第49話 ネピアと逃避行!
「そうか…… この宿には続きはないのか……」
「そう。しかも精霊の国でも希少本なの」
俺たちは既に宿屋を出ていて、永眠枕や大量のクエルボを引き取りに市場を歩いている。
「そうなのか?」
「ええ。作者が遅筆な上に出版社が倒産してるのよ」
「そうか…… じゃあもう見れないのか……」
「……そんなに気に入ったの?」
「あぁ。確かにスケベな展開だけど、ストーリーには引き込まれるな。なんだか考えさせられる展開もあって気になるんだよ……はぁ」
「そ、そう? そんな風にいってくれた人はタローが初めてね」
「そうなのか?」
「そうなのよ」
俺は至極残念であったが、致し方ない。もしかすると精霊の国で探す事も出来るかもしれない。それには俺たちが頑張って金を稼いで、彼の地へ向けて旅立つほか無い。そんな思いに耽っていると前からガラ悪そうな輩がこちらへ向かってきた。
ネピアもそれを感じ取ったのか、互いに彼らからよけるように道をあける。だがそれを見越してワザとネピアにぶつかってきた。
「きゃっ」
「痛ってぇ~な~ おい!? なにぶつかってきてんだ!?」
いきなりまくし立てる輩ども。もともとこちらに因縁をふっかける気でいたのだろう。
「ぶつかってきたのはあんたでしょーが!」
「あぁ!? 生意気なガキだなぁ! おい! お前が保護者か!?」
「……」
「なんとか言えこらっ!?」
俺はその瞬間にネピアの脇に手を入れて、俺の後ろへと持っていった。まさにその表現がしっくりくる程にネピアの身体は軽かった。そして俺はその前にある行動を一瞬で行っていた。
「大丈夫か? ネピア?」
「う、うん」
「おいっ!? シカトこいてんじゃねぇ!?」
「黙れっ!!!」
俺の声が市場内に響く。そして市場内にいる人たちも振り向く。そして絡らんできた輩どもが一瞬怯むくらいの突然の大声に、ネピアですら驚いていた。
「た、タロー」
「ふざけるんじゃねぇぞっ!? オラぁ! これが目に入らねぇのかっ!?」
勢いに乗った俺はその怒鳴り声と一緒に、ネピアを振り向かせる。彼女のマントに貼り付けたステッカーを絡んできた輩どもに、指を差しながら見せつけた。
「取扱注意」
「モレモノ」
「衝撃厳禁」
そこに貼ってあるのは三つのステッカー。先ほど購入したステッカーがいきなり役に立つとは思いもせず俺は高揚した気分とともに食って掛かった。
「ここに書いてあんだろうーがっ!? あっ!? こいつはなぁ!? ちょっとした衝撃で漏らしちまうんだよっ!? 取扱には注意しろっコラぁ!? モレモノだぞっ!?」
「あ……すんません」
「すんませんで済んだら、兵士もここには住んでねぇんだよっ!?」
「あ……はい」
「あ? はい? モレモノって書いてあんだろっ!? 漏れてんだよっ!? どうしてくれんだよっ!?」
「え…… その…… どうすれば……」
「脱げ」
「え……」
「脱げ」
「え……」
「脱げ」
「え……」
RPGの選択肢のように延々と同じ会話になる。まわりで見ている市場の人たちも何事かと騒ぎ立てる。
「……こいつはなぁ、社会派紳士である俺の下着は穿けねぇってお達しだ。分かるな? ここで下着を脱げ。そして、こいつに渡せ」
「え…… ここで…… それはちょっと……」
「ちょっとじゃねぇっ!? だいぶ漏れてんだよっ!? 一刻を争うんだっ! さっさと脱がねぇかっ!?」
「そ…… そんな…… 公衆の面前で……」
「その公衆の面前で漏らしてんだよっ!? お前がこいつに衝撃を与えた結果なぁ!?」
