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第72話  エルモアに避けられよう!



 今まで色々な事があった。けれど俺たちは一緒になって生活してきた。大丈夫。間違いなく大丈夫だ。


(エルモア…… 俺の事を避けたりしないよな……?)


 クリちゃんが言うには、もうそろそろ工房へ戻ってくるとの事だった。先ほどから気持ちが落ち着かない。


(そういえば…… 王都アドリアでもエルモアに避けられたって思い込んでた時があったよな…… ふふっ)


 精霊の国へ来る前にいた、アドリード王国。そこでちょっとした事があり、エルモアに嫌われたって思い込んでいた。避けられてるって。


(でも実際は仕事が忙しくて、対応出来なかっただけだったんだよな…… そうだよ…… 今回だって……)


 色々とすれ違った関係で、そういったマイナスイメージを連想し続けてしまうのは、俺の悪い癖だ。そうして俺は、その時に彼女から言われた言葉を思い出した。



「それに私がタロさんの事を避けるなんて事はありません。ね?」



(そうだよ。聖修道女グッドシスターじゃないか。その言葉の前には頭を、よしよしと撫でられたじゃないか…… そうだ…… 何も心配する事はない…… 信じろ…… 彼女を信じるんだっ!)



 俺の気持ちがハッキリした所で、タイミング良く帰宅するエルモアとネピア。俺は堂々とした気持ちで彼女達に挨拶する。


「こんにちわ!」

「……」

「ただいまです!」


(よっしゃぁー!? ネピアはだんまりだけど、エルモアはいつも通り挨拶を返してくれたぁ!? くっそ嬉しいっ!?)


 そうして入り口付近に留まるエルモアとネピアに向かって、近づいていく。だが俺は一生かかっても彼女に辿りつけない事を知る。


「エルモア?」

「タロさん?」

「……エルモア」

「……タロさん」


 エルモアは俺が近づくと、俺から目線を外さず後ずさりする。


「……なぁ」

「……なんでしょう」

「……どうして逃げるんだ?」

「……逃げていません」


 そう言ってくるので、俺はもう一度エルモアに、向かって歩き始める。するとエルモアも同じように後ろに向かって歩き始める。変わらず目線は外さないでいる。


「……逃げてるよね?」

「……逃げていません」

「逃げてるじゃん……」

「一定の距離を保っているだけです……」


 俺がエルモアにジリジリ近づくと、彼女もまたジリジリと後退する。俺はこの状況を打破したかったので、一気に彼女へ詰め寄っていった。


(行けるかっ!? ちぃっ!?)


 いきなりダッシュを試みたが、エルモアにはお見通しだったようで、彼女は腰を軽く落とした状態で、後ろ向きにダッシュして俺からの追撃を逃れた。


「それ以上近づかないで下さい。距離が乱れます」

「え、エルモア…… どうして……」


 心が折れかかってきた俺は、諦めるように工房へと戻る。チラリと後ろをみると、彼女が設定した一定の距離を保って俺の後ろを歩いている。俺は諦めたくなかった。だから右足を工房に入れた瞬間に、その右足を強く踏み込みバックロールするようにして振り向きながらエルモアめがけてロケットスタートした。


(エルモアぁーーー!?)


 しかし彼女の運動センスは天才的で、今までと同じように一定の距離を保ちつつも、こちらを警戒し続けるという事を同時になし得ていた。


「……タロさん」

「……エルモア」

「禁止項目です」

「なっ!?」

「私との距離は理解して頂けたでしょうか?」

「そんなぁ…… エルモアぁ……」


 ょょょ、と泣き崩れるように地面に崩れ、悲しみを盛大にアピールする。エルモアは俺が悲しそうにしていると、必ず慰めてくれたり、よしよし、してくれるからだ。


(さぁ来い! 近づいてきた瞬間に……)


「……」

「……」


(近づいて……)


「……」

「……」


(瞬間……)


「……」

「……」


(……)


 俺の心は引き裂かれた。そしてエルモアとの心の距離もまた引き裂かれたのである。彼女は工房に戻る時も、俺を警戒し続ける。俺が円の中心点で彼女はその円の外周を歩くように、俺から一定の距離を保ち続け工房へと入る。


(もう…… 折れた…… 心……)


 工房から聞こえる楽しそうなうら若き娘たちの声。今となっては俺の心を崩すには十分の精神攻撃とも言える。俺はそのまま工房から距離を取るように歩き始めた。


(行こう。俺はここにいては駄目なんだ…… うぅ……)


 クリちゃんの工房から離れ、大きな曲がり角を曲がる。何となく、大通りからは外れたくて、小道に入った所で声がかかる。


「た、タロー?」

「ネピア…… どうして……」

「だ、大丈夫? 倒れてから…… 身体の調子はどう?」

「心配してくれるのか…… ありがとう。大丈夫だよ……」

「……ホント?」

「あぁ……」


 だが彼女、ネピアには伝わらなかった。俺の語気に覇気がないからだろう。


「そ、そのね? エルモアの事なんだけど……」

「あぁ……」

「ちょっとショック状態なのよ…… あんたがあんな事を言うから……」

「激しく後悔しています…… でも俺、本当にそんな事してない……」

「し、知ってるわよ。前に聞いたから…… その、ね? あんたがショック受けてるように、エルモアもショックだったのよ。だから姉さんの事、大事にしてあげて」

「分かった。そうだよな。俺が蒔いた種だし」

「お願いね」

「あぁ。それとネピア…… 本当にありがとう。今、俺は凄い嬉しいよ」

「そ、そう?」

「クリちゃんから聞いたんだよ。エルフの事をさ。それなのにネピアは普通に接してくれてるからさ」

「う、うん」

「少し頭冷やしてくるよ…… ネピアありがとうな」

「分かったわ。何かあったら私たちの名前出しなさい。まぁ今ではタローも有名人だから大丈夫だとは思うけど……」


 そうだったな、と声を出しながら彼女に挨拶して裏路地を抜ける。傷ついたエルモアにこれ以上傷つけないように、自ら距離を取る社会派紳士。だが、俺は本当に社会派紳士と言えるのだろうか。どうしてもそんな考えが頭をよぎる。考えても考えても回答に行き着く事はなく、代わりに考えに出てくるのはエルモアの顔だけだった。











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