第39話 何とか謝ろう!
「アイツ? もしかして俺の事?」
「そう。正直まわりの話じゃ最低のクソ野郎。それどころかあたしの中じゃ最優先で始末したい対象だ。何せこのあたしの逆鱗に触れたからね」
逆鱗に触れた俺はどうなるのだろうか。冗談で言っているような雰囲気ではない。むしろ今ここで俺が生きてるのが不思議なくらい殺気だっている。
刀を目の前に突きつけられているような恐怖感。だが彼女が所持しているのは十手。しかもそれを今は手にしていない。それでもそう感じる程の殺気がここにある。
「……」
「……」
(まず謝るか……逆鱗なんて言ってたしな……しかし逆鱗に触れた俺が謝って済む事なのか……)
「……大変不快な思いをさせてしまったようで申し訳ない。ごめんなさい」
「……」
「……」
「……」
(ガタッ!)
(ビクっ!)
「あ~ いいね~ 流石あたしが見込んだ男だよ~ う~ん」
思っていた行動と真逆だった。そのまま撲殺されるんじゃないかと思っていたら、愛おしそうに抱きしめられている。
「あの~ どういう事なんでしょうか?」
「あたしが惚れ込んだってことよ! あんたをさっ!」
(えっ! マジで!? 正直嬉しいんですけど! これは早い段階で既成事実を作る必要があるな。後で冷静になって素に戻られても困るしな! よしっ! 確認確認!)
「はい! それは俺の事が好きって事ですよね!?」
「そうさ! 惚れ込みまくったよ~ さぁさぁ。その辺り話そうよ~」
(キター! 異世界で春到来! しかもこんな明るくて可愛い娘に…… 若人妻の趣味嗜好は置いておいて現実を堪能しようじゃありませんか! この酒場は上で宿泊が出来たよな!? 個室を早く確保しなくては!)
「はい! どんどん話しましょう!」
「その前に…… 上に行こう? ね?」
(仕事とかマジでどうでもいいな。この為に俺たちって生きているんじゃないの? それが俺たち生まれたモノの定めだろう? よし一番いい個室だな。人生の記念日は異世界で…… はぁ…… 来てよかったわぁ~)
「はい! 一番いい個室でお願いします!」
「気前いいね~ なんだかあたしも盛り上がってきたよ~!」
(いえいえ。同じですからご安心を)
「はい!」
「ちょっと悪いんだけど今日ね? お仕事なの? だから外れるとなると、お金が必要なの。大丈夫かな?」
「はいっ!」
「ちょっと待っててね? 店長~! 体調不良で早退しま~す!」
ラヴ姉さんは俺が渡した一万クイーンを持って厨房へと消えていく。そのまま消えて戻ってこないような寂しい展開にはならず、個室の鍵と高そうな清酒を持って嬉しそうに戻ってきた。
「いい部屋って言ったから…… 最上階のにしたよ?」
「はい!」
「じゃあ行こうか。楽しみだね!」
「はい!」
階段をあがる事に高鳴る俺の胸。このまま上がり続けたら心臓が爆発してしまうんじゃないかという程の高鳴り。ラヴ姉さんに連れられるようにして最上階を目指す。既に俺たちは手を繋いでいる。既に繋がっているが、これからはもっと繋がっていくのだ。
(おぅお~ おぅお~ 落っちっ着っけ~)
もうどうにもこうにも我慢出来そうにない。ラヴ姉さんの手から伝わる彼女の体温。俺が緊張しているからなのか汗ばむ手のひら。この状態でも体液の交換をしている状態。けれどそんな生やさしいものではない。これからは全身を使って互いの体液を交換し続けるのだ。
(社会派紳士として生まれて早二十二年。長かった…… 長かったよぉ……)
気がつくとそこは最上階の個室だった。ここが酒場とは思えない程に瀟洒な作りで、まるでこれから過ごす二人の時間を考えられて作られているように思えた。
「ね? ズーキくん?」
「はい!」
「興奮してるの? 私もだよ? ちょっと待ってね~」
互いの興奮を確認し合い完全なる合致を認む。ラヴ姉さんは持ってきた高そうな清酒をお猪口に注ぐ。そしてそのお猪口を手渡してくる。
「二人の出会いに……」
「出会いに……」
「「乾杯」」
(……美味い。味もさることながらこの展開が清酒の美味さを引き出しているっ!)
