第94話 エルモアを救おう!
「姉さん……」
「え、エルモア……」
「……」
「エルちゃん……」
「エルっち……」
「……」
ネピアは突っ伏しているエルモアを優しく抱き上げて、近くの木に寄りかからせるようにする。手もだらりと下がり頭も垂れて、全く身体に力が入っていないような状態のエルモア。
「姉さん……?」
「……ぁ」
「姉さん? 分かる? 私よネピア」
「……ぁぁ」
「やっぱり……」
「ネッピー…… これってもしかして……」
「……そう思いたくないけど、そうでしょうね」
「どういうことだい?」
「教えてくれないかネピア」
「……そうね。ただ先に判定テストをするわ」
「判定テスト?」
「そう。私が解析した情報によれば、ある病気に感染した可能性が高いわ」
「……その病気かどうか判定するのか」
「ほぼ間違いないとは思うけど、古より伝わる判定テストを試すわ。この判定テストで陰性か陽性か判断出来る」
「……確実性はあるのか?」
「エルフによっては判定テストの基準を満たさない者もいる。それにテスト結果によって判定保留という事もあるわ」
「エルちゃんなら判定テストの基準は満たしてるね…… これだけは間違いない……」
「そうね。じゃあみんなエルモアにテストを行うから静かにね。この状態だと聞き取りにくい事もあるから」
「分かった」
「うん」
「あい分かった」
(これで判断出来たとして…… いったい何の病気だというんだ…… くそっ!)
「エルモア……?」
「……ぁ」
「姉さん聞いてくれてるわね……?」
「……ぁ……ぁ」
「……今日で大型連休は終わりよ」
「!?」
(あっ!? 一瞬生気が感じられる程に生々しい表情だったぞ!? ……けどそれも一瞬 ……無気力で無表情な顔に)
「もう一度言うわね? 今日で大型連休は終わりよ」
「し」
「し?」
「仕事…… 行きたく…… なぃ……」
(あのエルモアが!? 仕事に行きたくないだと!?)
「原因はハッキリしたけど…… 参るわね……」
「切り分けは重要だよネッピー…… 気持ちはわかるけど……」
「あのエルっちの無気力感。そして膨大な負が辺りを淀ませている。さぁ言ってくれネピっち」
「説明するわ。判定の結果は陽性。間違いなく感染しているわ」
「感染? あの瓶の中にウイルスでも?」
「病名は究極五月病」
「究極五月病?」
「究極なの五月病としては。休日という虚構に行ったきりになり現実に戻れなくなるという事から付けられた病名よ」
「現実に戻れない……?」
「そう。エルモアの姿をみて分かると思うけど、無気力感が精神と肉体を支配して何も出来なくなるわ。軽い症状なら仕事に行かない位で済む。ただ……」
「ただ……?」
「これは時間が経つ程に進行していくの。全てが面倒になり、ご飯を食べないどころか息をするのも面倒になり、やがて意識せず自発的に行っている生命の活動すら面倒と認識して活動を停止する」
「なっ!? じゃあ早く何とかしないとっ!?」
「確かに悠長にしていられる程に余裕はないわ。けど焦ってもしょうがないのよ。まずは直す為に必要なモノを揃える必要があるわ」
また冷静さを欠いた行動をした俺はネピアに謝り、今後の動きについて皆で確認する。一秒でも無駄にしたくないという焦る気持ちを抑えつつ話を聞く。
「す、すまん。落ち着くから何でも命令してくれ。何が必要なんだ?」
「必要なモノは二つ。活きのいい砂魚の刺身。それと花ね」
「刺身と花?」
「そう。その二つを同時に食べさせれば、みるみるうちに回復するわ」
「そうか! それは良かった! なら早速!」
「……その花が問題なんですよズーキさん」
「え……」
「それはどういう事かな? クリっち?」
「その花はどこにでも咲いている訳じゃ無い。伝説の幼獣ポポタンの巣の周りにしか生えていない」
「じゃあその幼獣ポポタンの巣を探せばいんだよな!? 何か手がかりは!?」
「……伝説なのよ。その名の通りね」
「じ、実在していないって事か……?」
