第59話 陽動しよう!
「まず旧市街の人たちを動員して王宮前でデモをしてもらいたんです。理由は昨日の光についての公式発表が欲しいとかなんでもいいです」
「皆も気になっているからな……それぐらいなら出来るだろう」
「ありがとうございます。そして肝心の港の兵士ですが、タイミングを見計らって噂を流して欲しいんです」
「噂?」
「はい。王宮前にジュニアアイドルが来てるって」
「ジュニアアイドル?」
「……実は門番の隊長が真性なんです。その二人の事を気に入っているんですよ」
「……あぁ、そうだったな。旧市街のやつらから聞いていた」
「ネピア。実際どうだった? お前の事を追いかけてきたヤツは結構いたか?」
「……いた。しかも日を増すごとに増えて……うぅ」
(よし。ネピアにとっては悲しい出来事だろうけど、これで陽動は出来るな……)
「噂はジュニアアイドルが来てるって事だけでいいのか?」
「……そうですね。一つ付け加えましょうか。握手会があると……」
「よく分からんが、それでいいのか?」
「はい」
「分かった。それでお前達はどうする?」
「復讐劇を始めます」
「復讐劇?」
「はい。出来れば王宮内にも混乱を出したい。それにはドローン嬢様を誘拐をする必要があります」
「誘拐か…… だが、あまりこちらも派手には動けない。お前も分かっているだろうが、俺たちはこの騒動が終わっても、この王都アドリアに住まなくてはならない。状況によっては北の街に向かう可能性もあるが、今はまだその時じゃない」
「大丈夫です。泥は全て被りますよ。俺とネピアで」
「えっ!?」
「……あの。タロさん? 私は?」
「エルモアには汚れて欲しくないんだ」
「はぁ」
「えっ!? じゃあ私は汚れてもいいって事っ!? おかしくないっ!? 私の扱いおかしくないっ!?」
「お前は参加するって明言したからな。地獄まで付き合ってもらうぞ」
「いやぁーーー!?」
すると悲しそうな目をしたエルモアが俺に自分の意思を伝えてきた。
「タロさん……私も……汚れたいです! 私っ! 汚れたいっ!」
「エルモア……」
「姉さん……」
「しかし……」
「まぁまぁズーキくん。エルモアっちがここまで言っているんだ。それを無下にするのが社会派紳士なのかい?」
今までだんまりを決め込んでいたラヴ姉さんが、俺に問いただしてきた。確かにエルモアがハッキリと自分の意思を表明したんだ。これは俺が酌み取ってやらねば社会派紳士の名が廃る。
「分かった。じゃあエルモアには看板娘になってもらう。汚れ仕事ではではないが、重要な任務の一つだ」
「……看板娘 ……ですか?」
「そうだ。それとザンさん、まだお願いがあるんですが」
「聞こう」
「旧市街の歓楽街の辺りで、一つ部屋を借りれませんかね? そしてできる限り内装は綺麗に」
「何をするんだ? 出来ない事はないが、すぐ始めないと時間に追われる事になるぞ?」
「分かりました。この五十万クイーンで足りますか?」
「……お前の金の使い方は面白いな。復讐にいくらかける気だ?」
「百七十万クイーンはいきましたかね。でも、もう始まって止められないですよ?」
「分かった。その詳細を決めよう」
「はい!」
そうしてザンさんに俺の復讐劇を伝える。そしてこの王都アドリアに住んでいない、自由で勢いのある人たちを集めてもらうようにお願いする。
「ザンさん。それと船乗りは集まったんですか? ここに戻れない可能性もあるような状況で船員になってくれる人がいるんでしょうか?」
「それは大丈夫だ。安心しろ。報酬があれば動く人材が、今朝このアドリアに来ていた。お尋ね者だけどな」
「えっ!? 大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ」
「本当ですか?」
