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第48話  ネピアと市場をまわろう!



(それにしも旧市街の市場は本当に広いよな)


 干し芋を食べながら、旧市街の雑多な市場をネピアと一緒に歩き続ける。エルモアと来た時とは違う場所なので、気分はとても新鮮だった。


「目的の場所はまだか?」

「うん」

「宿にいって何するんだ?」

「本読むのよ」

「本?」


(本屋なのか? けど宿だって言っていたしな……)


「……そこはね、本が読める宿なの。漫画もあるよ」

「えっ!? マジで!?」

「マジ」

「そうか~ この世界にも漫画があるのか~ 嬉しいな~」

「……あんたは本当に何も知らないのね」


 そう言うと、惜しみなく俺に干し芋を差し出してくれるネピア。何か先程とは打って変わって機嫌よく話し始める。


「漫画はね、エルフが作っているのよ」

「えっ!?」

「私たちの文化の一つよ」

「へぇ~ 良い文化じゃないか。俺の世界でも……というか俺の国では漫画は一つの文化として完全に定着していたんだ」

「そう。それは奇遇ね」


 素っ気ない言葉ではあるが、ネピアの声の抑揚が好感情であることを示唆していた。


「じゃあこのアドリアでもいっぱい漫画が見れるんだな~ 楽しみになってきたよ」

「……それがね、そんなにはないのよ」

「ん? そんなに無い? そこの宿には少ないのか在庫が?」

「いえ違うわ。私たちは漫画を輸出している訳じゃないのよ。だからこのアドリアで読めるなんて本当に幸運だわ」

「そうか。鎖国はしていないけど、他の国と関わりは少ないんだっけ?」

「そう。けどね、今から十年くらい前かな? まだ私が小さかった頃の話しなんだけど……」


(今でも十分に小さいけどな……)


「一隻の船がボロボロになりながらも精霊の国へ辿り着いたの。当時はその辺りに集落があってエルフが総出で人間たちを助けたのよ」

「優しいな」

「敵意を持って上陸しようとした訳じゃないしね。それにその人間たちも人が良かったみたいなの。それで船を直すのを手伝ったり、食べ物を分けたり、一緒になってお酒を飲んでいるうちに意気投合したらしいのよ」

「それで?」

「人間たちもエルフに感謝し、エルフも人間たちと酒を飲めた事に感謝したそうよ。それでね、その集落は漫画を作成しているエルフがとても多くてね、土産にいっぱいの漫画を寄贈したみたいよ」

「それが……ここに?」

「相当数の漫画だったようね。その人間たちがいたく漫画を気に入って、精霊の国に辿り着いてからずっと読みふけっていたみたいなの。それに気を良くしたエルフの漫画家たちがこぞって渡したみたいね」

「へぇ~」

「そのうちのいくつかが、その宿にあるのよ。まぁ古い漫画ばっかりだし、数も揃っていないけどね」

「読みたい!」

「……もうすぐよ」


 俺の漫画への気持ちが伝わったのか、少し照れくさそうに顔を背け、俺の前を歩いて行くネピア。


「ここか……」

「ここが市場の中心地みたいなの。なかなか良いところでしょ?」


 あぁ、と答えながらその宿を見る。市場のど真ん中に無理矢理宿を作ったように建物がそこにはあった。


「おっちゃ~ん。きたよ~」

「あぁ、ネピアちゃん。いらっしゃい」

「いつもんとこ空いてる?」

「空いてるよ。おや? お兄さんかい? 違うか、人間だもんね」


(えっ!? もしかしてエルフって事を知っているのか!?)


「あっいえ。お兄さんではないです。その……」

「社会派紳士だそうよ」

「社会派紳士? ふ~ん。紳士……なのかい? なんだか面妖な出で立ちだねぇ」

「ハッキリいって紳士では無いわね」


(なっ! どういう風に俺を見たら、そういう言葉が出てくるんだっ!?)


「……ご紹介に与りました、社会派紳士でございます」


 社会派紳士のところのイントネーションを強めにして、紛うことなき紳士であることを強調する。


「まぁ、ネピアちゃんの親友なら安心だね。いらっしゃい」

「親友ではないわね。そこは間違えないでくれるかしら? おっちゃん」


(こいつ……いちいち突っかかりやがって)


「本を大事にしてくれる人なら、問題はなしさ。ゆっくりしてって」

「あんがと」

「……お世話になります」


 勝手知ったる他人の家のようにネピアは奥へと進んでいく。受付兼ロビーのような場所を抜けて個室がある場所へ向かう。いくつかの個室の扉をスルーして目的である場所へ入る。


