第56話 エルモアに避けられよう!
朝になりネピアが屋根裏部屋から出勤する。昨日の事もあったので、玄関まで見送った。なんだか元気そうなネピアをよそに、俺の心は冷め切っていた。何故ならエルモアはここには戻ってこなかったからだ。
(エルモア……俺は本当に愛想尽かされちゃったのか……)
確かに仕方ない。愛想を尽かされてもしょうが無い出来事を俺自身がしたから。未遂だけど。
(あの時……酔いに任せて体験してたら……)
気持ちを切り替えようとするが、上手くいかない。こういった時は身体を動かすに限る。まずはヒポの所へいき、水や干し草を与えてやる。多少ヒポと一緒に裏庭で日光浴した後に、屋根裏部屋の掃除と、自身の洗濯物を片付ける。
(また……裏庭に来たな……)
今度は洗濯した衣服を干しにやってきた。ヒポはまだここにいる。そして俺のやることは終了した。
(はぁ……エルモア……)
どれだけそうしていたのだろうか。少なくとも一時間は裏庭でボーっとしていた。願っても願ってもエルモアに会えない。だがその願いが通じたのか、裏庭へ洗濯物を干しにエルモアがやってきた。
「えっ エルモア!」
「タロさん」
「あぁ、その……昨日はどうして……」
「……すいません。忙しくて」
すると手際よく洗濯物を干したエルモアが、裏庭から出て行こうとする。
「えっ エルモア!」
「どうしました?」
「あ……いや……」
「それではちょっとやる事が多いので、失礼しますね」
「あ……」
そのまま裏庭を出て行ってしまうエルモア。
(やっぱり……愛想……尽かされて……)
嫌な感情が心を支配した頃に、俺は行動を開始した。このままここにいてもしょうが無い。エルモアに会ってしっかり話をしないと考えたからだ。
(よし。話さないと何も変わらないしな)
勢いをつけて階上へと上がっていく。だが気持ちとは裏腹にエルモアはそこにいなかった。
(……いない)
建物の中を探して見るものの、どこにもいない。もう一度裏庭へ行ってみるが、やはりエルモアはいなかった。
「はぁ……どうしよう……エルモアぁ……」
「どうした~? ズーキく~ん?」
「はっ!?」
「?」
気がつくとヒポを撫でているラヴ姉さんがそこにはいた。
「お帰りさん。無事に戻ってきたね。よかった! ラヴ姉さんよかった!」
「……はい。ありがとうございます」
「ん~? どうしちゃったんだい? 元気ないね? 疲れちった?」
「……いえ」
「……話す事で楽になる事もある。逆に話す事で辛くなる事もある。今はどっちかな?」
「ラヴ姉さん……」
「お姉さんの役目の一つさ。判断はズーキくんにあるけどね」
本当にお姉さんの包み込むような優しさを展開するラヴ姉さん。そしていつもの前掛けには「一家団欒」の文字があった。
(家族か……)
俺はあった事を包み隠さずラヴ姉さんに伝えた。気恥ずかしい部分もあったが、ラヴ姉さんは、うんうんと頷きながら話を聞いてくれた。
「そうかい。……でしちゃったの? えっ?」
「いえ……未遂だけど」
「ふ~ん。まっ 男の子だからね。気にする事ないんじゃない?」
「だけど、エルモアに……愛想尽かされちゃって……」
「ん~? ん~? ん~? エルモアっちに愛想尽かされちゃ嫌なんだぁ? え~?」
(めっちゃ嬉しそうなんだけどラヴ姉さん……)
「いいねぇ~ いいよぉ~ 青春だねぇ~」
「……そんな気分にはなれないよ」
「そっ? 案外気にしているのはズーキくんだけだったりしてね~」
「けど、ネピアが……」
「ネピアっちが?」
「愛想尽かされたんだって……」
「ふ~んふ~んふ~ん そうかぁ~ あたしの見立て通りだねぇ~」
「見立て通り?」
「まっ ズーキくんはちゃんと、エルモアっちに気持ちを伝える事」
「でも……すぐにいなくなるんだよエルモア」
「大丈夫! 今日! 終わる! んじゃっ!」
「あっ ラヴ姉さん!」
すると用事が済んだように裏庭から出て行ってしまう。一人残された社会派紳士は、一匹の動物と一緒に地面と一体化するのであった。
(寝てしまったか……)
ヒポの傍らで眠りこけていた俺は立ち上がり、裏庭を後にする。予定も無くやる事も限られていた。そこで考えたのは建物の前でエルモアを待っているという事だった。
(待ち伏せみたいで気が引けるがな……)
あまり真性たちと変わらないんじゃないのかという気持ちを持ちつつも、少しでも早くエルモアに会って話したかった。
いつ頃戻って来るのか分からなかったが、ひたすら待ち続ける。夜も更けて辺りが冷え込んできた頃に見覚えのある体格の二人がこちらへ向かってきていた。
(落ち着け……まずは挨拶だ……)
「え、エルモア! おかえり!」
「ただいまです!」
(あっ……なんか元気だ……)
「……あんた、この私には挨拶はないの?」
「す、すまん。ネピア。おかえり」
「ただいま。じゃあ先に行ってるね」
「あ、あぁ……」
(気をきかせてくれたのかな……)
「エルモア」
「はい。なんでしょうタロさん?」
「その……済まなかった……ごめん」
「え? どうしてあやまるのですか?」
「えっと……その……」
言葉に詰まり困っていると、エルモアが近くに寄ってきた。
「そんな顔しないで下さい。ね?」
「あぁ……けど……」
「ちょっとしゃがんでもらっていいですか?」
「あ、あぁ」
「よしよし」
するとエルモアに頭を撫でられる。全く情けない限りであったが、嬉しくもあった。
「大丈夫ですよ。どうしてそんなに悲しい顔をしていたんですか?」
「その……」
言葉に詰まっていた俺は栓が抜けたとうに心情を吐露した。エルモアが俺を避けているんじゃないかという事まで全部話す。
「そうでしたか。誤解させちゃいましたね。……ずっと仕事してたんですよ。タロさんみたく」
「ずっと……仕事?」
「はい。だってタロさんだけ毎日毎日休みもなく仕事しているのは不公平ですよね? だから私、お願いしていっぱい仕事入れたんです。だからここに戻ってくる時間も少なくて……それで忙しかったんですよ。でもそれも今日で終了です」
「そう……だったのか……」
「はい。だからタロさんの事を避けていた訳じゃないですよ? それに私がタロさんの事を避けるなんて事はありません。ね?」
もう一度頭を撫でられて気恥ずかしい気分にもなるが、心がどんどん温かくなっていく。
「エルモア」
「タロさん」
「……ただいま」
「おかえりなさい」
ようやく言えた挨拶だった。全く不甲斐ない俺は社会派紳士と言えるのだろうか。本日今この時より社会派紳士である俺は、より一層の努力と共に俺にとっての家族であるエルモアとネピアを大事にしていく事を決めた日になったのだった。