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第68話  ダウンヒルしよう!



 クリちゃんの工房で夜を明かした俺たち五匹。すでに決戦の地であるフルオンの裏山に来ていた。


「ここがゴール。最終カーブはかなりキツイですから、そこは気をつけて下さい。ただ、そこがポイントとなるのも事実です」

「分かった」

「ねぇ…… ホントにやるの……?」

「やる」

「タロさん。私は楽しみになってきました!」

「よし」

「いや~ 凄く急な坂だねぇ~ 命がいくつあっても足りないんじゃないかな~?」

「ラヴ姉さん」

「なんだ~い?」

「負けたらバルバードさんから、百万クイーン返してもらうから」

「いやぁーーー!?」

「クリちゃんと一緒に命を賭けて応援すること。いいね?」

「……はぃ」


(正直ラヴ姉さんの借金を無くしたくないけど、この他人行儀なラヴ姉さんを本気にさせるにはこれしかない。クリちゃんだって真剣なんだ)


「来ましたっ!? 通勤快速マッドスピードの奴らですっ!」

「ふん。風乙女ウインドメイデンの音速の社会派紳士である、このタロ・ズーキ様に恐れをなして、尿漏れでも起こしてるかと思ったぞ」

「キモ」

「キモ」

「キモ。死んでキモ」


(う~ン? 三人目のエルフちゃんは、本当にこの社会派紳士の責めを受けたいようだね~? ん?)


「逃げないで来たのは褒めてやるが、なんだその車は? 囲いすら中途半端じゃないか?」

「まぁまぁ、金も技術もない三流クリネックスじゃこんなところでしょ?」

「だっさ」

「……私の事を言うのは構わない。けど、車を馬鹿にする事は絶対に許さない! そして私の車を壊した事も絶対に!」

「お~ こわこわ。まっ、レースが終わってからも、それだけ息巻ければいいけどね?」

「そうそう。チーム解散だかんね?」

「あと土下座な?」

「よし。いいだろう。だが一つ条件がある」

「なんだ?」

「念の為だ。俺がドライバー。そして後ろにはこの二人が乗る。どう考えてもお前らの方が重そうだからな? こっちは三人でもいいだろう?」

「「「なっ!?」」」

「いいよな?」

「よくないっ!? 取り消せっ!? あたし達は重くないっ!?」

「重いだろ……」

「「「 重くないっ! 」」」

「う~ん。三人を認めてくれて、もしだけど、俺たちが勝ったら一つだけでいいから願いを聞いて欲しい」

「認めるっ! だから訂正しろっ!?」

「分かった。君たちは麗しいエルフだ。重くないよ。むしろ軽いよ」

「そ、そうだろ…… 全く…… ふんっ」


(頭も軽いようだな…… そして願いは…… ハハッ)


 体重を指摘された事がよっぽど嫌だったのか、不満そうに裏山を登っていく二人のエルフ達。


「ねぇ」

「なんだネピア?」

「わざわざ三人乗る事を聞かなくても良かったんじゃないの? ルール的には問題ないしさ」

「あぁ、そうだな。後でごねられるよりスッキリするだろ?」

「まぁね」


(願い。それは神秘の塊。そしてそれは社会派紳士のみが受けられる享受っ!)


「ズーキさん」

「……クリちゃん」

「この娘、踊る愛人形ダンシングラヴドールの事をよろしくお願い致します」

「まかせろ」

「行ってくるね!」

「行ってきます!(ビシィ!)」

「頑張ってぇ!? ホントに頑張ってぇ!? 絶対負けるなぁ!?」


(よし。あまり意味ないけど、ラヴ姉さんは気合い入ったな)


 俺とエルモアとネピアの屋根裏純愛組は、踊る愛人形ダンシングラヴドールこと荷車GTカスタムを引きながら、決戦の地となる裏山を登る。俺たちは昨夜未明、月明かりと、ネピアの魔法で辺りを照らしながらの試験走行を行っていた。そしてラヴ姉さんは工房で寝ていた。


(短い時間だったとは言え、感覚は掴めた…… だが奴らも走り屋だ…… 侮れない……)



 多少見慣れた感のある裏山の頂上に辿り着く。やる気になった俺は既にスタート位置に付く。それを見ていた通勤快速マッドスピードの二人も位置に付いた。そして残る生意気チビエルフ。どうやら彼女がスターターとして開始の合図をするようだ。


 チビエルフは地面に引いたラインより前に立つ。そして右腕を上げる。


(エルモア…… ネピア…… 頼むぞ……)


 チビエルフは右腕を上げたまま、今度は左腕を上げる。


(荷車GTカスタム…… お前は…… 最高の荷車だ……)


 チビエルフは上げた両腕をしゃがみ込むよう勢いよく振り下ろし、俺たちのダウンヒルレースがスタートした。


「いっけぇーーー!? おわぁーーー!?」


 エルモアとネピアが後ろから思い切り、踊る愛人形ダンシングラヴドールこと荷車GTカスタムを押す。尋常ではない出だし。軽い車体と相まって、当時の2サイクルレーサーレプリカを思い出す加速だった。しかもハンドルが過敏すぎて路面のギャップをもろに拾い、真っ直ぐ進むだけでも難しい。


(この世界にあるのか分からないけどっ!? ステアリングダンパーは必需品だったなぁっ!?)