「む……無理です……」
「なんなら俺が脱がしてやんよぉ! オラぁ!」
すると騒ぎを聞いて駆けつけてきた真性なる門番の隊長アピストとグラマ。
「おい! 道を空けろぉ!」
「そうだそうだ!」
「ちっ、またこいつらか…… いいところで……っ!? あいたぁ!?」
後ろにいたハズのネピアが俺の真横にいつの間にかいて、俺に物理攻撃をしてきた。
「何すんだよっ!?」
「なにもかにもないっ!? あんたぁ!? いいかげんにしなさいよっ!? こっ、こんな公衆の面前でっ あることないこと叫んでぇ!?」
「はっはぁ~ 語るに落ちましたね? ネピア嬢? たった今、あなたの小さな小さなお口から出た言葉は、あること、というお言葉。これは事実を肯定しているっ!」
「なっ! ただの言葉の一部でしょうが!」
「いいえネピア嬢。この公衆の面前で事実を認めたのはあなたですよ?」
「ぬわぁーーー! ムカつくぅ~! 漏らしてないし! 本当の事実だし!?」
「おい。クズ。その幼気様にその言葉遣いはなんだ!? それにどうしたお前達?」
「へぇ。アピストの旦那。こいつらがあっしに公衆の面前で下着を脱げと……」
「……クズはどこにいってもクズという事だな。よしお前を助けてやろう。だが見返りが必要だな?」
言われた輩は心底嫌そうな顔をしてアピストを見ている。そしてそれを聞いたグラマは嬉しそうにほくそ笑んでいる。
「……その、最近……来ないじゃないか……お前の娘が遊びに」
(真性過ぎるだろ)
「へ、へぇ……ですが、娘が怖がっているんです……」
「なっ! なんだとぅ!? この隊長がどうして怖がられなければならないっ!」
「目が……血走っているって……それに事あるごとに肩を触れてくるのが本当に気持ち悪いと……もう勘弁して下さい……」
「なっ! なんだとぅ!? きっ 気持ち悪いだとぅ!? おかしいっ! この世界はおかしいっ! 歪んでいるっ!?」
(おかしい。歪んでいる。それは世界ではない。お前だ)
「まぁ仕方ありませんね。隊長は嫌われたんですよ」
「あの~ グラマさんも座っていると膝あたりを触ってきて本当に止めて欲しいと……」
「んっはぁっ!? どうしてっ!? おかしいっ! この世界はおかしいっ! 歪んでいるっ!?」
(女王様? お仕事の時間ですよ?)
俺とネピアは互いに睨み合っているものの、選択は一致したようだった。アピストとグラマが打ちひしがれている間に俺たちは逃げ出した。
「あっ!? アピスト隊長! 幼気様があのクズに連れ去られてっ!?」
「よしっ! 追うぞグラマっ!」
「はいっ!」
「やべぇ!? さっそく気づかれたぞっ!?」
「逃げるわよっ!」
「幼気様ぁ! 人工密着サウナをご用意しておりますぅ! さぁ我々とぉ!」
「そうですっ! 幼気様ぁ! 密着!密着ぅ!」
「いやぁーーー!?」
俺とネピアは全力で逃げた。もちろん捕まる訳にもいかず建物沿いを走って逃げる。すると建物の扉から手を出して呼んでいる旧市街の住民がいた。
「こっちだ!」
「助かるっ!」
「ありがとうございますっ!」
「このまま最上階へっ!」
「「はいっ!」」
そのまま階段を駆け上がる。手を出して呼んでくれたのはアン様、ザンさんの知り合いだ。最上階へ登りきる前に、階下から扉を蹴り破った音と真性門番アピストとグラマの声が聞こえてくる。
「どこだ!?」
「今日の運勢、ラッキーワードは最上階! 上ですっ!」
「よしっ! 行くぞグラマっ!」
「はいっ! アピスト隊長っ!」
(なはぁ!? またその占いかよっ!? くっそぉ!)
