は聖剣ビシエドだ。刀身から生える50本の足で私のスネをガッチリ掴んでくれている。
さらに上を見ると聖剣ビシエドを掴む侍が。
「ふん。西洋の剣も悪くはないな」
さらに上を見ると侍の袴を噛んでいるアキレス犬。
「君たちをここで失うのは惜しい」
さらに上を見ると祭りの男たちが。
「人助けもまた祭りじゃあ!」
さらに上にはペンチーニャ。
「ぐっちゃぐっちゃ。」
崖の上から引っ張り上げてくれているのはティラノサウルスだ。
「食べる気はないって言ったでしょう」
私たちはゆっくりゆっくり崖の上に引き上げられた。
***
「ありがとう、おかげで助かったよ」
私はみんなにお礼を言った。
でも、どうしよう。これじゃあ絶対学校に間に合わないよ……。
「俺に乗っていくといい」
突然空から巨大な楕円形のものが降りてくる。
吹き飛ばされそうなくらいの風を巻きあげながら私たちの側に着地したのは今朝私の部屋の前にいた全長30mのカブトムシだった。
「……いいの?」
「構わん。魔王討伐へ行くんだろ?」
——そうだ。思い出した。私は魔王城へ向かう途中だったんだ。
私だけじゃ絶対魔王には勝てない。でも……。
私は後ろを振り返る。
「魔王に武士道をみせてやろう」
「アキレス腱を制すものは世界を制す」
「魔王討伐もまた祭りじゃ」
「ぐちゃぐちゃ」
「これで俺はやっと魔王を倒した伝説の聖剣になれるわけだな」
「魔王って美味しいんですかね」
この仲間たちと一緒なら、必ず魔王を倒せるはず。
私はマスケット銃を取り出して天に掲げた。
「行くぞ野郎どもぉ!!!」
——ヴォォォォォ!!!
振り返らずに行こう。
どんなに強い相手が待っていたって折れない心で立ち向かってみせる。
*おじさんはティラノサウルスに食べられました。
終わり
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