第58話 混乱しよう!
強烈な光が王都アドリアを照らしてから、初めての朝を迎えた。あの夜、ザンさんもアン様も見つからず、俺たち三人は建物の外でその光景を見続けていた。近くに住んでいる人たちも、息を呑むようにして立ちすくんでいた。
「まだ……帰ってきていないな……」
「どうしたんでしょうか?」
「ザンのおっちゃんが言ってたじゃない。大臣が動いているって……アン様と一緒になって諜報活動でもしているんじゃない?」
俺たちは昨日の夜、近くの住民からいくつかの情報を得ていた。まず、あの光はこの王都アドリアを守っている強力な魔法結界だという事。そして王位を継承する際に発動し次世代へ受け継いでいくという事だ。
そして王位は王女様が継承している状態だったという事。だったというのは、あの光が発動した以上、誰かしらに継承権が移ったという事を表している。
「まずザンさんが帰ってこないウチは、情報に錯綜されないように気をつけよう。そしていつでも行動出来るように俺たちの荷物を荷車へ載せる。俺は事情をヒポに伝えて、荷車も装備させておく」
「分かったわ」
「はい」
階下へ向かい、家畜小屋いるヒポに事情を説明する。もちろんヒポが人語を理解出来るのかは分からなかったが、切羽詰まった気持ちは伝わると思ったからだ。そしてエルモアとネピアも俺のこの行動に口を挟まなかった。
ヒポも何か感じ取っていたのか、こちらに身体を向けて耳を動かしていた。説明しながらヒポに荷車を付けて待機させる。
「どうなるか分からん。今のうちに水と干し草を補給しておいてくれ」
「(ふる)」
一回の耳振りは肯定と受け取り、屋根裏部屋へと向かう。途中で荷物を持って下りてきた二人に協力して荷車に荷物を載せる。
そこにザンさんが慌てたように戻ってきた。その顔はお世辞にも良いモノとは言えなかった。
「いい動きだ。お前らのそういうところは感心する」
「ザンさん!」
「ザンのおっちゃん!」
「ザンさん!」
「まず落ち着け。だが良くやった。いつでも行動出来るように用意をしておくってのは大事だからな。よし。ここで説明するから聞け」
「「「はい!」」」
するとアン様もここにやってきた。冷酷そうな「気」が辺りを漂っている。
「落ち着いているねぇ。いつもそうやってシャキッとしてな……いいね?」
「「「 はいっ! アン様っ! 」」」
「いい返事だ。いいかぃ? こういった時ほどいつも通り馬鹿してな。お前達はその明るさを忘れるな」
「「「 はいっ! アン様っ! 」」」
「ゆっくりお前達と飲みたかったけどねぇ……しっかり……生きるんだよ?」
「「「 はいっ! アン様っ! 」」」
「よし。ザン。後は任すよ」
「任されたよ」
「あんだって!?」
「はいっ! アン様っ! 任されましたぁ!」
「返事はしっかりしろ……いいね?」
「はいっ!」
(絶対なる上下関係がここにはある……)
「じゃ、じゃあ話すな」
(ザンさんも苦労人だな……俺たちみたいなのにも気を使ってくれるし……本当に人格者だよな……)
「まず結論から言う」
「「「……」」」
「大臣がこの国の王となった可能性がある」
「「「 !? 」」」
「そして明朝から一時的に入出国が禁止された」
「えっ!? じゃあ精霊の国へはっ!?」
「今のところは無理だな。港には兵士がうじゃうじゃいやがる」
「ザンのおっちゃん! どうにかならないの?」
「一時的って事に安堵したいところだが、入出国禁止が解除されても、そう易々とは出国出来ないだろうよ。しかもエルフとなればな」
「そんな……」
「それにこの状態で、この国を捨ててまでも出航してくれる船と船員がいないだろうよ。もしいたとしても港は抑えられちまってる」
(なんてこった……役場のアクトゥスさんの言う通りだったんだ……)
「……お願いしますザンさん。この二人だけでもなんとかなりませんか?」
「タロー……」
「タロさん……」
「……ふぅ。お前ならそう言うと思ったよ。だが俺は三人を離れ離れにさせる気はない。おい。聞いてただろ? 入って来いよ」
すると家畜小屋に入ってきたのはバルバードさんだった。
「ズーキ。今回は大変な事になったな」
「バルバードさん……もしかして……」
「そうだ。俺の船で出航する」
「おっちゃん!」
「バルバードさん!」
「でもどうやって……港は抑えられているんですよね? 強行突破ですか?」
「いや……用意も出来ず出航は出来ない。それに沖に出るまでは陸から攻撃される可能性もあるからな。気づかれずに行くには不可能だろう」
「なら……」
「あるのさ……誰も知らない港と船が」
「誰も知らない港と船?」
「嬢ちゃんはたち覚えてるかな? 俺が酒場で奢った時の話しさ。金はあるって言ってただろ? それは本当だったんだ。まぁ……あの時は正直ビビっちまったけどな」
すると乾いた笑いをするバルバードさん。
「いってた! ごっそさん!」
「いっていた気がします。それとご馳走様でした」
「はは、次はお手柔らかに頼むぜ? それでだ……作ったんだよ、莫大な金をかけてな……」
「もしかして……」
「想像通りだろ思うぜ? お上に通せない品物を受け渡す秘密の倉庫があるんだ。そこはな、海に繋がっている。船着き場に倉庫を被せたようなモンさ。流通が減っていたのを機に造船したって訳さ。大分時間はかかったがな」
「バルバードさん。でも……ここには戻ってこれないかも知れないんですよ?」
「海の男に向かって随分な物言いだな。これでも船を作るまでは大分に無茶したもんさ。それに作った船を海に出さないなんて、海の男は名乗れないだろ? 船は飾りもんじゃないしな」
「おっちゃんマジで!?」
「マジ」
「本当ですか!?」
「本当」
「ありがとうございますっ!」
今度はザンさんが割って入り話を始める。
「そういう事だ。既に必要な物資は積み始めて、出航に向けた準備が行われている。だが油断は禁物だ。何故ならどうしたって港に兵士はいる。ある程度陽動したり、騒ぎを起こして混乱させる必要があるだろう。何か考えはあるか?」
(騒ぎか……けどこれは俺たちがやる必要があるよな……ここに残る人たちが騒ぎを起こしたらこの王都で、いやアドリード王国で住む事も出来なくなるかもしれないんだ……何か案は…………そうかっ!?)
「ザンさん……俺に考えがあります。ですがもう少し情報が欲しいです」
「ふっ。分かった。それじゃ聞こうか?」
「それでですね……」
そうして俺は自身の復讐劇と共に陽動作戦をザンさんとバルバードさん、そしてエルモアとネピア、いつの間にか参上してヒポを撫でていたラヴ姉さんに説明し始めるのであった。