第60話 捕獲しよう!
俺はドローン嬢様を誘き出す手配を済ませて、裏道でネピアと共に物陰に隠れていた。近くには人が引ける程の荷車と諸々の道具。
「ネピア」
「なに」
「どうやって捕獲しよう……」
「なっ! あんた、何も考えなかったの!?」
「はい」
「アホねぇ~」
(くっ しかしネピアに頼るしか他はない……)
「まっ ここに最強最高の魔法士ネピア様がいる事に感謝しなさいっ! はっはっはぁ!」
(失禁エルフの癖に生意気だな)
「お……来たぞ……」
「ふん。思い知らしてやるわ」
辺りを伺うようにして裏道に来たドローン嬢様。彼女はこれから受ける仕打ちなど微塵にも感じていない。
「あら? いらっしゃらないわね…… この私を放置プレイとは……ふふっ」
(放置しないでしっかりプレイしてやるからよぉ……へへっ)
「(あんた……その顔はマジで淫獣ね……)」
「(淫獣はやめて下さい……じゃあ行くぞ……ネピア……)」
「(最初はあんたに任せるわ)」
「(あぁ)」
「……申し訳ございませんドローン嬢様。ただいまこちらにいらっしゃいますので」
「あら? あなたはあの時の下賤な輩。どういう事かしら?」
「あの綺麗に描かれた一枚の絵によって改心いたしまして……それで大商会の方に懇意にして頂いております」
「あらそう? 田舎者にも私の優美さが伝わったかしら?」
「えぇ……嫌になる程に伝わりました……もう我慢出来ないのですよ……ドローン嬢様ぁ!」
「えっ!?」
彼女の驚きと共に全力ダッシュで駆け抜けるネピア。俺にいつもするように鳩尾に一発食らわして捕獲は完了する。
(これ……俺……いつも喰らってるの……?)
死んだようにその場に倒れるドローン嬢様。俺はすぐに手ぬぐいを使い口を縛ってから手と足も縛る。それから持ってきていた、ずだぶくろに彼女をしまってから荷車にネピアと一緒になって載せる。
「よくやったネピア。トレーナーとして誇らしいよ」
「あん? まぁいいわ。行きましょう」
「あぁ」
荷車を転がしながら満足げに歩く俺とネピア。そのまま旧市街にある歓楽街に向かう。エルモアに挨拶しようと思ったが、先に用件を済まそうとして裏口からドローン嬢様を引きずり、五十万クイーンかけて改造・装飾してもらった建物の中に入る。
「……あんた、やっぱ淫獣ね」
「……」
「これ……その……そ、そういった……お店じゃない……」
「ネピア」
「(ビクぅ!)」
「……何もしないよ。そのさ、ネピアの魔法でこの手足に縛った縄を時間で解除出来るか?」
「出来ない事はないけど……いいの?」
「あぁ」
「いつ頃?」
「これが難しいんだけど、多分ここに大勢の人が集まってくる。出来れば人が集まりきった時に縄を解除してもらいたいんだ」
「どうしようかしら……う~ん……そうね、向こう側の部屋にある程度自重がかかったら解除って感じでもいい?」
「ネピア……すごいな……そんな事出来るのか?」
「だから言ったでしょ? 最強最高の魔法士だって」
軽く何かを呟きそれぞれの縄に手を触れる。その後は表口に回り大きな魔方陣を展開させた。
(これ……本当に綺麗だよな……)
「これでいい?」
「助かった。正直ここまで上手くいくって考えてなかったから……今度はもうちょっと考えて作戦を練る事にするよ……」
「精進なさい」
「……はい」
「そういえば口にしている手ぬぐいはいいの?」
「あぁ。喋れない方が都合がいい。それに、ここに来た奴らもその方が都合がいいだろうよ。それとこの表の扉も一緒に開くように出来るか? それまでは確実にロックしててもらいたいんだ」
「うん」
(簡単に言ったけど、簡単にやってのけるな……やっぱネピア凄いよ……)
「それと、起こせるか? こいつ」
「えっ 起こしていいの?」
「あぁ。目が覚めていきなりより、その時間まで少しでも恐怖を感じててもらおう」
足と手と縛った身動きが取れないドローン嬢様。口にも手ぬぐいをされている様を見るとこちらが犯罪者のようにも思えてきた。だがもう始まっているのだ。そうして引き返すという言葉は俺の辞書にはあるが、今現在黒く塗りつぶされていた。
「っ!? ん~ ん~ ん~」
「ご気分は如何ですが? ドローン嬢様?」
「ん~」
「ん~ では分かりませんねぇ。どうも社会派紳士でございます。いつぞやの行いに対して教育的指導に参りました……」
「ん~」
(結構……色っぽいな……)
「ネピア」
「あんた……自分は名乗らないのに私の名前は言うの?」
「……すいません。ズーキです。タロ・ズーキでございます」
「んで? なに?」
「ちょっと席を外してくれ。表にエルモアいるから」
「なっ!?」
「どうした?」
「どうしたもこうしたもないわよっ!? あんたぁ! ふ、二人きりになって……な、なにする気よっ!?」
(ちっ…… ちんちくりんめ……)
「見ていても構わないけど?」
「なっ!?」
(お前の想像を逆手に取ってやる)
「ちょ、ちょっとあんた、や、やめなさいって……」
「ん~ ん~ ん~」
(お~お~ 唸ってるねぇ~ ぐふっ)
「ドローン嬢様? それでは私の方から指導に入りたいと思います。座学と実習があるのですが、どちらがよろしいですか?」
「!? ん~! ん~! ん~!」
「かしこまりました……実習の方で?」
「!?」
「それでは……」
「(ガタッ)」
するとネピアは裏口から外へ行ってしまった。顔を赤らめていたので恥ずかしさに負けてしまったのだろう。だが俺は勝った。
(ネピアの野郎もいなくなったし……社会派紳士! 前進!)
