第46話 ネピアに誘われよう!
結局のところ昨日は市場から逃げおおせる事は出来たが、クエルボ大人買いセット、永眠枕三人分の引き取りに関しては出来なかった。
何せ真性門番のアピストとグラマが懲りもせず、俺たち……もといロリフターズ……あいつら風いうなら幼人様をずっと探し続けていたからだ。アン様、ザンさんの手の内の者が気を利かせてくれたようで、既に二つの店には事情が伝わっている。
(いい天気だ)
相変わらずの裏庭で洗濯物を干している。そして傍らにはヒポがいる。家畜小屋から裏庭に通じる扉を開けて連れてきた。
「干草うまいか?」
耳を軽く震わせるような返事にはもう慣れて、それが肯定であると判断する。
「あっ ここにいたのね」
「おう。ネピアどうした?」
「荷物の引き取りついでに出かけない?」
「いいよ」
「もう行けるの?」
「あ……ちょっと待ってて。昨日、取り込み忘れた洗濯物を屋根裏部屋に置いてくる」
「そう。じゃあヒポとここにいるわね」
ネピアとヒポを裏庭へ待たせて階上へと上がる。最上階に着くと屋根裏部屋へ続く階段下に、エルモアのショートブーツが置いてあったので、彼女が屋根裏部屋にいる事が分かった。
「お~い。エルモア~ 出かけるぞ~」
そう言いながら屋根裏部屋へと続く階段を上がっていく。
「タロさん」
「よっ 戻ってきたけど出かけるぞ」
「……すいません。ここにいます」
「ん? 出かけないのか?」
「……すいません。クエルボは私が後で受け取りに行きますので」
「別にいいよ。クエルボもちゃんと受け取ってくるから安心してくれ」
「そういう訳にはいきません。買ってもらったあげく、荷物もちまではさせられません」
「まぁ……俺がエルモアの禁止項目に触れたのが原因だし、それは気にしないでくれ。そして本当なら昨日持って帰れたのを邪魔したのは、あの真性どもだからな」
「……」
「……」
昨日は一時様子がおかしかった時があった。そして、たまにではあるが思いに耽るようになったエルモア。
「嫌なこと思い出させてしまったか?」
「!? いっ、いえ……大丈夫です」
「そうか。何か用事でもあるのか?」
「その……したいことがありまして……」
「したいこと? 何か手伝う事はある?」
「いっ、いえ! 大丈夫ですっ!」
「本当? それで何するの?」
「……」
「……」
「め……」
「め?」
「め……瞑……想……です……」
(えっ!? エルモアが瞑想っ!? えっ!?)
「……その……だから……一人で……させて下さい」
「う、うん。もっ もちろんだよ! 一人の方が……都合……いいだろうし……ね?」
「は……はぃ……」
「じゃっ じゃあ……瞑想頑張って」
「……はぃ」
(うわぁ~ なんか照れてる! エルモアが明らかに照れてるよぉ!?)
俺にとっても一人の時間は大事なので、邪魔しないようにすぐ屋根裏部屋から出て行く。そのまま裏庭で待っているネピアの元へ向かう。
(エルモアの瞑想って本当の瞑想だよな……もし……もしかすると……いやまさか……)
俺の思考は完全にエルモアで埋め尽くされていた。右を見てもエルモア、左を見てもエルモア、上を見ても下を見てもエルモア、振り向いてもエルモア。エルモアが俺の頭を駆け巡る。
(エルモアは修道女って感じするよな。母性もあってそれでいて全てを包み込むような優しさがある)
裏庭へ出るにはこの扉を開けなくてはならない。だがこんな思考を持ってネピアに会いたくない。あいつには絶対知られたくない。知られたらシバかれてしまう。
「おっ お待たせ~ ネピア~」
「……」
「ね、ネピアちゃん?」
「……あんた……なにを考えてんの?」
(ビクぅ!)
「……」
「……」
「……ナニもかんがえてません」
「……考えているわよね? 何か不埒なことを?」
(くっそぉ! なんでこいつ分かるんだ!?)
「いえいえ。これからネピア嬢様とお出掛け致しますので、不詳この社会派紳士が舞い上がってしまったに過ぎません。ご安心を」
「あんたはこの私と……出かけられるのが嬉しい?」
「左様でございます。ネピア嬢様」
「そう。なら私のメリットは何かしら?」
「……」
「……」
「……替えの下着を用意できます」
「……」
「……」
「いつまでそのネタを引っぱるつもりかしら?」
「尿漏れはとは人生そのもの。背負って生きていかなくてはなりません。ですがせめて社会派紳士であるこの私が一緒にいる時だけでも、多少の漏れに関してはお守り致します」
「それがメリット?」
「はい。漏れさせません」
「どうやって?」
「……こうやっ うっ!」
両手で器を作り、実演しようとした瞬間に世界が暗転した。
「ンゴォ!」
(ビクぅ!)
耳もとで大きな音がしたので驚いて起き上がると裏庭にいた。そばにはヒポがいて、どうやら鳴き声で起こされてしまったようだ。
「あぁ……起こしてくれたのか?」
するといつも通りに耳を震わせて質問に対して肯定する。俺を起こした事で満足したのか、地面に置かれた饅頭のように大地と一体化する。
(は~ぁ…… 眠気は吹き飛んだな……何するか……)
ヒポと別れを済ませて裏庭を後にし、屋根裏部屋へ戻ろうとする。すると一階の通路にある長椅子に腰掛け、何かを食べながら本を読んでいるネピアがいた。
「おっ、なに食ってんだ?」
「……干し芋」
「俺にもくれよ」
「……」
「……」
「(スッ)」
「ありがとうな」
ネピアから貰った干し芋を、長椅子に腰掛けながら食べる。横から視線を感じるが、干し芋が意外に美味かったので味を堪能する。
「美味いなこれ」
「……うん」
「どうした? 腹でも痛いのか?」
「……ううん。大丈夫」
「そうか。あ~ なんだかよく寝たみたいでさ、意識がハッキリしてて良い気分だよ」
「そ、そう。な、なら、私と出かけない?」
「いいよ。んじゃエルモア呼んでくるな」
「待って。エルモアはやることあるから……行かないって……」
「やること? なら一緒に手伝うか……」
屋根裏部屋へ行く為に、腰掛けていた長椅子から離れようとすると、ネピアに服の裾を掴まれた。
「いいから。ほら、行くわよ」
そう言いながら俺を引っ張って建物から連れ出される。そうして始まる長い長い一日の幕開けになるのであった。