第67話 車を作ろう!
クリネックスの工房へいくと、それはヒドい有様であった。辺り一面に散乱している木片。
「こりゃヒドいな……」
「ヒドい!」
「あいつら…… あの時にブチかましておけばよかったかしら」
「どうしてこんなヒドい事を……」
「ちょっと片付けるね……」
そう言うとクリちゃんは木片を集め一カ所にまとめ始めた。それを見ていた俺たちも同じように片付け始める。
(工房は凄い荒らされようだけど、肝心の車が見当たらないな……)
「クリちゃん。その…… ダウンヒルレースに参加する車はどこに?」
「えっ? その……」
「あんた…… どこもなにも今、片付けてるでしょうに……」
(これって…… 元は荷車か……?)
「クリちゃん。タロさんは、ここではない世界から来たの。だから車の事を詳しく教えてあげてね」
「そうだったんですか…… どうりで……」
「どうりで変態っぽかった? ぷぷぷ」
「変態はお前だろ? 排尿を人前で行う、尿漏れエルフ」
「あんたぁー!? いい度胸してるじゃない!?」
「落ち着きなさいネピア嬢。クリちゃんの話が最優先事項。スケベエルフは黙って排尿でも………… うっ!?」
(アブねぇ!? こいつ躊躇なく鳩尾狙ってきやがった!?)
「意識と共に生命も失わせてやろう」
「失うのはお前の品位だ」
「……」
「……」
「……ふん。平行線のようね」
「……そのようだな」
俺とネピアは互いに距離を取る。相手から視線を外さないように横へとジリジリ移動する。先に動くか、それとも相手の出方を見るか。だがその選択肢を選ぶ事なく、この件は終了する。
「あの…… 片付けませんか?」
「「 はい 」」
ヒドい有様であったクリちゃんの工房は、四匹の手によって見違えるように綺麗になった。もともとの工房の掃除が行き届いていたのだろう。本当は五匹なのだが、ラヴ姉さんは片付けに満足して寝てしまった。
(ラヴ姉さん…… 本当に甘やかされてきたんだね? でも、この社会派紳士との何でも言う事を聞くって約束は守ってもらうからね……?)
「ダウンヒルレースは明日なんだよな? 間に合いそう?」
「正直言って、今から作り上げるのは不可能に近いです……」
「代わりの車とかないのか?」
「はい。大事な一台だったので……」
「あっ!?」
「なんだよネピア?」
「あるじゃない! 車!」
「えっ!? ネッピー本当!?」
「タロー! 駅のロッカーの鍵貸して! 持ってくる!」
「あ…… そうか、ザンさんの荷車GTがあったな……」
俺は魔法カード型の鍵をネピアに渡す。すると彼女はまるで銃の弾丸のように駆け抜けて行った。
(よし。邪魔者は消えた。クリちゃんと一線を越える為にも、この状況を見逃す手は無い……)
「クリちゃん?」
「はい」
「クリちゃんは彼氏はいないの?」
「えっ!?」
「世のは不思議なモノだね。地上に天使が舞い降りたってのに、こんな平然としているんだもの」
「え……」
「親友に何している淫獣……」
(なっ!? もう戻ってきたのかっ!? くっそぉ!?)
「ちんちくりんは黙ってて頂けますか?」
「ちんちくりんじゃないっ!」
「どう見ても幼くて、ちんちくりんです」
「私の年齢は百歳を超えているのよっ!。あんたのように二十そこらの年齢ではないのっ! 敬いなさいっ!」
「何が百歳だっ!? あっ!? 十分の一の十歳でも十分通用するだろうがよっ!? この非実在青少年齢のエルフがっ!!!」
「なっ!? また訳の分からない事をいってぇ!?」
「……あの」
「……」
「……」
「なんでしょうか? エルモアさん?」
「クリちゃんは天使なんですか?」
「天使です」
「ならネピアも天使ですか?」
「いえ。ネピアの野郎は悪魔です。まごう事なき闇属性の悪魔エルフです」
「……」
「なら私はどうですか?」
「まごう事なき光属性の天使エルフです。そして聖修道女でもあります」
「はぁ」
「(ゴォォォ!)」
(マズい…… 炙りのネピアが…… いくら真実しか喋れない社会派紳士だとしても、この状況はマズい……)
「ね、ネピア?」
「……」
「せ、成長したら…… き、綺麗になるぞ?」
「なっ!?」
(よし。嘘も方便。社会派紳士だって人間さ。多少、言葉を噛んでしまったが、嘘を言い慣れていない真実の社会派紳士だから致し方ない)
なんだか微妙なる空気がこの工房内を行き交う。だがそれを打ち破る存在はまさかのネピアだった。
「そ、その…… これどうかな? クリちゃん?」
「あ、う、うん」
皆が探り合うように言葉を交わし、ネピアの持ってきたザンさん特製の小さくて可愛い荷車を見つめる。
「すごいね…… これ…… 作りがとても頑丈に出来てる…… 車体下部に補強のレインフォースがしっかりされていて…… これならダウンヒルレースに使えるよ!」
「ホント!」
「よかったね!」
「……」
俺は考えていた。これからのクリちゃんとの関係性を。このザンさんが製作してくれた荷車を差し出す事によって、俺の希望を叶えられる可能性をだ。
「あんた…… 何考えてんの……?」
(くっそぉ!? 勘ぐりどころか、確定した事実と思い込むような眼差しっ!? だが社会派紳士は諦めない! 言い繕うんだっ!?)
