第53話 カニ漁へ行こう!
用意を滞りなく済ませた俺は、残りの休暇を満喫し時は前日。最終確認という訳でなくザンさんの所を訪ねていた。それは一つのお願いだった。
「どうした?」
「……お願いに参りました」
「なんだ?」
「もし俺が……ここに戻れなくても、働いた分は賃金が出ますよね?」
「……あぁ」
「なら……その時はあの二人を精霊の国へ帰してやって下さい。もちろん死ぬ気はありません」
「分かった。安心して行ってこい」
「本当にありがとうございます。それだけが心配だったんです」
「これで憂いはないな。それと、お前がいない間も俺とアンがいる。安心して行ってこい」
「はい!」
心残りだった案件も済み、いつしか安住の地と化していた屋根裏部屋へと戻る。いつものように糠漬けをかき混ぜているエルフが一人。本日はネピアが担当のようだ。
「漬かってるか?」
「うんまいよぉ~」
「うんまいかぁ~」
「美味しいです!」
気がつくと屋根裏部屋から下りてきたエルモアが茄子の漬物を手にしながら、こちらへとやってくる。
「どうぞ!」
「ありがとう」
(美味い……酒飲みたいな……)
「こんなもんね。じゃあ飲もう!」
「流石はネピア嬢! 以心伝心ですな!」
「はようはよう!」
「じゃあもっと漬物を切りますね~」
(こうやって飲めるのも二ヶ月後になるのか……寂しくなるな……)
俺たちはいつも通りに、屋根裏部屋から足を放り出して各々の位置に座った。定位置という訳でもあるのかないのか、自ずと場所は決まっていた。
「「「 かんぱ~い! 」」」
かけ声と共に胃に落ちていく酒。俺とネピアは清酒。エルモアはおなじみのクエルボで一杯始める事になった。
「これも……美味いな……」
「いいっしょ!? これ市場で見つけた新商品なのよ!」
「へぇ、なんて清酒?」
「モコ殺し!」
「なんだか穏やかじゃないな……」
「私もそう思ったんだけどね、モコが魔法を使わなくなるくらいにハマる清酒だって説明されて気に入ったのよ!」
「なるほど……魔法使えなくなったモコは危険から逃げれなくなるからな……」
「そういうこと! のんでのんで!」
「あぁ」
惜しみなく自分が気に入った清酒を分けてくれるネピアに心から感謝して言葉にも出す。
「ありがとう。やっぱ漬物には清酒だよな~」
「……クエルボは楽しみじゃなかったんですか?」
俺にクエルボのショットを手渡そうとしていたエルモア。悲しそうな表情をしながら一旦ショットグラスを置き、片手でクエルボの瓶を持ってもう片方の手で寂しそうに撫でている。
「いっいやっ! そうじゃないんだ! モコ殺しは新商品だし、その名前の由来を聞いて凄く興味が湧いたんだ! だからクエルボも楽しみにしていたよ!」
「そうですかっ! そうですよねっ!? そうなんですよねぇ~! よかったね~ いっぱい飲んでもらおうね~」
(明日から過酷な日々だってのに……選択肢を完全に間違えた気もする……)
「はい! クエルボです!」
「あっ……あぁ……ありがとう (パクッ)(クイッ)(ペロッ)」
(結局こうなるのか……)
「おぉ~ 旦那~ いきますねぇ~」
(けど……本当に居心地がいいんだよな……少しでも気持ちを二人に……)
「正直さ……」
気持ちを吐露しようとしたが、弱音のような気がして言葉に詰まる。
「どしたん?」
「どうしました?」
二人の視線が俺に向けられる。この異世界に来てからそれなりの時間を一緒に過ごしてきた存在。出会ってから一ヶ月も経っていないのに、もうずっと一緒にいた気がする。
「いや……なんでもない! 乾杯! うぇ~い!」
「……」
「……」
「う、うぇ~い」
「……」
「……」
「うぃ……」
「……」
「……」
(勢いで騙せる状況ではないか……)
「……寂しくなるなって……それだけだよ」
「タロさん……」
「タロー……」
「なんだか何気なくこういった時間を過ごしてきたけど、かけがえのない時間だったんだと今更感じててさ……二人が横にいるのが当たり前だったから」
「そうですね。寂しいのは私もです……」
「エルモア……」
「あんたがいなくなると、ちょっと静かすぎるかもね……」
「ネピア……」
(はぁ……実感する。二人がいたからこの異世界でも頑張れていたんだな……)
「でもさ、その先にあるのは精霊の国への切符。これを手に入れられるんだ。しかもこんな短期間で」
「はい」
「そうね」
「だから絶対戻ってくるから、安心して待っててくれな」
「はい!」
「もちろんよ。タローが帰ってくるの楽しみにしてるから……ね?」
しみじみと二人の気持ちを心に染みこませていく。確固たる決心がより強固なモノとなる。
「「「 かんぱ~い! 」」」
それからは帰港してからの事を、明るく明るく三人で話続けていく。
「そうだネピア。一つ頼みがある」
「ん?」
「例のドローン嬢様の案件だ」
「うん」
「まず絶対に無理はしないでくれ」
「あい」
「……本当に分かってるんだろうな。お前に何かあったら頼んだ俺が参っちまうよ」
「……うん。わかった」
「頼むクセに上から目線で済まなかったな。内容はこうだ。ドローン嬢様はこないだ伝えたとおり、昼前後に王宮から新市街へ抜け出しているようなんだ。多分、ドローン嬢様の護衛している下男どもが邪魔で、一人になりたいんだと考察した」