「なんだ……俺を信じてくれないのか? まぁいずれにせよ他に船員はいないからな。諦めろ」
「はぁ」
「それでどうする? 決行開始時間はいつにする?」
「誘拐が上手くいかなくても、正午には行動を起こしたいと思っています。昼食の時間なら兵士も王宮の人たちも多少心に隙が出来るかと考えました」
「あと四時間か……忙しくなるな……よし分かった。そのように手配しよう」
それからザンさんはすぐに行動してくれた。そのザンさんに付いていくようにラヴ姉さんも建物の外へ向かう。
そして俺たちも行動を開始する。まずはザンさんが手配してくれた人に渡す、ステッカー屋で作成してもらったドローン嬢様が描かれた高級紙。合計四百枚で百二十万クイーンの出費だ。
「ねぇ。なんでこれ上下にスペースがあるの?」
「あぁ、そこに書き込むのさ。文字をな」
「文字ですか?」
「そうだ……それとエルモア用の看板も作成しないとな……間に合うか?」
俺は二人に文字の書き込みを依頼したが、あまりの枚数にネピアが愚痴る。それを無視して旧市街にあるステッカー屋に駆け込んだ。
「店主さん! お願いがっ!」
「まいど。なんだか面白い事を考えているんだって? 聞いてるよ」
「はい! 実はこういった看板をすぐ作れないでしょうか?」
そうして店主さんに俺が紙に書いた看板を見せて、作成を依頼する。
「看板かぁ……ウチじゃ無理だけど……お~い! ちょっと来てくれ~」
すると向かいの店に声を掛けてくれた。
「おうどうした?」
「いやね……ウチのお得意さんが、こういったモノを所有しているのさ。しかも特急で……」
「看板が……二枚か……それでこれを貼り付ければいいのか?」
「はい!」
「板もあるし、すぐ出来るよ」
「お願いします! 出来るだけ派手に! それでここに紐を……」
「はいはい。まぁ存分にかき回してくれよ? 最近面白い事がないからな~」
「引っかき回して楽しませるように頑張ります!」
「よし。すぐ出来るから待っててくれ」
「はい!」
そこで待っている間に、俺を探していたザンさんの手の者と打ち合わせする。
「俺はこれをばらまけばいいのか?」
「そうです。実際はこれに文字が入っています。今、俺の仲間が一生懸命書き込んでいますよ」
「そうか。ばらまくだけでいいのか?」
「……出来たら、直接渡せたらいいんですが、出来るだけ多くの王宮の人たちと、新市街の人たちに見てもらいたいんです」
「分かった」
「しかし……その……」
「なんだ?」
「大丈夫なんですか? こんな事したら……お尋ね者に……」
「今現在、王宮の中には入れないだろうから、飛距離を稼げる道具を使って上空からばらまく事にはなる。ただ、上手くいく保証はない。新市街は服装を変えて顔を隠し一気にばらまくさ」
「構いません。ザンさんが紹介してくれた人ですから安心してますよ」
「そう言われると、やる気になるな」
「ははっ。無理しないで下さい。これはただの俺の復讐劇。付き合う必要はないですからね」
「楽しそうな事に付き合わないなんて勿体ないだろう?」
「……よろしくお願いします」
「おうよ」
そうして出来上がった看板と、ザンさんの手の内の人と一緒になって旧市街を走る。屋根裏部屋へと駆け上がり、出来上がっていた四百枚になるドローン嬢様の描かれた紙を渡す。
「気をつけて」
「任せろ」
そのまま階下へ進んでいく陽動員の一人。今回の作戦には旧市街の人たち全員が関わっていると言っても過言ではない。
「……もう何も書きたくない」
「終わりましたぁ~」
「ありがとうな。二人とも」
「……それだけ?」
「……それだけ」
「報酬は?」
「無事成功したらな……」
だらけきった二匹のエルフ。だが俺はまだやる事がある。二人にもお願いしなくてはならない事がある。