「じゃあ早速始めようか! ね!」
「はい!」
(めっちゃリードされてるけど、全然OK! むしろ全てをお任せしまっす!)
「じゃあ二人の事どう思ってる!?」
「……えっ? 二人ですか?」
「うんうん。下じゃ細かい所まで話せないからね~ エルフの二人の事さ~」
「え…… その……」
「あ~ 流石だね~ いい男だぁ ここまでしても安易に口を割らないとは、いや~ あたしの目が腐っていたのかもね~ 大丈夫! アンさんから聞いてるし、ザンさんからも聞いてる。ズーキくんが訳ありだって事もさ」
(別の世界から来たって事も知ってるのか…… だけどなんで二人の事を? ラヴ姉さん! ずるいよっ! 焦らすなんてっ!?)
「ね~ ど~なの~ どう思ってるの~?」
「え~と、二人に関しては早く精霊の国へ返してあげたいって思って……」
「そういうんじゃなくってさぁ~ ほら~ 好きとかあるじゃん? ね?」
「……好きです ……か?」
「えっ! やっぱ好き!? だよね~ じゃなきゃ一緒にいないよね~」
「……あの?」
「でも凄いよ~ 二人の奴隷解放までしてさ、それで国へ返してあげる為に必死になって大金を稼ごうとするその一途さ……ラヴ姉さん参った! 参りました!」
「はぁ」
「あたしね? 本当に噂通りのヤツだったら止めてやろうと思ったの…… でも良かったぁ…… あの時に止めなくて!」
(止める? あの時って…… 初めて会った時の事か?)
「あの…… 止めるって?」
「息の根」
「マジで?」
「マジ」
(死んでいたのか…… もしかしたらあの時に……)
「どうして……」
「そりゃ奴隷商人だしね。それと一番大きいのは二人がエルフだったって事さ」
「エルフ? エルフに何か思い入れが?」
「ちっちっちっ! よく聞きなっ! このラヴ姉さんはねっ! 異種姦こそが究極美だと考えているっ!」
(え……? 異種姦?)
「おっと異種姦なんていうには時間が早かったかい? それにあまり響きのいい言葉でもないかもねぇ。私も一般人には異種交配と伝えているけど、ズーキくんのような特殊嗜好の紳士には直接的な表現で伝えたくてね~ いや~ まさかこんな名誉紳士に出会えるとは~ ラヴ姉さん興奮しちゃったよ~」
(え…… 興奮ってそういう……?)
「けどね? ズーキくん? いいかい? 異種姦なんて聞くとなんだか強引で愛がないように聞こえないかい?」
「あ…… はい」
「違うんだよ。そうじゃないんだ。異種姦は純愛なんだ! 種族を超えて繋がろうとする、その気持ちが純愛じゃなくてなんなんだい!?」
「あ…… はい」
「こういった話をすると、すぐにそういったクソのような展開に持って行くクソが多くてうんざりしていたんだ。だが今も名誉紳士でいてくれるズーキくん。君は逸材だよ。うんうん。お姉さん大好きさぁ!」
「あ…… はい」
「奴隷であった幼いエルフを身を挺して救い…… そして奴隷解放申請まで行った。そして今…… 彼女たちが故郷へ帰る為に全力で働き続けている……なんたる純愛。ううぅ…… あたしゃ嬉しいよ…… こんな名誉紳士がこの世界に! そしてこのあたしの前に現れるなんて! ああっ女王様っ! ありがとうございます ありがとうございます」
「あ…… はい」
(え…… これ…… 俺の…… 気持ちは……? 何処へ……?)
「いや~ 異種姦には純愛ってこだわりがあってね~ これを蔑ろにされると逆鱗に触れられたみたいに感じるのさ~ あるだろう? ズーキくんにもさ?」
「あ…… はい」
「さぁさぁ! 二人の出会いに乾杯だ~!」
「あ…… はい」
気の抜けた返事と合わせて何回目になるか分からない乾杯をする。美味い清酒だったと脳は覚えていたが、現状の俺の舌で味わう事は出来なかった。