「そうね」
「そこでだ。実際に昼頃に王宮から出ているのかと、王宮からの足取りを知りたい。もちろん何をしているのか分かれば上等だが、そこまでは求めない。とりあえず、どこに行っているのかだけでも知りたい」
「分かったわ」
するとエルモアが寂しそうに質問をしてきた。
「……私には……お願いしてくれないんですか?」
「そんな事はない。ただ、エルモアには汚れて欲しくないんだ」
「はぁ」
「えっ!? じゃあ私は汚れてもいいって事っ!? おかしくないっ!? 私の扱いおかしくないっ!?」
「だってお前……仕返しするってんなら私も参加するよって言ってたろ? それに王宮近くに行くと、あの真性どもがいるかもしれんからな」
「あ……忘れてたぁ……」
激しく後悔するネピア。だが俺はそれに追い打ちをかける。
「ちなみに裏門にいた門番も真性だったからマジで気をつけろよ?」
「マジ?」
「マジ」
「あの……なら私も一緒にいた方が……」
「二人だと目立つかもしれない。けど、そのあたりは任せるよ」
「はい!」
「既に計画は発動している。二人が情報を得られなくても問題ないプランもいくつか考えてある。だからもう一度言うが無理はしないでくれ」
「はい!」
「……絶対無理しないわ」
「……多少は頼むぞ」
一気に気落ちしたネピアと正反対にやる気になったエルモアから、クエルボちゃんショットの連続を喰らい、別の意味で落ちそうになる俺だった。
レタツーという胃腸薬のお陰で、二日酔いになる事はなく日の出前に港に着いた。本日からエルモアとネピアの二人も家事使用人として働き始める日だったのだが、見送りに来てくれている。そしてラヴ姉さんも来てくれていた。
(見送られる事がこんなに嬉しいとは……)
目の前にはこれから乗船するであろう漁船ならぬカニ船がある。今のところバルバードさんは見当たらないが、船の中にいるのだろうか。
「エルモア……寝ててもよかったのに……」
「……ぃぇ」
「バルバードのおっちゃん来ないね」
「そろそろ来てもいい頃だよな……」
「大丈夫! 来る!」
(気に入ったのかな……片言……それとも昔からなのか)
すると倉庫から見覚えのある海の男が船乗りを連れてやって来た。
「よし。いるなズーキ」
「はい」
「こいつらは船員だ。二ヶ月とはいえ命を預ける先輩だ」
「はい! よろしくお願いします!」
「おう」
「よろしくな」
「そんな元気でいられるのは、今のうちだぜ?」
「まぁ~ でもこいつのおかげで俺たちは安心して寝れるからな」
「新人。お前にはみんな期待している。大変だとは思うが負けるなよ?」
「はい!」
「いいねぇ~ 俺も最初はこんな感じだったなぁ……何も知らないで……けど今回は本当に安心出来る」
「おい。お前ら無駄口はそこまでだ。船長がお見えになったぞ……」
(あれ? バルバードさんが船長じゃないのか? 一緒に行かないのか……)
「「「「「 キャプテン! 」」」」」
これから二ヶ月間もお世話になる船の中から、船長と思わしき人物が朝日をバックに登場する。ザンさんのように上半身は裸だったがサスペンダーが付いていた。髪型はモヒカンではなくスキンヘッド。そして口周りとあごに髭があり綺麗に整えている。もちろん海の男らしく筋骨隆々。
だがその風体に見合わない動きをしている。まずはこちらに投げキッス。そしてファッションショーに出ているモデルが歩くようキャットウォーク。そしてサスペンダーを指でつまみ上げてパチンパチンと音を鳴らすようにしてこちらへ向かってくる。
「えっ?」
「あなたぁ~ン? かわいいボウヤねぇ~」
「えっ?」
「大丈夫よ~ン? み・け・い・け・ん! だって聞いてるからぁ~ 手取り足取り四六時中一緒にいてあげるわよぉ~ン?」
「えっ?」
「じゃあさっそく……ね?」
「えっ?」
(えっ? えっ? えっ?)
「おぉ……だいぶ気に入られているな。これなら大丈夫か。キャプテン! キャプテンガイの旦那! そいつの事よろしく頼んだぜ!」
「は~い! バルバードちゃ~ん? こんなかわいいボウヤありがとうね~? 一人前にして返してあげるわぁよぉ~」
「バルバードさんっ!? これは一体どういう事ですかっ!?」
「そいつはガイ。キャプテンガイ。ゲイだけどナイスガイだから心配するな」
「いやぁーーー!?」
「新人のおかげで今回の漁は安心出来るなぁ」
「ホントホント。その分、大事にしてやろうぜ」
「そうだな。この過酷で苛烈な仕事は睡眠時間がほとんど無いけど、それすらも安心出来ないなんて想像すらしたくねぇ」
「あぁ。まぁもう戻れない。あの新人も一皮剥けてここに帰って来るだろうよ」
「いやぁーーーーーーーーーー!?」
俺には見えていたのだろうか。港から見送ってくれた三人の娘たちを。一人は地面に根を張って動いていない。一人は口元を抑えているが明らかに笑いが堪え切れていない。一人は新しい世界を発見したのか、それとも純愛好きだからそうしているのか、顔がとろけていた。
そして俺は、今この瞬間から帰港してくるまでの記憶を封じることに成功する。
ブックマーク二桁に留まらず、評価を頂くという快進撃でございます。これも日頃ご覧下さる皆様の賜物だと感謝いたします。