第64話 深森に入ろう!
「じゃあ行ってきます」
「おう。物資の配達だけはよろしくな」
「はい」
バルバードさんとアウロ達に見送られながら、精霊の国の砂浜を森に向かって歩いてゆく。俺たちにはヒポという、見た目がカバな魔法馬と呼ばれる動物を飼っているが、今回はバルバードさんに預けている。もしかすると、船の点検等で力が必要になる可能性があると言われたからだ。
代わりにザンさんというアドリード王国で世話になった人から、プレゼントされた人が引ける程の小さい小さい荷車を持ってきていた。
精霊の国へ上陸したのは俺とエルモアとネピア。そして百万クイーンの借金を俺から背負ったラヴ姉さん。そして、ラヴ姉さんの前掛けが「順風満帆」から「人間風情」に変わっていた。
「これから森の中を歩いて街にいくのか?」
「いえ。駅で魔方陣列車に乗ります」
「えっ!? 列車!?」
「そうよ。いちいち歩いていったら何日かかるかわからないわ」
「ふ~ん。便利なモノがあるんだね~」
そうして森に入った瞬間めまいを感じる。よろける程では無かったが、頭を振るわせる程には感じた。ラヴ姉さんも同じように感じたのか頭を抑えていた。
「ごめんなさい。ちょっと二人には魔法のかかりが弱かったですかね」
「いや……大丈夫だけど、何かしたの?」
「はい。ここはカモフラージュされていて、森に入っても迷うか、この砂浜に戻るように結界が張られているんです」
「なんでだい?」
「駅があるからよ。ラヴ姉」
「なるほど」
すると森の先に一つの小屋とおぼしき建物があった。商店のようで、その横には路面電車のプラットホームのように低いホームが設置されていた。
「おばちゃ~ん! いる~?」
「……あいよ」
「ステータスカードある?」
「何枚だい?」
「え~と…… タローは持ってたよね? ラヴ姉は?」
「ない!」
「じゃあエルモアとだから二枚頂戴」
「あいよ」
おばあちゃんは勘定台の引き出しからステータスカードを二枚取り出して、二人に渡す。このステータスカードという物は、絶対的信頼カードとしてこの世界を支配している。このカードに触れた人の基本情報が表示されるように出来ている。
「おばちゃん。入金したいんだけど」
「あいよ」
「ほら、タローもステータスカード出して」
「あ、あぁ」
そのまま、おばちゃんに手渡して合計四枚のステータスカードが台の上に並んでいる。
「いくらいれる?」
「お金を入れられるのか?」
「うん。これで決済出来るよ」
「マジで? でもアドリード王国じゃそんな事してなかったよな?」
「ここは精霊の国よ? 魔法が発達しているんだから。まぁ、アドリード王国が旧体質ってのもあるかもだけど」
「じゃあ…… 一万、いや二万クイーンくらい入れておくか……」
そう言って巾着袋からお金を取り出して六万クイーン渡す。
「足りないよ。一人二万クイーン入れるんじゃないのかい?」
「……そうだ。ラヴ姉さんは三百クイーンしか持ってないんだった」
「ごめんね~ ズーキくんの頼みは聞いてあげるからさ~」
「あんた…… そんな約束してたの……」
「ただで百万クイーンも貸せるかよ…… あの、おばちゃんこれで」
受け取った合計八万クイーンをレジにしまい、端末のようなモノを出してくる。そうやらこれにステータスカードを触れさせるようだ。
「ピッ」
「ピッ」
「ピッ」
「ピッ」
滞りなくステータスカードに入金は済んで、あまり広くない店内を物色する。すると、なにやらネピアとエルモアがおばちゃんに話し込んでいた。どうやら浜辺に物資を届けてもらうように配達の依頼をしているらしい。
「すごいね~ 精霊の国はさぁ~ ほら? 食べ物とかお酒もここで発注かければ届けてくれるらしいよ? 業者さんが」
「二人のやり取りを見てるとそうみたいだな。それにしても…… なんだか観光地の土産屋みたいだ……」
店内には精霊の国と書かれたペナントや旗、それに箱に入ったお菓子などもあった。そうして俺は、この世界の精霊の国で、以前の世界との偉大なる共通点を発見する。
(星の砂だ…… 小さい瓶に入ってる…… 異世界にもあったのか……)
「ズーキくん! これ! 欲しい!」
「なに? 無駄遣いしないでよラヴ姉さん……」
手渡してきたのはエルフの耳だった。どうやらこれを装着出来るようだ。
(完全に人間相手の土産だよな……)
「なぁネピア」
「なに?」
「ここってエルフ用の店じゃないよな?」
「うん」
「人間のお土産なのか? でも入ってこれないよな?」
「入れないわね」
「じゃあどうして」
「人間を見定めて問題なければ行商しにいくんだよ。この土産を持ってね。この辺りはよく人間が来るのさ。到着して森で迷ってもすぐには出航しないからねぇ」
「なるほど」
おばちゃんの話を聞いて、行商を受けている人間達を思い描く。この土産を買って帰ってその人達は満足したのだろうか。
「まもなく列車がまいります。白線の内側へお下がり下さい」
どこからともなくアナウンスが流れて魔方陣列車の到来を告げる。
「あっ 来ますよ。ホームへ行きましょう」
「待って! 待って! これ買う!」
「まいど。二つで一万クイーンだね」
(高っ!?)
