第65話 フルオンに行こう!
「ご乗車ありがとうございました。終点フルオンです。お忘れ物ございませんようご注意下さい」
「あ~ 戻ってきたわ~」
「戻ったね~」
「ここが…… フルオン……」
「なんだか凄いねぇ~ いっぱい絵が描いてあるよ~」
フルオンの駅の周りにある建物や壁には、ストリートアートとおぼしき絵が大量に描かれていた。タギングような個人や団体を表す記号化的なマークが描かれているものは少なく、独自な世界観を持ったキャラや風景など多かった。
「凄いな…… こういったアートの街なのか?」
「いんや、そういう訳じゃないわ。必然的にそういったヤツが集まってるだけよ」
「必然的?」
「それとあんた、そのザンさんから貰った可愛い荷車は、念の為ここに預けていきなさい」
「なんでだ? 持っていかないのか?」
「私たちがいるから大丈夫だと思うけど、盗まれたり奪われたりしたら困るでしょ?」
正直そんな治安が悪いのかと、問い詰めたい気分ではあったが、素直に従い駅のロッカーに預ける。
「掲示板どうなってるかな~?」
鼻歌交じりにエルモアがそんな事をいう。俺たちはエルモアに先導されるように、フルオンの街を歩く。歩けば歩く程にこのフルオンという街が見えてくる。それは文字どおり視野にも入ってきてるのだが、この街がどういう街なのかも理解もしてきているという事だった。
(海外の…… それもあまり治安が良くなさそうなストリートそのものだな……)
荒廃したような建物、そしてあたりにたむろしているエルフ達。そのエルフ達はいわゆるギャングスタな格好をして、所々に人数を固めて集まっている。そうして向けられる目線。
(恐ぇ~ おいおい、エルフってこういう種族なのか……?)
そうして恐る恐る彼らを観察していると、何かハンドサインのようなモノをこちらに向けていた。そのハンドサインに対してエルモアとネピアは彼らとは違ったハンドサインで受け答えしていた。
ギャングスタのような格好をしているフルオンのエルフ達のハンドサインは、左手を前に出し親指と人差し指を使い「L」の文字を表現している。そしてその「L」の下側に合わせるように右手でピースサインを作り、そのピースの上部を重ねていた。
エルモアとネピアはそれに対して右手の拳を握り、人差し指と親指を開き「U」の字を作って返答していた。
「なぁ…… そのハンドサインはなんなんだ?」
「これ? 彼らが私たちに敬意を示してきたから、サインを返したのよ。ハンドサインには色々やりかたがあるみたいだけど、私たちには関係ないから。けど無視ってのもあれだし、二つを合わせてその意味になるようにしてるだけよ」
「意味……?」
「ねぇねぇ~ なんの意味~?」
ラヴ姉さん同様気になった俺はネピアを見続ける。その間にも周りから同じようにハンドサインを受けて返してゆくエルモアとネピア。
「……」
「……」
「……」
「なんだよネピア…… 黙って……」
「彼らがしているのは「L」と「V」という文字で「LEVEL」。そして私たちがしているのは「U」で「UPPERS」。 「LEVEL UPPERS」と呼ばれているのよ…… 私たちは」
「レベルアッパーズ?」
「通り名みたいなモンなのかい?」
「……私たちが言ってる訳じゃないからね。勝手にそう呼ばれているだけよ」
「新しいの増えてるかな~ 変わってないかな~」
嬉しそうに前に突き進んでいくエルモアをよそに、俺は不安になっていった。進むにつれて確実に危うさが増してくる、フルオンのストリート。
「ネピア」
「なに?」
「その…… 掲示番って…… 王都アドリアの時みたいな安宿の掲示板の事か?」
俺たちはアドリード王国という国から脱出して、今ここエルフの国である精霊の国へ来ている。以前いた国の首都では安宿が多く存在していて、俺たちは仕事を探す為によく宿にあった、掲示板に張り紙されている求人を見てまわっていたのだ。
「情報を提示するって意味では同じね」
「……なぁ」
「ん?」
「ここ。治安大丈夫なのか……?」
「大丈夫よ。私たちがいるから…… なにあんた? ビビってんの?」
「……はい」
「……あたしもちょっと恐いよぅ」
