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第54話  帰港しよう!



(……)


 記憶とはそこにあった物事を覚えておくことである。だが俺は一切の記憶を封印した。生まれてから今までの記憶を封印した訳ではない。たった一ヶ月にも満たない記憶。長い人生で考えれば一瞬のような出来事。


(……)


 モコから頂いた幸福を惜しみなく使い、たった三週間強で帰港する事が出来る程の大漁。だが俺は幸福とワンセットになっていた不幸も、この三週間強で使い果たしていた。そう、俺は全てを使い切ってここにいる。


(……)


 だが幸福と不幸を使い切っても、手に残ったモノもある。それは今現在、所有しているお金。その金額は四十万クイーン。ちなみに当初の予定賃金だった五百万クイーンを遙かに超えて八百万クイーンの報酬を得ることになった社会派紳士。


(……)


 転覆してしてしまうんじゃないかという程のカニを、この港へと降ろし終わった俺は、キャンプテンガイから一旦報酬の五パーセントを受け取り自由を手に入れた。残りは大金だったのと、相手方の商会からお金が入るまで猶予があるという事だったので、バルバードさんザンさん経由で支払ってもらいようにお願いした。


(……)


 もちろん俺が受け取ることも出来たが、もうここから……港から離れたかった。それと……俺は我慢したのだ。三週間強も。だからこの金を使って遊ぶ事にしたんだ。


(ふふっ)


 まず俺は辺りを見渡す。ここでネピアやエルモアに出会う訳にはいかなった。もちろんあのラヴ姉さんにもだ。分かるだろう。分かるはずだ。三週間強も男だらけの船にいたんだ。それに……あの……。


(うっ…… 思いだすな…… そうさ……これからは娘で満たしてやるぅ!)


 そのまま旧市街にある歓楽街に身体を向ける。まだ午前中。営業しているかは不明だったが俺の身体を止めることは出来ない。


(まて……そうだ……時間はある)


 そういったお店で一杯やりながら乱れても良かったが、まずはちゃんとした酒場で喉を潤わせる事にした。もちろんのことラヴ姉さんがいる店ではない。



「いらっしゃい」

「冷えてるビールを頼む。銘柄は構わない。それと漬物を」

「あいよ。こんな時間だから適当に座って」


 チラホラと客がいたが、どこでも座れるそんな時間。俺の話し方に余裕があるのは俺が成長したからではない。金を持っているからだ。四十万クイーン。ふふっ。ははっ。


「あい。お待たせ」

「ありがとう」

「なんだか機嫌が良さそうですね? 旦那?」

「分かるかい? 解放されたのさ。そしてもっと解放するんだ……」

「ははぁ、何やら溜まってそうですね。んじゃ旦那にはこれを……」


 すると一枚のフライヤーを手渡してきた。そこには「夜の帝王」と書かかれていた。


「ここはちょっとした高級店さ。まぁ、そうは言ってもべらぼうに金額が高い訳じゃない。ただこのフライヤーが無いと入れない、一見さんお断りのお店なんだ」

「ほぉ」

「ここはね~ 娘たちのクオリティが高いなんて当たり前さ。何せ対応がいい」

「ほぉぅ」

「たまにいるだろう? 格安の店にさ、お前の話を聞きにきたんじゃないってのに、延々と自分語りする娘がさ。金を払って娘の話を聞きたいヤツもいるだろう。だが俺と旦那はそうじゃない。な?」

「ほぉぅん」

「あんたが……望むような……結果を、ちゃんっと出してくれる……頼むよ? 旦那?」

「……致し方あるまいて。このように親切に案内され、それを無下に断るなど社会派紳士の名折れ。安心するがよい。ここで軽く引っかけたらすぐに向かおう」

「ありがとうごぜいやす」


 俺は渡されたなんの変哲も無いフライヤーを眺めている。「夜の帝王」その言葉だけで全てを表しているような文言。文字だけで脳内映像補完が出来るこの社会派紳士。もうすでに行為はし終わっていた。

 すると少し離れた所にいた、若い旅人だろう数人が気になる話をしていた。


「あ~ 上手くいかねぇよ~ なんで女とできないんだ~」

「あ~ 女日照りがこのまま続くのかよ……」

「何が足りないんだろうなぁ……やっぱ顔か……」

「「「あ~」」」


 追加注文した冷えたビールを一気飲みし、彼らの元へ向かう社会派紳士。そして俺は彼らに一言告げた。



「心ひらけば股ひらく」

「「「 !? 」」」

「精進する事です……では……」



 俺は支払いを済ませ、後ろから聞こえてくる賛辞の声にも耳を傾けず、この言葉の出所を思い出していた。いや、思い出してしまった。


(キャプテンガイ。あんたのこの言葉だけは後世に残していくよ) 