「やったぁ~ へへへ」
「もうお金は貸さないからな。その残り一万クイーンを大事に」
「そんなぁ!? ズーキくんの分を買ってあげたのにぃ!?」
(頼んでませんけど……)
改札にある端末に、ステータスカードを触れさせてホームへと急ぐ。既にホームにいたエルモアとネピア。白線の内側で待機する四匹。
「あっ! きたよ~ きたよ~」
「ラヴ姉あぶないわよ? 白線の内側にね?」
「うん!」
プラットホーム真横めがけて到着する魔方陣。その数は八つ。だがその形は丸を引き延ばしたように細長くなっていた。
「プシュー」
「深森海岸~ 深森海岸~ 終点です。お忘れ物ございませんようご注意下さい」
何かの排気音とアナウンスに合わせてネピアとエルモアが乗車する。俺とラヴ姉さんは恐る恐る細長い魔方陣の上に乗る。魔方陣列車の周りは透明で壁がないので、手をかざしてもその先に手がいってしまう。
(これ動き出したら危なくないか?)
「プルルルルルルルルルルルルルル。 ドアが閉まります。ご注意下さい」
「あっ! タロさん危ない!」
エルモアにそのまま魔方陣の中央に勢いよく引っ張られる。
「プシュー」
「良かったぁ~ タロさん、ドアが閉まる時は気をつけて下さいね?」
(ドア? どこにドアがあるんだ? 透明なんだけど……)
「その、ドアに挟まれたらどうなるんだ?」
「死ぬわよ」
「えっ!?」
「そりゃそうよ。魔法式が展開して外界と遮断するんだから、ちょん切られるわよ」
(危ねぇ!? ちょっと説明不十分じゃないか!?)
「テレレレレレレレーーーーーーーーーーーーーー」
聞いた事があるような音を聞きながら、魔方陣列車は動き出す。とてもスムーズな動きで森の中を疾走する。
「早いな……」
「すご~いぞ~!」
「この魔方陣列車は、下にあるガイドレールの軌間が広いから安定して速度を出せるわ。カーブの多い路線でもね」
「ご乗車ありがとうございます。この列車は極急フルオン行きです。終点フルオンまで途中駅は全て通過いたします。次は終点フルオンです」
「極急とは凄いな、特急とかもあるのか?」
「あるよ。極急、特急、快速、急行、普通の順で停車駅数が変わるの」
「ズーキくん! 詳しい!」
「同じような…… いや大分違うけど、大量輸送できる乗り物はあったからね」
「そうなんですか」
「そういや、フルオンだっけ? その街も超えていくのか?」
「いえ。フルオンが私たちの街になります」
「そうか。じゃあ実家もそこなのか?」
「実家は違うわ。もっと奥の里になるわね。とりあえずフルオンが今の私たちの場所よ」
(俺が一人暮らししてたようなもんか)
「そう! ズーキくん! プレゼント!」
「エルフの耳ですか……」
「ラヴ姉…… これ買ったの?」
「うん!」
「高くありませんでした?」
「二つで一万クイーン!」
「「「( はぁ…… )」」」
「付けて! 付けて!」
「俺これ付けるの?」
「うん!」
仕方なく装着するエルフ耳。なんだか気恥ずかしくなって、後ろを向きながら装着する。すると耳にはめ込んだ瞬間に、身体と同化するような感覚に見舞われた。そうして俺は皆に見せるように振り向いた。
「どう? 似合う?」
「ぷぷぷ…… あーはっはっはぁ! なにあんた!? えっ!? ただの変態じゃない!? マジうける~!?」
「……」
「ちょっと…… タロさんには違和感がありますね……」
「……」
「じゃあ、あたしはどうかな!?」
「……ラヴ姉はしっくりし過ぎてて違和感ないから感動もないわね」
「……そうですね。そのまんまエルフって感じですね」
「……」
「……」
「買わなきゃよかった……」
「……元は俺の金だけどね」
本物のエルフである、エルモアとネピアにそれぞれ評価を頂くが、望んでいた結果が得られず意気消沈する。だが購入してしまった以上、俺たち二人はこれを精霊の国で装着し続けていこうと心に決めた日でもあった。
次回は時間通りに更新予定です。申し訳ございません。