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第38話  気持ちを切り替えよう!



 どうやって帰ってきたか覚えていない。お酒を多く飲まれる方には経験があるだろう。覚えていないのに戻ってきているんだ。

 あれから日が沈んでも松明を掲げ石を運び続けた。尋常ではない大きさの石を皆で運んだり、ギリギリ持てるサイズの石をひたすら別の荷車へ移しかえた。


 そして今は屋根裏部屋ではなく、以前に飲んだ酒場の二階にある相部屋ドミトリーのベッドの上で横になっている。宿を確保していない新人たちと一緒に深夜営業しているここへ泊まりに来た。

 数時間もすれば起きてコロシアムへ向かわなければならない。二人を深夜に起こしてしまう事と、少しでも睡眠時間を取るという事を考えての宿泊だった。


(寝ないといけないのに…… 寝ないといけないのに……)


 そう思うと気持ちだけ焦ってなかなか寝付けない。あれほど身体と精神を酷使したにも関わらず寝れない。気持ちが高ぶっているのか、明日の仕事に対して緊張しているのか…… 寝れない。


(寝ないといけないのに…… 寝ないといけないのに……)


 もう床についてからどれだけ経っただろう。本当に寝ないと明日……いやもう今日か……もたない。もし睡眠を十分に取ってたってもつか分からないんだ。


(早く…… 早く寝ないと……)


(早く……)


(早……)


(早)





 気がついた。起きたという意味もあるが、確信したという意味でもあった。何せ窓からサンサンと太陽の光が漏れて、俺の顔に当たっていたからだ。


(やっちまった!)


 俺は着の身着のまま外を飛び出し、慌ててコロシアムへ向かう。


相部屋ドミトリーなら誰かが起きた時点で気がつくと思ったのにっ!)


 いつもはネピアがアラーム代わりにしている警告音で起きている俺ら三人。しかし昨日は仕事が遅くなり朝早い連中と一緒の相部屋ドミトリーに泊まった。だが結果はこうなってしまった。





「すいませんでしたっ!」


 たまたま昨日のように、兄貴とじいさんが二人で手順を確認している所に割って入る。頭を深々と下げて謝意の気持ちを伝える。


「あぁ…… お前…… わざわざ来たのか。義理堅いな」

「使えないヤツだったけどな……」

「本当にすいませんっ!」


 すると二人ではなく、昨日もいたコロシアム周辺に座っている奴らが笑い始めた。心底楽しそうに、そして心底馬鹿にするようにこちらを見てくる。


「ああいう間抜けがいるから本当に助かる」

「本当だぜ。こんな稼げる仕事を棒に振るなんてよっぽどの間抜けだ」

「まぁ、そいつのおかげで一人席が進んだんだ。感謝してやろうぜ?」


 またもや大きく笑い出して、こちらを馬鹿にするような目つきで見てくる。


「まぁ、そういう事だ。残念だがお前はクビだな。もう二度とここで仕事は出来ない」

「えっ!?」

「なんだ? 知らなかったのか? 人気あるからなこの仕事。いくらでも代わりはいるんだ。諦めな」

「あ……」

「まっ 気持ちを切り替えな」


 そのままコロシアムの中へ消えていく兄貴とじいさん。残される俺と、俺のような間抜けを待っている輩たち。


「あ~あ。こないだみたく事故でも起こってくんないかねぇ~ そうすりゃ俺たちも仕事出来るのになぁ~」

「いいね~ 日中に頑張りすぎてぶっ倒れるヤツも欲しいね~」

「そろそろ来るだろ? だけどこいつみたいに一回でも脱落したら終わりだから気をつけねぇ~とな! はっはっはぁ!」


(戻ろう…… 彼らの言う通りだ…… ここにいてもしょうがない)




 当てもなくコロシアムから新市街を通り旧市街へと歩く。屋根裏部屋へ帰るべきなのだが、二人になんて言えばよいのか分からず、二の足を踏んでいた。


「旦那。今日はヒポちゃんと一緒ではないのかな?」

「……あぁ。商店のおじさん。今日は…… ちょっと一人なんです」


 そんな俺に話しかけてきたのは、奴隷解放申請を行った時にヒポを預かってもらった商店のおじさんだった。


「また連れてきてくれるかい? なんだか寂しくてねぇ……」

「……はい。分かりました」

「どうしたの? なんだか元気ないね?」

「……仕事が ……上手くいかなくて」


(なんで嘘ついてるんだろ……はぁ……)


