第43話 エルモアと出かけよう!
ネピアと組み合っていたせいで、モコに触れる事なく裏庭を後にした俺は、エルモアの誘いを受けて旧市街の市場へ赴く事になった。
「あれ? ネピアは?」
「本を読んでいたいそうです」
「そうか……ちょっとエルモア待っててくれる?」
「はい」
俺はもう一度、裏庭へ足を運んだ。せっかく市場に行くので、もう一度誘ってみようと思った訳ではない。
「ネピア」
「……なに」
明らかにこちらを警戒している。 あぐらを組んで座り本を読みふけっているように見えるが、実のところネピアの腰が僅かに浮いている。これは異変が起きた時に素早く後方へ飛ぶための構えだ。
「……」
「……」
俺は思った。このまま動かずここに居続けたら、ネピアはどうなるんだろうか。空気椅子のあぐら版のような体勢をし続けられるんだろうか。
「……」
「……っ」
(ちょっとキツくなってきてやがんの……ハハッ)
筋肉が悲鳴を上げて全身がプルプルと振動し、以前のように電動エルフと化してきたネピア。
「……」
「……っ ……っ」
(あっは~ん んっ! 気持ちぃ~!)
気分が良い。大変良い。快楽といっても差し支えない高揚感が俺を支配する。だがこのまま続けると我慢という言葉を知らないネピアは、またもや尿漏れを起こす可能性を否定する事は出来ない。
「……」
「……っ ……っ ……っ」
(まぁ……いいか、漏れても)
俺はネピアが尿漏れをしないように「骨盤底筋」の筋肉を鍛えてあげているのだ。ここの筋力が低下すると内臓が下がって膀胱が圧迫されたり、尿道を締める力が弱くなったりして尿漏れを起こしやすくなるという。
これは海でサーフィンしていた時に失禁マイスターの先輩から聞いた情報だった。そうして物思いに耽っていると目の前にいたハズのネピアがいない。
「……っ!?」
(なっ!? いないっ!? もしやっ上かっ!? ……うっ!)
俺は海で出会った失禁マイスター先輩に感謝をしながら、がら空きになった鳩尾に一発綺麗なのを入れられ、いつも通り意識を闇へと落としていくのであった……。
目覚めたのは同じく裏庭だった。意識が戻りつつあるも何が起こったのか完全に忘却していた。
「タロさん。大丈夫ですか?」
「……あぁ。俺……どうしたんだっけ……?」
「えっと……」
「……?」
何か言いづらそうにしているエルモア。俺はそのエルモアの膝に収まるようにして仰向けになっていた。人の温もりを感じる膝。それを枕のようにして横たわっている。
「気持ちいいな……」
「そうですね……いい天気です」
「こんな天気だと出掛けたくなるよな……」
「はい」
「……じゃあ一緒に出掛けるか」
「はい!」
俺は名残惜しかった膝枕状態を解除し、裏庭から建物を通って外に出ようとする。しかし一つ気になった事があったので、エルモアに声を掛ける。
「あれ? ネピアは?」
「本を読んでいたいそうです」
「そうか……ちょっとエルモア待っててくれる?」
「はい」
俺は階段をゆっくり上がり屋根裏部屋へと向かう。最上階まで上がりきった所でネピアを発見する。窓から外を眺めているようだ。
「ネピア」
「っ!?」
「どうした?」
「……」
何故だかネピアの挙動がおかしい。ネピアは自分のいる場所を再度確認するように辺りを見回す。
(どうしたんだ? 窓の近くは行き止まりだし何もないぞ?)
「ネピア? どうした?」
「……」
「? ……まあいい。市場に行くけどネピアも来るか?」
「(ふるふる)」
「行かないのか? もしかして読んでいる本がいいところなのか?」
「(こくん)」
「そうか。邪魔したな。じゃあ行ってくる」
「……」
珍しく静かなネピアを見て、いつもあれくらいだと可愛げがあるのにと考えながら、エルモアが待つ階下へと向かっていった。
「お待たせ。行こうかエルモア」
「はい」
エルモアと一緒に建物から旧市街の市場へと歩き始める。本当にいい天気で、ただ歩いているだけでも大変気持ちがいい。
「いい天気だな~」
「そうですね~」
「ネピアも一緒に来れば良かったのになぁ」
「……もう一度、誘いにいったのですか?」
「あぁ。けどエルモアが言った通り本を読みたいってさ。ネピアは本が本当に好きなんだな」
「はい。あの子の趣味みたいなものですから」
「そういやエルモアって何か趣味あるの?」
「趣味……ですか?」
「うん。前にも言ったけど、エルモアの事もネピアの事もまだまだ知らない事が多いからさ。気になっていたんだ」
「そう……ですか……」
あまり歯切れの良くない返事をして黙ってしまうエルモア。俺は間違った選択肢を選んでしまったかのように後悔した。
何せ自分がもしそう聞かれたら何て答えたらいいのか迷うからだ。自分に聞かれても困るような話を振ってしまうなんてどうしようもないと思った。
(趣味って……なんだろうな)
「……すいません。私、趣味ってないかもです」
「そ……そうか。すまないな。何か他の話を……」
「違うんです。聞かれて困っているわけではありません。本当になにが趣味なんだろうって考えていたんです」
「そのな……実は俺もなんだ」
「本当ですか? じゃあ同じですね!」
「あぁ」
嬉しそうにそう話すエルモア。だが俺は趣味について思考し始めていた。
(趣味……単車も車も好きだったけど……今はないし……旅は……今してるし……海もここにはないしなぁ……)
「私は身体を動かすのは好きです。けど趣味かどうかは分からないです」
「分かる。俺もこの世界にはないモノが好きだったけど、趣味かって聞かれると……なんだか答えづらい」
「趣味ってむずかしいですね」
「本当だな」
「好きなモノがあっても趣味というか、ただ刺激を求めていただけの結果なのかなって思ってしまいます」
「あるな。それはある。俺にとっては的確な言葉だ。刺激。まさにそれだな」
「けど楽しいですよね。新しい刺激に飛び込むときは本当に」
「ワクワクするよな」
「はい!」
刺激を求めてこの異世界に来た訳ではなかったが、普通に生活しているだけでも以前の世界とは違う事が多いので、俺には大変刺激になっている。
だがエルモアにとってはどうなんだろうか。精霊の国とアドリード王国では違いがあるのだろうか。俺はエルフ関係の話になるので、まわりに聞こえないようにエルモアのフードにある耳袋の側にて囁くようにする。
「(ここは刺激あるか?)」
「(!?)」
するとエルモアが身体を一瞬だけ硬直させた。
「……その……困ります」
流石に往来では精霊の国について、話す気はなかったのか黙られてしまう。先程に続いて選択肢をミスをした俺は心から反省した。
エルモアがエルフとバレてしまったら困る事になる可能性もあるというのに、この始末だ。
「……ごめんな。悪かった」
「……はぃ」
(なんだか気まずくなっちまった。どうしよう)
「あ~ エルモア? クエルボでも買いにいかないか? その……悪い事したから俺が奢るよ……な?」
「……」
「エルモア……」
「……次やったら……めっ! ですよ?」
「あぁ! さぁ行こう!」
「はい! いっぱい買ってもらいますから!」
元気になってくれたエルモアを見て一安心するも、心配の種を自分自身で蒔いた事に全く気がつかず市場の中を一緒に歩いてゆく。