 昨晩未明に練習した時よりも、遙かに超える速度でスタートダッシュを成功させる。路面ギャップに苦しむように、ハンドルを強く押さえ込んでいると、エルモアとネピアが後部に乗り込んできた。


「なぁ!? 練習の時より早くないかっ!?」

「はいっ! 早くしましたっ!」

「そりゃそうよっ! 練習はあんたを慣れさせる為なんだからっ!」

「慣れさせる為ならっ! 一回でも体験したかったぞっ!?」


 俺の叫びも虚しくレースは進んで行く。通勤快速マッドスピードの奴らとはかなりの距離が開き、今後のレース展開に余裕が出来た。だが、そういった油断がレースを狂わせる事を、俺は意識出来ていなかった。


「タロさんっ! ファーストコーナーですっ!」

「ちょっと速度乗りすぎたかっ!?」


 慌ててブレーキにあたるプリングの木を強く押し込む。プリングの木に貼り付けられた突起が地面と接地し減速する。思い切り踏み込んだせいか、思った以上に減速してしまい、ほぼノーブレーキで駆け下りてきた通勤快速マッドスピードの奴らにぶち抜かれる。


「はっはぁ~! お先~!」

「ビビってっからそうなるんだよっ!」

「くっそぉ!?」

「あんたっ!? 何やってんのっ!?」

「すまんっ!」

「コーナーきますよっ!?」


 減速し過ぎてしまった状態からのコーナー。ブレーキを踏む事なくコーナーをクリアしていく。二回目のコーナーまでも速度に乗り切れず、通勤快速マッドスピードの奴らがどんどん先に行ってしまう。


「くっそぉ!」

「タロさんっ! 焦らないで下さいっ! しっかり速度を出して行きましょう!」

「あいつらより絶対小回り効くんだからっ! 安心してぶっ込みなさいっ!」


 その通りだった。だがそのように出来なかった。せっかく、クリちゃんに無理をいって車体を改造して貰ったのに、その効果を発揮出来るどころか、全く使用出来ていない。


(ここからは直線か…… この直線が終われば連続コーナーだ…… だが、重い奴らの方がスピードに乗ってしまっている…… クソっ)


 現時点でも相手と離れている上に、距離も開いて行ってしまっている。いくらアイツらが重いといっても、これ程に差が開くのだろうか。


「あいつら早くないかっ!?」

「魔法で重くしてるかもねっ!?」

「アリなのかっ!?」

「魔法はレギュレーション違反ですっ!」

「アイツらにとっては関係ないって事かっ!? 違反だろうがなんだろうが俺たちが勝つぞっ!」

「はいっ!」

「もちっ!」


 そうして通勤快速マッドスピードの奴らはこのレースの終盤になる、六回におよぶ連続コーナーへ侵入する。


(意外に速度落としていったな! いけるぞっ!)


「エルモアっ!?」

「はいタロさんっ!」

「ネピアっ!?」

「任せてっ!」

「オラぁ!?」


 そうして俺はノーブレーキのままコーナーへ突っ込む。ハンドルをしっかり抱えてコーナー出口を見据えながらハンドルを切りリアルタイムで微調整する。通常なら遠心力で外側に引っ張られるようになる所を、強引にねじ込む。

 その時、エルモアとネピアはコーナーの中心に向かって、身体を車体から出す。車体後部は囲いがなく、あるのは車体フロアにある取っ手と足場のみ。

 いわゆるサイドカーレースを応用した作りの荷車GTカスタムこと、踊る愛人形ダンシングラヴドール。そしてドライバー・パッセンジャー・マシンが一つになった時、全てのレースカーを超えるであろう、最速のコーナリングが現実の元に展開される。


「行けるぞっ!」

「はいっ!」

「うんっ!」


 速度を全く落とす事なく、コーナーをクリアしていく。むしろどんどん速度が乗ってきている状態だ。そうしてコーナーを全速力でクリアしていくと、見えてくる通勤快速マッドスピードの奴ら。


「よっし!」

「追いつきますねっ!」

「あんにゃろ~!」


 最終コーナーになる一つ前のコーナーも無事に曲がりきる。通勤快速マッドスピードの奴らもいい速度で抜けていくが、こちらには及ばない。そして最終コーナーに突っ込んでいく二台の走り屋たち。最後のコーナーはヘアピンコーナーだ。


「ノーブレーキで行くぞっ!」

「はいっ!」

「まっかせろ~!」


 減速動作は一切せず、通勤快速マッドスピードの奴らのケツに張り付きイン側から抜き去ろうとするが、遠心力に勝てず外側に引っ張られる。すると後ろにいるエルモアが今まで以上にコーナーの中心地に向かって身体を出す。地面に接地するのではないかと思う程に身体を落とし込み膝を擦る。そしてネピアはエルモアの背中に乗っていた。


(エルモアっ!? すっげぇ!? だから膝パッド付けてたのか!? それにネピアと合体し重心を更に低くしてっ!?)


 あり得ない速度のままヘアピンコーナーを抜けていく。通勤快速マッドスピードの奴らが、こちらに向かって妨害をしてくる様子が見えたが、それすらも行えない程に速度にのったままヘアピンコーナーを抜けてゴールした。


「やったぁー!」

「勝ったぁ!? これでぇ!? 戻らなくて済むぅ!?」


 心底喜んでいるクリちゃん。技術屋として自分が製作した車が勝利して、本当に嬉しかったんだろう。もちろんアイツらに一矢報いたってのもある。そしてラヴ姉さんは借金がある事など塵にも感じさせず、己が船に戻らなくて済んだ事を心から喜び、むせび泣いていた。











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