第73話 一人酒と洒落込もう!
「精霊の泉ってビール下さい」
「よろこんでっ!」
俺はあれからフルオンの街を歩き続け、ストリートを闊歩した。もうエルフ耳は付けていないのが良かったのか、ギャングスタや荒くれ共に絡まれる事はなく、むしろ例の人間として恐れられてしまう。
いくつかの酒場を見てまわったが、俺が入っていくと俺から皆が距離を取るので、仕方なく諦めて外に出て次を探した。周りの環境も良くなって来た頃に見つけたのが今現在ビールを頼んだこの店である。
(酒場ポポタン)
「精霊の泉です」
「どうも。何かさっぱりした肴ありますか?」
「よろこんでっ!」
テーブルに置かれた精霊の泉というビール。大変爽やかを感じさせる見た目で、薄黄色の霧がグラス内を漂っているようだ。味はフルーティで軽い酸味があり、苦みは少なめなので飲みやすいビールとも言える。
(さぁ、エルモアの事だけど…… どうしよう)
本日は酔いに任せるような、勢いのある飲みでは無い。ほろ酔いで気分を少し上げて、そのプラス思考で改善策を練るという考えだった。
(まずは話せる環境を作らないとな)
どんなに真実を話そうが、聞いてくれなければ意味が無い。また、どんなに嘘をつこうが、相手が聞いてくれるなら真実ともなる事もある。
(ネピアは俺の事を気遣ってくれたな)
エルモアの事を考えていたが、先ほど追いかけてきてくれたネピアに心情が移る。彼女とはよく口喧嘩をするが、やはり姉妹なのだ。優しさに満ちあふれている。
(ネピアにちゃんとお礼が言いたいな)
いつの間にかネピアの事ばっかり考えている自分がいる。エルモアに避けられて、ちょっと優しくされたらこれだ。始末に負えないと考えるも、元々あまり心の強くない俺だからこそ、こういった時にネピアにすがってしまうのだろう。
(エルモアに関しては時間を置くか…… もしくはネピアやクリちゃん、ラヴ姉さん辺りに仲介してもらって、話すのがいいかもな……)
こういった時に自分だけの考えで行動し過ぎると、痛い目にあう。何せこっちは汚名返上に躍起になる。いつの間にか目的がズレて汚名返上そのものが目的となり、彼女エルモアの心情を考えず行動してしまう事があるだろう。
(相談しよう。それが一番だ)
仲間なんだ。俺たち五匹はさ。エルモアが今どう思っているかは分からないが、少なくとも俺はそう思っている。
(けど、相談する前に何か妙案でもあれば…… 飲みながらリラックスしえ考えよう)
それからあまりビールは注文せず、物思いに耽るように考えを巡らす。リラックスしているのか、考えすぎて頭が回らなくなってきたのか。単純に酔っているのか決めかねていると、見知った四匹がこの酒場ポポタンへやって来た。
「タローもここだったの? 教えたっけ?」
「いや。フルオンを闊歩してたら、なんとなくな」
「そう。でも一緒に飲むつもりだったから良かった。見つからなかったら、みんなに探してもらうつもりだったのよ」
「そうだったか。悪いな。一人で先に飲んでたよ」
「飲むよ~! わ~い! お酒飲めるよ~」
「私も今日のお酒は飲んじゃうよ~ 私これ飲む~」
「……」
「……」
ラヴ姉さんどころか、クリちゃんも飲む気満々だった。恐らくダウンヒルレースの祝賀会だろう。だが、その祝賀会ムードになりきれない二匹の存在がいた。
「エルモア…… ごめんな……」
「……っ」
「エルモアはそこに座ってくれ。俺はこっちいくから……」
「……待って下さい」
「どうした?」
「その…… 私もごめんなさい」
「え……」
「聞いたんですちゃんと話を。だからごめんなさい」
「良かった…… 本当に良かったよ…… エルモアに嫌われたら俺……」
「……」
「……」
するとそんな対話を近くで見ていた残りの三匹が各々の反応をする。
「全く。タローもタローで自分の言葉には気をつける事。いいわね?」
「……はい」
「いやぁ~ いいもの見せてもらったよぉ~ 今日は良い日だぁ~」
「ラヴ姉さんは持ち金だけで飲んで下さいね?」
「いやぁーーー!?」
「あはは。でも二人が元通りになってくれて嬉しいよ。あとラヴの飲み代は私が出すよ。世話になったしね?」
「ありがとー!?」
(寝てただけじゃないのか?)
