第77話 迎えちゃおう! その2
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
起きている。俺たちは起きているんだ。間違いなく。そして不思議な森一丁目へ向かうんだ。その為に駅のホームで魔方陣列車を待っている。先ほどまで酒場ポポタンで飲み明かしていたので、まだ酒に酔っている状態とも言える。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
この場所に来れたのが奇跡なのか、その直前まで酒を飲めていたのが奇跡なのか、どちらにしても本日の奇跡は使い切ってしまったようだ。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……ふふっ」
何がおかしいのかエルモアが一人で笑い出した。俺はそれに反応する事は流石に出来ないなと感じるものの、まだ酒が完全に残っている状態だからか、それともこの状態では笑うしかなかったのか、つられて笑い出す。
「……ハハッ」
「……ふふっ」
「……」
「……」
「……」
ネピアは既に二日酔いの状態へとスイッチしているのか、反応はなかった。そろそろ、不思議な森一丁目の近くへ行く魔方陣列車がくる頃ではあったが、俺はそれに乗って行く自信はなかった。
「……ハハッ」
「……」
「……ふふっ」
「……」
「……」
おかしい。おかしいんだこの状況。そして身動き一つ取らなかったネピアも参戦する。
「……ハハッ」
「……あはは」
「……ふふっ」
「……」
「……」
日の出前から日の出に差し掛かる通りで、立ち尽くしながらも気の抜けた笑いを提供する三匹。三匹とも変なスイッチが入ったのか、少しずつ気分が高揚してくる。
「……ハハッ……ハハッ」
「……あはは……あはは」
「……ふふっ……ふふっ」
「……へへっ」
「……」
高揚した気分に釣られたのか、ラヴ姉さんも気の抜けた笑い声で参戦する。クリちゃんは未だ下を向いていたが、身体が小刻みに揺れ始めたのを俺は見逃さなかった。
「……ハハッ……ハハッ……ハハッ」
「……あはは……あはは……あはは」
「……ふふっ……ふふっ……ふふっ」
「……へへっ……へへっ」
「……むふっ」
切り替わった。世界がそう望んだかのように幸せな世界へと切り替わる。しかしこれこそが破滅への切り替えポイントだったのだ。もともと正常ではなく異常な状態での精神高揚。これに俺たちは完全に騙されて、ある人物からの悪魔の提案をむしろ女神の言葉とはき違えて、それと提案を飲んでいく事になる。
「……いっちゃいます?」
デッドエンドへの分岐。誰もがそう感じなくてはいけなかった。だが俺らは彼女がそれを提示せずとも、彼女がそれを言葉に出さなくても、おのずと破滅の道へと進んでいただろう。そう、既に俺たちのテンションはオール明けのような変なテンションへと完全に切り替わっていたからだ。
「「「「「 チョリース(ッス)!!!!! 」」」」」
巾着袋から出したそのモノはクエルボの瓶。彼女はいつも備蓄を怠らない狂酔優良エルフとしてこのフルオンに君臨している。
「(クイッ)(スッ)」
「(クイッ)(スッ)」
「(クイッ)(スッ)」
「(クイッ)(スッ)」
「(クイッ)」
五匹で回しのみをする。瓶のままだ。ショットグラスより断然多くのクエルボが喉を焼き、胃へ直接落下するという表現が一番しっくりくる。味わうわけでもない、ただただ度の強いアルコールを酔う為だけにブチ込む。
「「「「「 あははははははは!!!!! 」」」」」
俺は失念していた。だがこの時は気がつかなかったのだ。仮に気がついたとしても、このルートに身を委ねたからには甘んじて受けねばならぬ試練とも言える。
「まもなく列車がまいります。白線の内側へお下がり下さい」
駅のアナウンスが流れ、魔方陣列車が到着する。
「プシュー」
「フルオン~ フルオン~ 終点です。お忘れ物ございませんようご注意下さい」
