第78話 不思議な森一丁目を目指そう!
「すまないなクリちゃん。ネピアの野郎が話の腰を折って」
「い、いえ。大丈夫ですよ」
「……」
「何かございましたか? ネピア嬢?」
「……」
「何もございませんようでしたら、その目はおやめ下さい」
「ふんっ(プイッ)」
(まったくこの社会派紳士が腰を低くして対応しているというのに……)
「それでその不思議な森一丁目はアミューズメント施設だけど、生きて出てきたエルフはいないんだよな?」
「はい。その……」
「どうした?」
「その…… 誰も入った事が無いから……」
「無いから?」
「……出てきたエルフもいないっていう事なんです」
「……なるほどね」
「ごめんなさい。驚かすような事を言って」
「あぁ。構わないよ」
(意外にお茶目な感じなのかな? クリちゃんは?)
「(ビビってた癖に。ぷっ)」
「……何か仰いましたかね? ネピア嬢?」
「(プイッ)」
(こいつ絶対漏らさせてやる…… そうか…… そうだな…… ははっ……)
「まぁいい。クリちゃんちょっと待って」
「はい」
そうして俺は自らの巾着袋から、水筒の代わりにしている革袋を取り出す。お酒を飲んでいるので喉が渇くと思い多めに入れてきた。そしてそれがもう一つある。誰かしら飲むだろうと思い、酒場で余分に購入していたのだ。それをネピアに向ける。
「ほら」
「……なによ」
「キツイ酒を大量に飲んだろ? 皆で回して飲んでくれ」
「……」
「……俺は口付けてないから」
「……うん(んっんっんっ)」
「はいエルモア」
「タロさん頂きます(んっんっんっ)」
(よし。ごく自然な流れで水分を補給させた。あとは時間が経てば尿漏れを起こせる可能性大)
「ズーキさんありがとうございます」
「ズーキくんは気が利くねぇ~ 紳士だねぇ~」
「いえいえ。話を止めてすまないなクリちゃん。それでどうして誰も入った事がないんだ?」
「主要駅から離れているという事と…… それと入場条件があるんです……」
「入場条件?」
「はい。人間と一緒じゃ無いと入れないんです」
「……なるほど。それで行ってみないと分からないのか。なら能力が上がるって情報はどこから?」
「その不思議な森一丁目のチラシですね。駅に置いてあったりするんです」
「不思議すぎるな…… 精霊の国で人間が増えると思っていたのかな……?」
「まっ 行ってみれば分かるでしょ」
「それはネピアに同意だな。摩訶不思議な施設もあったもんだ。大体いつから営業しているんだ?」
「私たちがフルオンに来てからぐらいですかね」
「そんなに月日は経ってないのか…… なら潰れてたりはしていなさそうか……」
「でも不思議だね~ まるであたし達の為に出来たみたい!」
「タイミングは悪くないな……」
俺がタイミング云々話した所で停車する魔方陣列車。
「停まっちゃったぞ? 事故?」
「他の魔方陣列車の通過待ちでしょ」
「あぁ。各駅停車だもんな。長旅になりそうだな…… そういやどうして快速とかに乗らなかったんだ? それと……極急だっけ?」
「あんた…… この状態で乗客数の多い魔方陣列車に乗るつもり?」
「それは嫌だな……」
「どうせ焦る旅でも無いし、これなら寝てたって怒られわしないしね。それにこれだと一本で行けるから」
「各駅停車しか無いのか?」
「そう。その手前の主要駅で快速列車は折り返すわ。何せ不思議な森だからエルフもあまりいないわ」
「そうか。まぁ鈍行でゆっくり行くのもオツなもんだろ。でも駅でも無い所で停まるんだな」
「昔は駅あったんだけどね。こうやっていずれは無くなるかもね、不思議な森の駅も……」
「利用者がいなければ何処も一緒か……」
(なら尚更、不思議な森一丁目の経営が気になる所だよな…… どうして営業し続けているのか…… 未だにチラシは配る…… 不思議だ……)
「まぁ実際行ってみれば分かる事でしょ」
「そうだな……」
「そうです! そうなんです! そうだったんですよっ! さぁさぁ皆さんどうぞどうぞ」
もうこの事しか頭に無いのか、エルモアはクエルボの瓶を差しだし円陣の中央にそれを置く。
「……なぁ」
「なによ……」
「列車の中で飲食していいのか?」
「なに? あんたの世界では駄目なの?」
「通勤列車とかは好まれないだろうな」
「大丈夫です! 大丈夫なんです! 大丈夫だったんですよ! さぁさぁ皆さんどうぞどうぞ」
「……という訳。この中もストリートも同じ扱いだから気にしなくていいわよ。満員だったりすれば皆は気をつかうけど、実際この辺り抜けたら乗車するのは少ないから」
「……じゃあ飲むか」
「飲みた~い!」
「ラヴさんどうぞどうぞ」
「(クイっ)ぷはぁ~ くるねぇ~ はいクリっち!」
「う、わ、私は……」
「……クリちゃんは私たちがいなくなった間に、クエルボちゃんが嫌いになったの?」
「う、ううん! ち、違うよ? 全然違うよ? じゃ、じゃあ頂こうかなぁ~ (クイっ) うっ…… じゃ、じゃあズーキさんどうぞ……」
(このエルモアの物言いって親友クリちゃんにでも言うのか…… はぁ……)
「あ、ありがとう。エルモア? 頂くな?」
「どうぞどうぞ。ささっ」
「(クイッ) ぷはぁ~ ラヴ姉さんじゃないけど、クエルボちゃんは効くよなぁ~ ほいネピア」
「……いくわ(クイッ) ……なんだか思い出すわね。王都アドリアでの迎え酒を。はいエルモア」
「そうだね。あれから色々あったけど、みんなのおかげでまたこうやって飲める私は幸せだよ。タロさん。ラヴさん。クリちゃん本当にありがとうございます! (クイーーー)」
「「「「 !? 」」」」
(残りを一気!? それなりにあったぞ!?)