「どうも~ ズーキーで~す! これから実習を開始しま~す!」
「ん~! ん~! ん~!」
「痛かったなぁ~ あの時は本当に痛かったなぁ~」
「ん~! ん~! ん~!」
「お前にも……痛みを感じてもらう。精神的にも……肉体的にも……な?」
「ん~! ん~! ん~!」
「へっへっへっ なかなか美味しそうな果実だなぁ~ えっ?」
「美味しいんですか?」
「!?」
するといつの間にか俺の隣にいたエルモアが俺に問いただしてくる。
「美味しいんですか?」
「……ぃぇ」
「美味しくないんですか?」
「……ぃぇ」
「どっちなんですか?」
「……ごめんなさい」
「はぁ」
「……淫獣」
「……」
(くっそぉ! ネピアの野郎! エルモアを呼ぶなんて卑怯過ぎるだろっ!? 俺はただ受けた苦痛に対する仕返しをっ!?)
「まぁいい。お前は知るだろう男の怖さをな……ふん。行くぞ二人とも……」
「はい」
「……淫獣」
(男はみな淫獣なのさ……この社会派紳士以外にはなるがな……ふふっ)
外に出て裏口の外に作ってもらった閂をする。するとザンさんがここに来ていた。
「首尾はどうだ?」
「滞りなく。いつでも大丈夫です」
「よし。それでは正午前から旧市街のみんなを引き連れて王宮前でデモを行う。正午きっかりに王宮にビラを配布、その足で新市街にも配布する。それと同時に港にいる兵士に例の噂をする。以上だが問題はあるか?」
「ありません。本当に世話になりました」
そうしてザンさんと熱い熱い握手をする。それからエルモア、ネピアとも握手し別れを済ます。
「アンからの伝言だ。お前には守りきるようにと、二人には精霊の加護を、と言っていた。俺からはもう済んだ」
「はい。ありがとうございます」
「あんがと!」
「本当にありがとうございます」
「これから面白くなってくるんだがなぁ……この国はさ……」
「手伝えたら良かったんですけど……」
「いや…… 繋がりがあればまた会えるさ」
「そうですね。まずは今を乗り切ります!」
「そうだ。今を生きれないヤツは後も生きれない。バルバードによろしくな。それと、バルバードの船に俺からのプレゼントがある。大したモノではないが、多少は役に立つだろうよ」
「ザンさん……」
「なんだか……これで最後って気がしないところが、お前らって感じするよ。喧嘩してもいいが、それでもずっと一緒にいろよ?」
「「「はい!」」」
別れを惜しむように旧市街の市場へ消えてゆくザンさんをずっと見送っていた。
「さぁ、俺たちの旅の始まりだ」
「そうね」
「はい」
「そういやさ。私とタローはどうすんの?」
「……考えてなかった」
「はぁ…… あんたねぇ……」
「一緒に案内します?」
(そうだな……誘導するか……)
「よし。ネピアは旧市街の途中。俺は新市街と旧市街の境目辺りで、ここへ誘導するよ」
「ん? あんたは体力ないんだから、私が遠い所にいた方がいいんじゃない?」
「そうなんだけど……上手くいけば港から兵士が王宮前まで行くだろ? その時にネピアが見つかったら目も当てられない。実際に真性どもに捕まったら、お前がいう淫獣に捕まるのと同義だからな?」
「タロー頑張ってね!?」
(一回捕まった方が、俺の社会派紳士度が理解出来るんじゃないのか?)
「そういう事だ。エルモア。まだそれは付けなくていいから、正午になったらそれを身体に付けて、あの建物の中に誘導してやってくれ。真性どもは来ないとは思うけど、最優先事項はエルモアが絶対に無事でいる事だ。いいな?」
「サー!」
「よし。まだ時間があるから、ここで一緒に待機しよう」
「ねえねえ」
「なんだ?」
「ラヴ姉は?」
「あ……」
「ラヴさん、どこにいっちゃったんでしょうか?」
「世話になったのに……別れの挨拶も出来なかったな……」
「探しにいく?」
「いや…… ここにいる事は想像出来るはずだ。ザンさんと一緒にいた以上、あのラヴ姉さんが話を聞いていないとも思えない」
「そうね。ここで待っていた方が、すれ違わなくて済みそうね」
「そうだね」
「よし。念の為に辺りを見渡せる所に、身体を隠して時間を待とう」
物陰に隠れるようにして俺たち三人は、作戦決行時間まで息を潜める事となった。だが、ラヴ姉さんはいつまで経っても、ここに来る事はなかった。