それがデフォルトであるように列車に吸い込まれる五匹の狂酔戦士達。同じように魔方陣列車に乗るエルフもチラホラいたが、後難を恐れてか別の車両に逃れる。
「プルルルルルルルルルルルルルル。 ドアが閉まります。ご注意下さい」
「プシュー」
見えないドアが閉まり外界と遮断される。隣の車両のエルフ達が、こちらを見ながら話しているが、車両ごとに空間が遮断されているのか声は聞こえない。どこから持ってきたのか、エルモアがラグを引いて円陣を組み座る五匹。既にエンジンは始動済みでオーバーヒート気味な身体を労るように鎮座する。
「テレレレレレレレーーーーーーーーーーーーーー」
「ご乗車ありがとうございます。この列車は普通、不思議な森行きです。終点、不思議な森まで各駅に停車いたします。次はフルオン北十二条です」
今回の魔方陣列車は各駅停車のようだ。どのくらいの時間がかかるのだろうか。先ほどのクエルボ瓶ごと飲みが、気付けの一杯になったのか眠さは多少飛んで頭が回るようになる。だが酔いも回るのはご愛敬。
「あ~ 楽しい雰囲気を壊したら済まないが、クエルボちゃんはちょっと止められるかエルモア?」
「はい。わかりました」
「ありがとうな」
「いえいえ。アドリード王国で迎え酒後に、仕事した時の事を思い出したまでです」
「……あれはキツかったな」
「……最高の訓練でした」
「……あれは自らをレベルダウンしてレベル上げしてる気分だったわ」
「言い得て妙かもな……」
「え~ 飲まないのか~い?」
「……ラヴは凄いね」
「ん~? 眠いのはあるけど一杯飲んだらね~」
「……たしかに眠いね」
(クリちゃんの気持ちは分かるな…… だが俺たち三匹は更に追加クエルボを飲み続けて仕事した経験があるから、なんとかなっているのかもしれない…… ラヴ姉さんは酒場で働いてたしな……)
「それでだ。昨日……今日? 話してた……え~と、不思議な森一丁目という所に向かってるんだよな?」
「うん」
「はい」
「何するんだ?」
「レベル上げ」
「戦うのか?」
「う~んどうなんだろ?」
「どうでしょうかね?」
「ん? なんだ二人も知らない場所なのか?」
「それはですねズーキさん。不思議な森一丁目は能力が上がると言われているアミューズメント施設なんですよ」
「アミューズメント?」
「遊べる!? ラブ姉さん! 楽しみ!」
「あ~ ラヴ? でもね? その内容は誰も知らない」
「誰も知らない?」
「そうです。そして生きて出てきた者はいないと言われている」
「「 えっ!? 」」
(おいおい。大丈夫なのかよ……)
「クリちゃんも驚かすわね。でもタローが怯えてる姿を見ると、なんだかとても気分が良いのよね~ はぁ~ んっ気っ持っちっいぃ!」
「人間は恐怖すると漏らす奴も中にはいる。なんだかエルフと共通点があって嬉しいよ俺は。 あっ!? 尿漏れエルフはネピアだけだっけ!? あ~ 早とちり早とちり。ははっ」
「あんたぁー!? いい度胸してるじゃないっ!? 何が漏らす奴もいるよっ!? あんたの事でしょっ!? あんだけ屋根裏部屋で盛大に漏らしておいてっ! この頭もお股もユルい、ゆるキャラがっ!!」
「なんだとオラぁ!? モコの交尾を見て不運に見舞われる厄災エルフがっ!? この社会派紳士を馬鹿にする事は断じて許さん!」
「何が許さんよっ! なんなら、あんたの事を緩さんって呼んであげようかしらっ!? ゆるいのよっ!? 分かるっ!?」
「はぁ~ 尿漏れだけでなく、運まで漏れてるエルフだけには、緩いとは言われたくありませんねぇ~」
「……ならここで、あんたの運を使い切ってやるわ」
「運が欲しいの? 運が? しぃーしぃーじゃなくて?」
「……」
「……」
「……ふん。平行線のようだな」
「……そのようね」
俺とネピアは互いに距離を取る。相手から視線を外さないように横へとジリジリ移動する。先に動くか、それとも相手の出方を見るか。だがその選択肢を選ぶ事なく、この件は終了する。
「あの…… お話しませんか?」
「「 はい 」」
土曜の更新日のみ21時08分頃に投稿いたします。