「はぁ…… クエルボちゃんは本当に素直な子…… 私大好き!」
「「「「 …… 」」」」
エルモアの行き過ぎたテキーラ好きに、驚愕の視線を皆が取っていると、これまた粋すぎなエルモアの行動を皆で受ける事になった。だがクリちゃんだけは、その寸前まで安堵していた。もう飲まなくて済むと思ったのだろう。
「(ドンっ!)」
「「「「 !? 」」」」
「追加です! 追加なんです! 追加だったんですよ! 安心して下さい。私一人で独り占めするような飲み方は致しません。到着まで十二分に在庫は御座いますのでご安心下さい。ただ、ここでこうして皆で飲めるのが本当に嬉しくて、一気してしまっただけです。ささっ。どうぞどうぞ」
「「「「 …… 」」」」
クリちゃんが助けを求めるような目で俺を見つめてくる。エルモアは飲めない者に無理矢理飲ますような事はしないが、断りづらいのもまた確か。俺はさりげなくクリちゃんをフォローし、クリちゃんの好感度を上げる事にした。
「ありがとうエルモア。到着までどのくらいかは分からないが、ゆっくり頂くよ。エルモアの言う通りみんなでこうやって飲めるんだ。ゆっくり味わってゆっくり話して行きたいな」
「サー!」
「いい返事だ、エルモア補給兵よ」
「サー!」
「楽にしてくれ」
「サー!」
(楽になったのかな?)
「それでどんくらいで着くんだ~い?」
「快速乗り継いでいけば二時間くらいなんだけど、普通で待ち合わせとかもあるから倍はかからないくらいね」
「じゃあゆっくり飲めるね! わ~い!」
「ささっ。ラヴさん。どうぞどうぞ」
「ありがと~ (クイッ)」
「待ち合わせだけで倍かかるのか?」
「うん。メインは快速とかだから、それを邪魔しないように走るとなると、ほとんど待ち合わせね」
「なるほど」
「タロさん?」
「……なんでしょうか?」
「(スッ)」
(エルモアの気遣いが半端なくて到着まで生きてる保証がない)
「……いただくよ。(クイッ)……そうだエルモア?」
「はい」
「ライムと塩は無いのか?」
「すいません…… 私とした事が……」
「あ、塩ならあるよエルちゃん」
「ホント!? クリちゃん!? (ヒシッ!)」
俺はエルモアがクリちゃんを抱きしめる様を、まるで父のように見守っていた。だが、クリちゃんは選択肢を間違えたとも言えるだろう。エルモアが礼儀に対して礼儀で返す事を。案の定、自分の人差し指と親指の付け根に、小盛りの塩を載せて待機するエルモア。
「(スッ)」
「えっ?」
「このような私めに礼を尽くしてくれるは親友のクリちゃん。そして私が出来るお返しとはこれしかありません」
「えっ?」
「ライムを忘れ、塩まで忘れる不出来な私を助けて下さった親友なるクリちゃん。もう瓶ごと差し出すほかありません」
「えっ?」
「このような事が以後起きないように備蓄には最善の対応を取らせて頂きます。ささっ」
「えっ?」
そうして俺の助け船など、微塵にも役に立たない事を知ったクリちゃんは、怒濤のクエルボちゃん接待を、この魔方陣列車の中で受けるのであった。