「実在はしていた。間違いなく」
「なら! あ…… していた……?」
「昔話になるわ。今から約千年前の精霊の国で、ある病が爆発的に広まったの。その頃の精霊の国は絶頂期。極限まで極めた魔法学は、あらゆる事が可能になったという記述さえ残っている。むしろ新たな世界を構築出来るレベルの者もいたと言われているわ」
「な……」
「途方もないね」
「だが広まった。爆発的に。どうにもこうにもならない病が」
「それが……」
「究極五月病かい」
「なんでも出来ると信じて疑わなかった当時の魔法士達は驚いたの。何をしても病をを直す事が出来ない。これ程まで発展しても太刀打ち出来ない病気。そして活動を停止するエルフが出始めて皆が恐怖に飲まれる頃……」
「……」
「……」
「伝説のエルフ達が特効薬を探しに旅に出た。この精霊の国を飛び出してね。なんの情報もない所からスタートした旅は熾烈を極めた。時間もなければ情報もない。でもね。やり遂げたのよ彼女らは。持ち帰った花を魔法士達が栽培して皆に行き渡らせたの」
「なら花が今も残って!?」
「残念だけど全てのエルフに行き渡った後に、役目を終えるように全て枯れたらしいわ……」
「そうか…… それと疑問なんだが、集団感染したんだよな? でも今はエルモアの近くにいても問題はない。どうして広まったんだ?」
「分からない。当時の魔法士達でも解明する事は出来なかったの」
「でも…… ネピアは解析したんだよな?」
「知ってたからよあの瓶の事を。たまたまね。それに究極五月病自体を解析した訳じゃ無いわ。他の事柄と合わせて結論に辿り着いただけ」
「ネッピー知ってたの!?」
「……雑誌の裏の広告に一度だけ怪しい商品が陳列されているの見た事があってね。そこに載ってた怪しい瓶を思い出したのよ。全く同じ商品だわ」
(雑誌の裏? 確かにたまに怪しい商品が売ってる広告は以前の世界でもあったよな…… 瓶詰めされた精霊とか売ってたもんなぁ……)
「それは究極五月病を数秒だけ小範囲に展開し、その場所にいた者だけが感染すると記述があったわ。気に入った彼と密室でドッキリ! なんてアホらしい謳い文句があって流石に信じられなかったけど、まさか実在し本物だったとは……」
「それがたまたま突風に乗ってエルモアに?」
「風に流されて感染したのかは分からないけど、どうにも怪しい魔法式を組んだ怪しい商品。不安定そのものだろうから、自然の力に負けたり、融合するような事も十分考えられるわね」
そう言うと、通勤快速の奴らを睨み付けるネピア。彼女らもまた感染しているようで、全く動きが無い。
「通勤快速の方が重傷みたいに感じるね」
「クリちゃんもそう思う? 私もそう感じたわ。そうなるとエルモアには多少猶予が出来たと考えられるわね。ただ不安定な商品という事が、症状の進行具合にどう関わってくるかは女王様のみ知るという事ね」
「エルモア?」
「……ぁぃ」
「絶対助けるから待っててね?」
「……ぃぇ」
「……エルモア?」
「……どぅでもぃぃ」
「……一応反応はしてくれるわね。あっちも確認してみるか」
するとネピアは通勤快速に向かって行く。そのまま息の根を止めるような事はせず、彼女らに質問を投げかけていた。
「……今日で大型連休終わりよ」
「……」
「……」
「……」
「働け!」
「……」
「……」
「……」
「……まぁ自業自得ね」
「……」
「……」
「…………ぃ」
実験は終了したのか、後ろを振り返る事なくこちらへ戻って来るネピア。そして一度も動く事なく寝そべっている三匹のエルフ。
「反応は無しね。これで展開された中心点から離れていると、効果が薄れる事が分かったわ」
「ならエルちゃんは……」
「突風というイレギュラーな事象がどう絡んでくるのかは不明だから、安心にはほど遠いけどね。まぁエルモアの心を少しでも持ち上げられるように、言葉を選んで話しかけていきましょう」
「そうだね!」
「あぁ!」
「そうさね!」