最上階に着くと、もう一人の協力者が突き当たりの扉を指さしている。
「ここからそのまま飛び出て下さいっ!」
扉に手を掛けていた協力者が、扉を開け放った瞬間をめがけるように走り抜けた。
「おわっ!?」
「きゃっ!?」
すっかりこの展開を忘れていた俺とネピアは空中に投げ出された。俺とネピアは地面に向けて落下していく。だが地面に激突する事はなく、山のように盛ってある干し草に着地して中に埋もれていった。
「どこだっ!? おい!? 貴様っ!? 幼気様とクズがいただろう!? 何処へ行った!?」
「あちらの非常階段から階下へ……」
「よしっ! 行くぞグラマっ!」
「はいっ! アピスト隊長っ!」
(ふぅ~ 協力者のおかげでなんとか撒いたか……)
「ネピア大丈夫か?」
「……なんとか」
「とりあえず状況を確認しよう」
「……そうね」
そう言いながら干し草の中を匍匐前進のように進んでいく。顔を干し草から出した瞬間にあいつらの声が聞こえる。
「どこだっ!?」
「幼気様ぁ~!」
(( スッ ))
顔を出した瞬間に引っ込めた。あいつらが近くを走り去っていく。
「(まだここにいた方がいいな)」
「(そうね)」
二人で辺りを伺うようにする。顔は干し草から出さないが、目の辺りだけは外を見れるように干し草を除けた。
「どこだっ!?」
「幼気様ぁ~!」
(( スッ ))
既に顔は引っ込めていたのだが、何となく声がすると干し草の中へ身体を潜めてしまった。
「(ネピア……諦めて当分ここにいよう)」
「(そうね。その方がいいわね)」
それからどれ程に時間が経ったのだろう。目の前の景色を見るのも飽きた頃、その退屈さを紛らわす存在が俺とネピアの視界に入ってくる。
「(モコきたわよ! モコ!)」
「(おぉ……それも二匹もいるじゃないか)」
ネコをまんまるくしたような生き物のモコ。タンポポの綿毛のようにまんまるで本当に可愛らしい。
「(かわいいわねぇ~)」
「(同意するよ)」
確かにかわいいモコ。だが今回の二匹は仲が悪いのか一匹のモコが近寄ろうとすると、もう一匹のモコに威嚇される。
「(ははっ。あの怒られてるのあんたみたい。そして怒っている優美そうなモコは私ね)」
「(……)」
(クソっ! 負けるな俺みたいなモコ!)
威嚇されても負けないように寄り添っていくモコ。だが今度はもう一匹のモコにパンチされる。モコパンチだ。
「(そうよっ! 不敬な輩にはそういう対応になるわね~ あ~ あんたと私そっくりな関係のモコたちね~)」
「(……)」
(モコ……俺は応援しているよ……大丈夫!)
すると互いに距離を取ったモコ。そして少しずつ近づいていく怒られモコ。背後からゆっくり近づいていく。また同じように威嚇されたり、モコパンチされるかと思っていた。だがそういった状況にはならず、怒っていたモコに怒られモコが後ろから覆い被さった。
「マ~オ」
「……」
「マ~ ッオ!」
「……っ!」
モコ同士の交尾が始まったようだ。
「(!?)」
「(またかっ!?)」
今回は欲情をさらけ出すように全力で交尾を展開する。
「マオ! マオ! マオ!」
「っ! っ! っ!」
モコ二匹の激しい営みが目前で行われている。
「(あっ……あっ……あれ……)」
「(……)」
残像が見えるんじゃないかと思うような、連続運動。
「マオ! マオ! マオ! マオ! マオ! マオ!」
「っ! っ! っ! っ! っ! っ!」
「マオ! マオ! マオ! マオ! マオ! マオ!」
「っ! っ! っ! っ! っ! っ!」
「マオ! マっ! マ…… マォ…… ッオ ……オゥ ……ォゥ」
「っ! っ! っ…… っ…… っ…… …… …… ……」
まだ重なったままだが行為は終了したようだった。
「(あ……あ……あ……)」
「(……ネピア……あのモコ二匹が俺たちだって? ……うっ!?」
うつ伏せの状態から器用にネピパンチを脇腹にされた俺は、この干し草のなかで息絶えていった。