「嬉しいんだよ……」
「嬉しい……?」
(こういった時は本音を全て隠すのではなく、その本音を建前に一部混ぜて隠すのだ)
「あぁ…… まさかこの可愛い荷車がダウンヒルレースの車になるとは思いもしなかっただろ?」
「まぁ……ね」
「それもなにも、あの時に俺らが出会って、ヨヘイさんに気に入られた所から始まったんだ。あの荷車TYEP-Sからな」
「そうですね。色々ありましたね」
「それを思い出していたのさ…… そして今は荷車GT…… さぁクリちゃん。思う存分やってくれ」
「はい!」
そういうと彼女は工具キャビネットからいくつかの工具を取り出し、合わせて各種工作機械を触り出す。熟練職人を勝るとも劣らず安心な動きで俺を魅了する。
「あの、ズーキさん?」
「なんでしょう?」
「この車体後部にあるGTってロゴはなんですか? これも丁重に作られて凄い輝きでとても綺麗」
「GOOD TRIP だそうだ」
「なるほど。みんなの為に付けてくれたんですね。なんだかレースに使用してしまうのが申し訳ない」
「この荷車は飾りじゃ無い。使ってくれた方が製作者も喜ぶ」
「はい!」
疑問を解消した彼女は、ペースを上げカスタムに勤しむ。俺も疑問を解消しようと思いネピアに話しかける。
「そういや、この可愛い荷車がベースになるんだよな?」
「うん」
「でも小さくないか? もっと大きくするのか?」
「違うわ。ちょうどこの大きさに二人乗るのよ」
「これにか?」
「うん」
うん。と頷くネピアをよそに、俺はこのザンさんから頂いた荷車をみる。確かにしゃがみ込むような体勢になれば、二人乗れそうな大きさではある。
「山の上に持って行って、そのまま下るの。今はまだ付いてないけど、ハンドルとブレーキを付けて一人目がまず乗車する。そして二人目は後ろから押して、速度が乗ったら中に飛び込むのよ。そして最初は直線、ゴール付近はカーブの連続だから、いかにそこで速度を落とさずに走れるかが勝負ね」
(ボブスレーとは色々違うが、なんとなく想像してしまったな……)
「ハンドルは一文字だったり、丸だったり好みね。ブレーキはプリングの木を使って足で押し込むの」
「プリングの木?」
「タロさん。プリングの木はしなりに強くて頑丈なんです。それを荷車の床下に穴を空けて足で踏み込めるように設置します。踏み込むとプリングの木が地面に接触して減速できる仕組みです」
「なるほど」
「今、この荷車には囲いがないけど、四角に覆われるよ。もちろん上は空いてるけどね」
「なぁ……」
「なに?」
「誰がこれ乗るんだ?」
「あんたに決まってるでしょ」
「えっ!?」
「おねがいしま~す!」
すると既にブレーキの装着に入っているクリちゃんからお声がかかる。
「ちょっ! これ俺が乗るのか!?」
「そりゃそうでしょ。あんたの方が体重あるんだから。重い方が出だしは遅くても、速度にのるでしょ?」
「頑張って下さいね!」
(マジかよ……)
「ちなみに…… もう一人は誰が乗るんだ……?」
「……」
「……」
「……私は整備専門なので。てへへ」
(こいつら…… 絶対に巻き込んでやるからな……)
「分かった。何人乗っていいんだ?」
「……人数に規定は無いけど、大きさはこのサイズぐらいのルールだから、乗れても二人でしょ?」
その瞬間全てが繋がる。それは単純明快で4ピースのジグソーパズルがピッタリと当てはまったような、当たり前の事実。
「ふふふ」
「タロー?」
「タロさん?」
「クリちゃん?」
「はい! なんでしょう?」
(クリちゃん…… ラヴ姉さんには普通に喋るのに、なんで俺にはちょっと敬語になったりするの? もしかしてこれが俺と彼女との距離…… うぅ……)
「……そのな? 車体強度を落とさずに囲いを一部付けないことは可能?」
「え…… そうですね…… 車体下部のレインフォースでかなり補強されているので、出来ない事はありませんが……」
「よし。じゃあ前方部分は通常通り。左右は運転席付近はあって構わない。だが左右後ろと、後部は無しで」
「え…… でも、走行中は凄い衝撃がきますよ? 運転手はまだしも…… 後ろの人が落っこちちゃう……」
「それはな……」
一度、口を開けながら満足そうに熟睡しているラヴ姉さんを一瞥してから、クリちゃんに耳打ちするように詳細を説明する。もちろんその時はネピアとエルモアの顔を見ながらだった。