「え~と、みんなのお陰で風乙女の看板を下ろす事なく済みました。ピンチの時に現れてくれる、エルちゃんとネッピー。いきなりの申し出ででもレースに出てくれたズーキさん。そして心の友のラヴ。本当にありがとう! んじゃ早速始めよう! かんぱ~い!」
「「「「 かんぱ~い! 」」」」
そうして始まる精霊の国での初めてとなる飲み会。それも祝賀会という最高のスタートになる。
「いや~ 美味いな~ 勝利の美酒に酔いしれるってのはこの事だな~」
「ですね~」
「うんまぁ~」
「ただ酒はうまい~よ~」
「いっぱい飲んでね? ラヴ?」
「うん!」
(ラヴ姉さんがまた甘やかされてる…… けど、こういう風にしたくなる人なんだろな……)
「そういやあいつらどうなったの?」
「……」
「……」
「……聞かない方がいいか?」
「……それなりの処遇ね」
「……タロさんの処遇に比べれば無いに等しい処遇ですね」
「……なぁエルモア?」
「はい?」
「隣行っていい?」
「「「 !? 」」」
(俺は絶対エルモアとの距離感を戻す!)
「……無言は肯定とみなしますので移動します(スッ)」
「(スッ)」
(くっ…… 俺が席を立ったらエルモアも席を立つとは……)
「……エルモア?」
「……なんでしょうか?」
「隣いい?」
「……まだ駄目です」
「なんでぇ!? いいじゃん!? どうしって!?」
「こ、心の準備が……」
「……」
「……」
(はぁ…… まだ駄目かぁ……)
「え~ なんだ~い? エルモアっちの隣座りたいん~?」
「座りたい! 俺はエルモアの隣に座りたい!」
「「「「 !? 」」」」
(ラヴ姉さんがとろけてるなぁ…… この人、異種姦が好きなら、俺とエルモアの仲を取り持ってくれてもいいんじゃないのか?)
「ほらエルちゃん? ズーキさんがそう言ってるよ? ね?」
「で、でも……」
(無理させても酒が不味くなるだけか…… よしっ!)
「ごめん。無理言ったよ。さぁ! 祝賀会だっ! 飲むぞぉ~! (クイッ)」
「そうそう。飲みましょ。エルモアだって時間が解決してくれるわよね?」
「う、うん」
「なんだかエルモアっち可愛いねぇ~ ラヴ姉さん! ちょっと気持ちいぃ!」
「えっ!? ラヴ? そういう系?」
「ん~? どういう系だ~い?」
「え…… その…… そういった……」
「ん~?」
「……」
(優良個体だなぁ…… クリちゃんは……)
そんな事を考えながら、メニュー表の中にある食べ物を見続けていた。どれも気になる食べ物だった。何せ精霊の国で初めてご飯だったから。
(砂魚の開き? 見た目はホッケみたいだけど…… 砂? 魚?)
「すいませ~ん!」
「は~い」
「この砂魚の開き? って奴を一つ。それと……」
「あ~ すいません。それ終わっちゃってるんですよ~」
「あ、そうですか。じゃあ、この川鯨の竜田揚げを……」
「あ~ すいません。それ終わっちゃってるんですよ~」
「え、これもですか?」
「はい」
「お姉ちゃん。こいつ人間だからちょっと分かってないのよ。とりあえず飲み物だけちょーだい」
「あ、ホントだ! へぇ~ 珍しいですね~ ゆっくりしていって下さい。飲み物は同じので?」
「どうする?」
「じゃあ俺は精霊の滝ビールで」
「クエルボショットをベース増し増しで、お願いします! いや……むしろ瓶ごとお願いします!」
「清酒おすすめで」
「あたしも~」
「じゃあネッピーとラヴと一緒で~」
「よろこんで!」
本当に喜んでそうな朗らかな笑顔を見せながら、厨房へと向かって行くお店の店員さん。そして俺はネピアが言っていた通り、何も分かっていない。この国の事を。
「ネピア?」
「ん?」
「ここは飯喰えないのか?」
「食べれるよ」
「でも終わってるのばかりだろ?」
「なるべく過剰供給しないのよ精霊の国は。昔は余り余る程に、食材やモノに満ちあふれていた時代もあったのよ。けどね? そうやって過剰在庫を持つと無駄になる食べ物も出てくるでしょ?」
「そうだな。俺のいた世界じゃ、毎日尋常じゃ無い量の食材が廃棄させられていたよ」
「同じだったのよ精霊の国も。いつしか余裕を持つ為に、余裕を削るような生き方になる。便利にはなっていくが、その分忙しくなっていく。楽する為に魔法を駆使してきたのに便利になればなるほど忙しくなる」
「なるほどね。本当に以前の世界そっくりだ」
「だからメニューに書かれいているオーダーが、終わっているのが多いのもその為。メニューは、あくまでこういった素材があれば、こういった料理出来るよっていうアピールね」
「なるほど。じゃあ何が出来るか聞いたり、おすすめでいいのか」
「そうね。別に虱潰しに出来るメニューを聞いたって構わないわ」
「ネピアのお勧めある?」
「……実は川鯨の竜田揚げ」
「……美味そうだよな」
「……残念だわ」
「……マジだな」
ネピアと同じ食べ物を欲していた自分を嬉しくも思い、またネピアの好物である川鯨の竜田揚げを食べれなかったのは、この精霊の国が以前の世界とは違う社会を構築出来ているという現れでもあった。