第98話 エルモアを救おう! その5
俺が皆の元へ戻った時には、既に彼女達は己が責任を果たしていた。大量に次ぐ大漁。水槽に入れた砂の中から、何匹もの砂魚が口をパクパクとさせる様を見せつけていた。
「凄いな……」
「あんたがどうしようもないだけでしょ?」
「……すいません」
「え……? 一匹も捕れなかったんですか?」
「……はい」
「ラヴ姉さん! いっぱい捕れた!」
「……おめでとうございます」
「……本当に何も捕れなかったの?」
「……これだけ ……です」
そうしてポケットに仕舞っていたタンポポの花を皆に見せる。砂魚ではなかったので、反応してくれたのはラヴ姉さんだけであった。
「へぇ~ ズーキくんはお花好きなんだね! ラヴ姉さん! 好感度一部上場!」
「ごめんなさい。これしか……うっ!?」
「あんたぁー!?」
「ご、ごめんネピア! 頑張ったんだけど!」
「これ何処にあった!?」
「え、え?」
「これですよ!? ズーキさん!? 幼獣ポポタンの近くに生えている特効薬になるお花は!」
「ま、マジ?」
「何処だっていってんでしょっ!?」
「あ、この先の…… 川の間にあった岩の窪み……あっ!? ちょっと待ってネピア!?」
「あ…… あったのこれだけだったんだ……」
「そうですか。でもこれでエルちゃん元通りになるかもしれませんよ!?」
「で、でも。こんなくすんじゃって…… しかもこれを食べさせるのか?」
そんな事を疑問に思っていると、ネピアが流星のごとく戻ってきたと同時に、砂魚を一匹捕りだし、どこからか持ってきたのか大きな葉っぱの上に置いた。何か考えるような素振りを見せたと思うと、指先に小さな小さな魔方陣を展開させる。そこから出てきたのは、光る魔法ナイフだった。
そのナイフを器用に使い三枚におろしていく。おろし終わった身をそぎ作りし、その一つにくすんだタンポポの花をのせてエルモアへ食べさせようとした。
「ちょっと!? そんなくすんだ花をエルモアに食べさせるのか!?」
「仕方ないでしょ!? 全回復しなくても多少効果あれば、活きのいい花を見つけるまでの時間稼ぎになるでしょ!?」
「……その通りです。申し訳ございません」
「ほら…… エルモア……? お刺身だよ?」
「……ぃ」
「ん?」
「……ぃゃ」
(……そりゃそうだよな)
「好き嫌いは駄目よ? ね?」
「……ぅ」
「ん?」
「……ぃゃぁ」
(俺もあんな砂にまみれて、くすんでしまったタンポポをのっけた刺身は食いたくない。だがこれも全てエルモアの為だ…… 許せ……)
「……(グイッ!)」
「(むぐぅ!?)」
(無理矢理いったぁ!?)
「(むぐぅ!?むぐぅ!?)」
「(ギュッ!)」
「(むぐぅ!?むぐぅ!?)」
「(ギュッ!)(キュッ!)」
(口だけで無く鼻も無理矢理押さえて!?)
「(むぐぅ!?むぐぅ!? むぐぐぐぐぅぅぅぅ! っ!? ごくん!)」
「……」
「……ぉぇ」
「……吐いたら、お刺身ちゃんとお花ちゃんミックスの輪廻転生コースよ? 繰り返し繰り返して消化してきましょうね?」
「…………(トコトコ)」
「……どうしたのエルちゃん?」
「……こわぃ」
「!?」
「よしよし。こわくないよ? 大丈夫だからね? エルちゃん」
「……ぅぃ」
「……ね、姉さん?」
「(プイッ)」
「いやぁーーー!? 姉さん!? ねぇ!? こっち向いてよぉーーー!?」
「(プイッ プイッ)」
「……そんなぁ ……うぅ」
ガックリと肩を落としたネピア。彼女もエルモアの為に奮闘したのだが、病気のせいなのか本人に嫌われてしまう。いつもなら笑ってやる所だが、今回ばかりは同情する。
「エルモア? ネピアはエルモアの為に仕方なくだな……」
「この人だれぇ……? もっとこわぃ……」
「!?」
「え、エルモア? エルモア!?」
「(ビクゥ!?)(ギュッ!)」
「大丈夫だよエルちゃん? みんな優しいんだよ?」
「……ぃゃ」
「……そんなぁ ……うぅ」
俺はネピアと同じようにガックリと肩を落とす。クリちゃんの後ろに隠れながら、クリちゃんのツナギを一生懸命握り恐怖に耐えるエルモア。そしてその恐怖を作り上げたのは紛れもないは俺とネピア。
「なんだか効果があったのか分からないね……」
「……」
「……」
「ズーキくんとネピっちには別の効果があったね!」
「……」
「……」
「今のエルちゃん、凄い恐がりになってズーキさんを認識出来ていなかった。ラヴはどう思う?」
「……ふむ。多少喋るようにはなったけど記憶に障害がある。特効薬としては不完全だったという可能性があるね。クリっち」
「うん。それにうかうかしていられない可能性も出てきた。発症からこれまでの時間で記憶に障害が出た…… 究極五月病は活動的ではなくなっていく病気だけど…… もしかして脳の活動自体も……? 記憶を引き出せなくなっている……? ネッピーどう思う?」
「……」
「ね、ネッピー……?」
「……」
「ありゃ~ 自ら究極五月病を発症したみたいになってるね~」
「ず、ズーキさん?」
「……」
「こっちはせっかくエルっちとの関係性を元に戻せたばかりなのに、また同じように避けられて心が折れちゃってるね~」
「動けるのは……」
「あたし達だけさ……」
「ラヴ……」
「クリっち……」
「……なんてやってる場合でもないね」
「面白かったのに~ でもエルっちの究極五月病の進行具合は気になる所だね」
「そうなんだよね。この時間で記憶にまで障害が出てきてしまっているのなら、猶予は少ないと見るべき」
「そうさね。もしくはネピっちが言っていた不完全な魔法式で作成されたものだから、病気としても不完全とみるべきか……」
「楽観は出来ずとも、不安定で不完全なモノをいつまでもエルちゃんの身体に入れておく訳にはいかないね」
「花さえあれば問題ないからね。さぁ! クリっち! 進もうじゃ無いか!」
「そうだね。まずは砂川沿いに上流を目指そう」
「行こう!」
「……」
「……」
「あの~? ズーキさん? ネッピー? 行きますよ?」
「……はぃ」
「……はぃ」
「おっ! 喋れるようになったね~ こっちは回復が早い!」
ラヴ姉さんは気楽にそんな事を言う。だが俺もネピアも既に折れていたその心。それでも折れた心を修復せず立ち上がる二匹。全てはエルモアの為。そう心に言い聞かすも肝心の心が折れているので、その隙間からため息が漏れていた