「ラヴ姉は大丈夫よ。何かあったらブチかましていいわ」
「ホント?」
「うん。ケツ持つから大丈夫」
(ラヴ姉さんってもしかして強いのか? そうだ…… 俺の息の根を一瞬で止めようとしていた人だからな…… 残されたのはこの社会派紳士のみ…… うぅ)
「ネピア嬢?」
「あんたはあいつらにボコられて洗礼を受けるといいわ」
「……助けて下さい」
「いや」
「なんでだよっ!? オラぁ! 俺を助けろっていってんだろっ!?」
「そうやって息巻いてみればいいじゃない…… ふふっ ははっ あ~ んっ気っ持っちぃいぃ! ビビってる、あんたを見るのは最高ねっ!?」
「くっそぉ!?」
(ネピアは頼りにならないが、エルモアは俺の事を助けてくれるだろう。やっぱエルモアは聖修道女だよな)
通りの角を曲がると、百メートルはゆうに超えそうな壁一面に、グラフティアートが描かれていた。フルオンの駅前とは違い、どれも文字や記号であった。
「これが…… 掲示板……?」
「そうよ。この街を根城にしている者達の意思表示よ」
「ほぇ~ いっぱいあるね~」
ネピアとラヴ姉さんと俺は角を曲がった付近で、立ち止まっていた。だがエルモアは先へ先へと進んで行ってしまう。
(エルモン!? 待って!? 今は君だけが頼りだ!)
慌てて追いかけるようにエルモアの後を付いていく。そうして壁一面に描かれいてるグラフティアートだったが、その壁の中心あたりだけ何も描かれていなかった。そう見えていたのだが、その壁の本当の中心には一つのグラフティアートがあった。そのグラフティアートの周りだけ何も描かれていない。触れてはいけない存在のように佇んでいる孤高のグラフティアート。
「……」
「え、エルモア……?」
元気いっぱいの彼女は今、孤高の存在であるかのように中心に描かれているグラフティアートを悲しそうな目で見つめていた。エルモアが見つめているグラフティアートには、黒スプレーで吹き付けたかのように、上から「✕」の印がされていた。
「姉さん……」
「エルモアっち……」
ネピアとラヴ姉さんもエルモアの悲しみを感じ取ったのか、傍らで佇む。
「こんな事をするなら…… 上書きしてくれれば良かったのに……」
「……エルモアどうするの?」
「……時間もらってもいいかなネピア? タロさん、ラヴさん、すいませんがちょっとお時間貰えますか?」
「もちろんだ。何するかは分からんが、エルモアの好きにしてくれ。俺はエルモアと一緒にいる」
「あたしもなんだか良く分からないけど、エルモアっちが元気になるならいくらでも待ってるよ!」
「ありがとうございます。今しばらくお待ち下さい」
すると何か呟くようにして、エルモアは自身の指先近くに魔方陣を展開させた。その魔方陣が展開し縮小し終わった後、彼女の手にはエアブラシのようなモノが握られていた。
「あれは……」
「魔法ブラシよ。あれで直すの」
「……凄いな」
「すごい!」
「ちなみにそのグラフティアートはエルモアが作ったから」
「「 !? 」」
「得意なのよ、こういったアートが。もともと絵を描いたりするの好きだったから……」
「そうだったのか…… エルモアは身体を動かすのが好きって聞いていたから意外だな。その時には、その趣味も言ってなかったし」
「そう? 絵を描きに行く時は何日もかけて山を登ったり、このグラフティアートだって動きながらやれるから楽しいみたいよ?」
「……なるほど」
「すご~いすご~い! 黒く塗られてる所だけ消えてくみたい!」
ラヴ姉さんが興奮するのも分かるくらい綺麗に修正をしていくエルモア。
「これなんて書いてあるんだ?」
「LEVEL UPPERS」
「レベルアッパーズ ……さっきのハンドサインのやつか。エルモアとネピアはそう呼ばれているって言っていたもんな。どういう意味なんだ?」
「……そのうち分かるわよ」
「気になる! ラヴ姉さん! 気になります!」
「お待たせしました」
すると作業を終えたエルモアがこちらにやって来る。元通りになったグラフティアートを満足げに眺める様はまさに聖修道女だった。
そうして俺たち三人は残りの掲示板を眺めるように順を追って歩いていたところ、女の子のエルフ同士だろう争いの声を聞く事になる。