「なんだかゆっくり出来そうな場所だな」

「それには同意するわ」


 扉を開けると四畳半ほどの部屋だった。落ち着いた色のラグにクッションが四つほど置かれていた。肝心の漫画は確かにそれほど多くはなく、数えられる程であった。


「ネピア」

「なに」

「あの人はお前がエルフって知っているのか?」

「そうよ」


 部屋に入り、漫画をそうそうと手にすると耳袋の付いたフードを取り、リラックスモードへと移行する。もちろんクッションも装備したネピアだった。


「……お前が言ったのか?」

「そうよ。だってこの漫画見て」


 見た目も古い漫画だった。けれど、なんというか大事にされているという事が伝わってくる。彼女らの表現の仕方で言えば、精霊がそう言っているかのようだった。


「……何回も読み返されているだろうし、古い漫画なんだろうな。けど大事にされているように感じる」

「それが分かってくれるのなら安心ね。私がエルフだって事をいったのも、漫画に対する精神の姿勢に感銘を受けたからよ」

「なるほど」

「精霊の国からここの宿にくるまで、転々としてきたことが分かるわ。けれどこの漫画たちは幸せものよ。だってこんなにも大事にされているんだから」

「なんだか俺も嬉しい気分だよ」

「よかった。タローがそういう人で本当に嬉しいわ」

「そうか? なんだかネピアに褒められると気持ち悪いな。ハハッ」

「……」

「……」


(一気に場の雰囲気が悪くなったぞ……正直者は損をするってのはここでも一緒か)


 すると、ネピアはこちらを一瞥した後に本の世界へダイブする。傍らには干し芋。俺は本棚にある漫画を手に取ろうとはせず、タイトルを見続けていた。


(ハローワーク・コインランドリーの憂鬱・戦場の洗浄・エルフは見た・ゴールデンボール。はぁ~ 色々あるなぁ~ どれがいいんだろう?)


「なぁネピア」

「……」

「なぁ」

「……」


 先程の物言いが気にくわなかったのか、無視をするネピア。だが俺はどうしてもネピアに聞いてみたかった。


「ネピア。何かお勧めある?」

「……あんたはこれでも読んでなさい」


 ネピアは一冊の漫画を俺に手渡してきた。


「ヤンキー魔法少女? これが面白いのか?」

「スケベなあんたにはお似合いよ」

「なっ!? この社会派紳士に向かってスケベだとぉ!?」

「……いいから黙って読みなさい。淫獣」

「……淫獣はやめて下さい」

「……」

「……」


(淫獣はヒドくね?)


 本の世界から戻ってこなさそうなネピアを尻目に、渡された漫画を見る。表紙には特攻服マトイを着たセミロングな少女が描かれていた。だがその顔は悲しさに満ちあふれている。


(なんだか無理矢理に着させられている感があるな)


 読み始めると俺は一気にその内容に釘付けになった。ヤンキーが苦手な大人しい少女が、いたずら目的で車に連れ込まされる。そこで魔法世界の住民であるマスコットが、悪を打ち倒していく事を条件にヤンキー魔法少女として力を与える。


(よかった。彼女は無事だ)


 読み進めていくと、あるキーワードが俺の目に飛び込んできた。それは「淫獣ズーキー」という言葉だった。


(ネピアの野郎……これを見せたかったのか。クソっ!)


 そんな怒りとは裏腹にストーリー自体は引き込まれたので、どんどんとページを進めていく。すると主人公の少女に危機が迫る。どうやら「気合」を入れ続けないと魔法効果が薄くなり、特攻服マトイが消えて全裸になってしまうようだ。


(負けるなっ!)


 俺の思いも虚しく、少女はストリートで全裸になってしまう。だがなんとか敵は倒せたようだ。しかしそこにつけ込むかのように、現れる怪しいおじさん。


「……お嬢ちゃん大丈夫かい?」

「あっ、やっ、見ないで……」

「これを着て。私の背広ジャケットで悪いけどね」

「……ありがとうございます」

「けれどこれじゃあんまりだ。そこのホテルでお着替えしよう」

「えっ…… ですけど…… そこはラヴホテルじゃ……」

「違うよ? 全然違うよ? あれはブティックホテルさ」

「ブティック……ホテル」

「そう。ラヴホテルじゃないから安心だよ?」

「そ、そうですか……じゃあ」

「さぁ…… いこうか……」


 そこでページは終わっていた。


(おぃー!? 駄目だよ!? 全然駄目だよ!? 完全に騙されてるじゃん!)


 俺は少女のこれからの展開に危惧し、本棚から次巻を取り出そうとする。だが見つからない。どれだけ探しても見つからなかった。


「おいっ!? ネピアっ!? この続きはどこだっ!?」

「おわっ!? えっ!? なにっ!?」


 いきなり現実に戻されて驚いたのか、目を見開いて俺を見つけているネピア。


「オラぁ! さっさと続きをよこせってんだよぉ!?」

「なっ なによ! 驚かせないで!」

「いいからよこせっててんだよぉ! こっちはもう臨戦態勢なんだよぉ!」

「なっ! そんなに欲情して…… あんたっ! 本当に淫獣だったって訳ねっ!?」

「淫獣だろうがなんだろうが構わねぇ! オラぁ! 続きはどうしたっ!? あっ!?」


 俺とネピアは互いに距離を取る。相手から視線を外さないように横へとジリジリ移動する。先に動くか、それとも相手の出方を見るか。だがその選択肢を選ぶ事なく、この件は終了する。


「あの…… 他のお客さんもいるから静かに頼むよ?」

「「……はい」」











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