(ここか……伝説の店舗は……)


旧市街の歓楽街にあったその店舗。見るからにそういったお店ではなく、通常ここいらにあるような建物に見える。俺は臆すること無く魅惑の道を堂々と歩いてゆく。


「いらっしゃいませ」

「そこの酒場で商会された。これでいいか?」

「はい。ありがとうございます。ではこちらに」

「うむ」


(おぅお~ おぅお~ おっちっつっけ~)


 奥のソファーに案内されドリンクの注文を受けると同時に、前払いでもないのに札束をボーイに渡す。


「少ないが十万クイーンだ。よろしく頼むぞ?」

「……ありがとうございます。紳士のお客様には淑女がお似合いかと存じます」

「うむうむ」

「ただいま嬢が参りますので、今しばらくお待ち下さい」

「うむ」


(おぅお~ おぅお~ おっちっつっけ~)


 俺は思う。人生で一番幸福な時は、この待機している瞬間なのではないだろうか。確定した未来。最高の結果。それをこれから教授する。


「お待たせ致しました。アイカと申します。本日はよろしくお願い致します……」


(むぉ~ぉん! きゃわいい! ハフハァ!)


「うむ。社会派紳士である私がこの時間を買い取った。君はゆっくりしてくれたまえ」

「はい…… その…… 飲み物を頂いても?」

「無論だ。既に支払いは終了している」

「お願いしま~す」


 程なくしてテーブルに置かれる二つのグラス。愛おしそうにグラスを持つアイカ君。そして金持ちの社会派紳士であるこの私。これ以上の組み合わせが存在するだろうか。


「乾杯」

「乾杯」

「(クイッ)」

「(クイッ)」

「アイカ君だったかな?」

「はい……」

「とても魅力的で困ってしまうよ……」

「そんな……まだまだ私なんて……」

「いや……この社会派紳士である私がそう判断したんだ。間違いは存在しないよ?」

「はい……嬉しいです……」


(もぉ~ん!)


「何かお吸いになられますか?」


(吸いたい! 吸い付きたいっ!)


「そうだな……葉巻などあれば……」

「分かりました。お飲み物も合わせますか?」

「そうだなコニャック……ブランデーがあればそれで……」

「お願いしま~す」


 ブランデーと合わせて置かれた葉巻。適当な所でカットし、マッチで葉巻を転がすように火をつける。


(ふぅ~ 煙草は吸わない社会派紳士であるが、葉巻は嗜む俺は意識高い系紳士)


 煙草のように吐き出すようにはせず、口から立ち上がる煙を存分に堪能する。


「格好いいですね。お客様のお名前を伺っても?」

「タロ……タロ・ズーキだ。社会派紳士としてこの王都アドリアに君臨している」

「まぁ、そうでしたか。本当に魅力的な御方ですね? タロ様?」


(……金ってマジで重要だな)


「正直負け知らずの社会派紳士だが、アイカ君には負けるよ。はっはっはっ」

「やだ……そんなお世辞を言って……」

「アイカ君? 私は紳士だよ? 嘘はつけない……」

「ほんとですか?」


(きゅい~ん!)


「本当さ。さぁ遠慮しないでどんどん飲みなさい」

「はい」




 俺はそれから存分に時間を堪能する。だが難しい事も分かった。何故なら解放感と共に酒を結構飲んでしまったので、これ以上格好がつけられない。大分に酔っ払ってきている。

 ちょうどその時にアイカ君がお花摘みに行ってしまったので、ボーイに声をかける。


「タロ様。お待たせ致しました」

「うむ。金額は足りているかね?」

「……ありがとうございます。全てのお客様が、タロ様のような紳士であれば良いのにと深く感じております。ご安心下さい」

「うむ。……それでだな」

「はい」

「……分かるか?」

「かしこまりました……これをお渡し致します。こちらは系列店で、夜もストライカーというタロ様が願っている店舗でございます」

「君の名前は?」

「シュワルツィと申します」

「シュワルツィ君。君はこの社会派紳士の右腕になって貰いたい程の逸材だ。私の脳に深く刻み込んだよ?」

「ありがたき幸せ。それでは私の方から一足お先に系列店の方へ話を通しておきます。もちろんまだまだ時間に猶予がありますので、ごゆっくりどうぞ」

「うむ」



 戻ってきたアイカ君と触れ合いながら、今後の系列店での展開を思う存分に馳せる。ボーイが戻ってきた事を確認すると、おぼつかない足取りを隠すようにゆっくりと立ち上がり「夜の帝王」を後にした。


(いいな……この段階を踏んでいく感じは……そして終点へ……)










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