「ネピア」
「……なに?」
「悪いが一階で休んでてくれないか? ヒポと荷車を例の船へ積んでくれる人がもう少ししたらここに来るから」
「……あい」
「エルモア」
「はい!」
「エルモアは現地にて任務の詳細説明をする。終了次第エルモアは現地にて待機。陽動作戦決行開始時間の正午以降に、俺とネピアがエルモアを迎えにいく。だがドローン嬢様の誘拐が上手くいけば、その前に会えるかもしれない」
「サー!」
(ノリノリだな……)
「じゃあネピア戻ってきたらドローン嬢様を捕獲しにいくぞ」
「ようやくね……ふふっ……」
(こいつもノリノリだな……)
俺とエルモアは、ザンさんに手配してもらった旧市街の歓楽街に向かう。旧市街の市場はいつもより活気があり、お祭り騒ぎのようになっていた。目的の場所でエルモアを外で待機させた後に一人で建物へ入ってゆく。
「すいませ~ん。ズーキと申しま~す」
「おう。もうちょっとで出来上がるぞ。内装は歓楽街風と聞いていたから、こんな感じでいいか?」
「すごい……いいですっ! 最高です! 」
「そうか。それにしてもいくら突貫工事だっていっても、こんな仕事程度で五十万クイーンはかからないぞ?」
「いいんです。もしそう思ってくれるなら、旧市街の人たちにお酒でも奢ってあげて下さい」
「分かったそうするよ……上手くいけば騒ぎにはなるだろうからな……酒が美味そうだ……」
「それで……裏口は?」
「あぁ。突貫で作ったがここから裏口へ出れる。そのまま例の港へも抜けれるぞ」
「ありがとうございます。裏口側から閂もかけれます?」
「あぁ。それも大丈夫だ。無駄に頑丈にしちまったよ」
「はい。それではこちらもまだ用意がありますので失礼します」
「あぁ。いつか酒を飲める事を期待してるぜ。頑張りな」
「はい!」
建物の外に出てから、そこで待機していたエルモアに作戦を説明する。直立不動で俺の命令を待つエルモア。
「エルモア」
「サー!」
「楽にしてくれ」
「サー!」
(楽になったのかな……?)
「任務は簡単だ。あの角に立ってこれを付けてくれればいい。もし場所を聞かれたらあの建物を指で差してくれ」
「サー!」
「一応、旧市街に入ってからここにこれるように、矢印の大型ステッカーを貼ってもらってるし、あの紙には住所も書いたから大丈夫だとは思うけど……これは結構目立つからな……頼んだよ?」
「サー!」
「よし。じゃあネピアとドローン嬢様を拉致ってくるから待ってて」
「サー!」
(気に入ったのかな……?)
本日は歩いている時の方が少ないんじゃないかと思うくらい走っている。呼吸は苦しいが、気分は高揚している。そうして辿り着く我が家な鍛冶屋ザン。
既にヒポと荷車を受け渡し終わっていた、ネピアに声をかけて作戦開始する社会派紳士。
「ネピア行くぞ」
「ふっふっふっ。ついに来たわね。あの高飛車でいけ好かない女に現実という名の鉄槌を下せるわ……ふふっ」
(俺よりやる気なんじゃないか?)
「せっかく内偵してもらったのに、結局ザンさんの仲間に居場所を教えてもらったから、なんだかネピアに申し訳ないよ」
「いいわ。そのストレスはこれから解消するから……」
(ちょっと瞳が燃え上がってきてますねぇ)
「んでどこにいんの?」
「どうやら自宅にいるみたいだ。それでその裏通りで大商会の一人息子が来るという偽の情報を流してもらうように手引き済みだ」
「そう簡単にいくの?」
「関係ない。俺たちの仕事は奪うだけだ。出てこなければ迎えにいくのみよ」
「そうね。本当にその通りだわ……ふふっ」
(ちょっとネピアが恐いんだけど……大丈夫かな? ドローン嬢様の今後は?)
そうしてトレーナーである俺は、ドローン嬢様をゲットする為に最強のモンスターであるネピアをパートナーにして決戦の地へと向かった。