「なら旦那、酒場で厄払いなんてどうです?」

「……酒場ですか」


(そういやおじさんの一言でがあって、解放記念パーティーを酒場でしたんだよな)


「気持ちを切り替えた方がいい時もありますから」

「……そうですね」


(コロシアムの兄貴も言ってたよな……)


「旦那。またヒポちゃんを連れて来て下さい」

「はい」



 商店のおじさんに言われ以前飲んだ酒場の方へと向かう。だが俺の心は微妙だった。仕事はクビ。新しい仕事も探さず午前中から一人酒。いくら気持ちの切り替えだって言っても、それはあんまりなのではないだろうか。


 そうやっていつも通り選択から逃げ続けて、結局何もしないという事が多かった今までの人生。だがそう簡単に決められる事でもなかった。

 結局のところ気持ちの切り替えなど夢のまた夢で、この気持ちを引きずっていくのだろうと現実的にそう考えていた。


「兄さん兄さん! 奴隷商人の兄さん! いい娘いるよ~ どうだい飲んでいかないかい?」


 酒場の近くで奴隷商人呼ばわりされる。声がした方を見ると、解放記念パーティーの時に注文を取りに来てくれていた店員の女の子だった。

 元の世界の居酒屋によくあった服装で、上は甚平で下は和風パンツ。赤みがかかった長い髪を手拭てぬぐいで包みかんざしと合わせて後ろで纏めている。

 違いがあるとすれば前掛けに「見敵必殺」と書かれているところと、地下足袋を履いている所。そして前掛けの紐に掛けてある十手だ。

 

「あ…… いや…… 結構です……」

「嘘だぁ~ 女の子好きじゃなかったら、あの娘たち二人と一緒にいないでしょ~」

「いや…… そういうので一緒に入る訳じゃ……」

「あ~ そういえばいないねあの娘たち。あの二人に逃げられちゃった?」

「逃げられては…… いないですけど……」

「ふ~ん」

「あの…… ここってそういう店でもあるんですか?」

「えっ? なんだぁ~ ほら~やっぱ女の子好きだね~ いいよ~ いいんだよ~ 流石は奴隷商人さんだねぇ~」

「ちょ…… 気になっただけですよ。それに俺は奴隷商人じゃないですから」

「気になっちゃった? それに奴隷商人じゃないときた。何か事情がありそうだね~ どれどれ。お姉さんに話してごらん? ん?」


(違う世界から逃げてきました! とは言えないよな……)


「とりあえず色々ありまして、たまたまそういう風に見えたんですよ」

「……お姉さんには話してくれないんだ。ふ~ん」

「話すと長くなりますんで……それでは…… っ!? ちょっ! 待っ!?」

「ここは酒場だよ? こんな所で喋ってどうすんの? さぁさぁ入って飲もうじゃないか!」

「いやっ 本当にそんな気分ではっ……」


 この世界の娘たちは力が強いのか、そのまま袖を捕まれ強引に酒場の中へ連れて行かれる事になった。




「なに飲む?」

「……じゃあビール下さい」

「どんなのがいいの?」

「エールっぽい…… いや、冷えてるラガーでグイッといきたいです」

「あいよっ!」


 長くて綺麗な赤みがかった髪を、馬の尻尾のよう左右に振りながら歩いて行く。明るい性格と言葉遣い、それと面倒見の良さそうな所がとてもお姉さんを感じさせるが、体躯はかなり小柄なので、そのアンバランスさが人懐っこさを醸し出している。


「へい! お待ち!」

「えっ? 一気に二つですか?」


(まぁ…… どうせ一杯目はすぐ飲むしな……)


「ん?」

「え?」


 気がつくと彼女も隣に座り持ってきたビールを手に持っている。


「じゃあかんぱ~い!」

「あっ かんぱ~い!」

「「んっ…… んっ…… んっ…… ぷはぁ!」」

「んあ…… 飲んじゃったね~ すぐ持ってくるよ~」

「あ、はいお願いします」


 同じように厨房に消えると二杯目を用意してすぐ戻ってきた。満面の笑みと一緒にお盆の上に置かれる四つのジョッキ。


「冷たいのはこれね。こっちは後で飲んでも大丈夫なヤツ」

「はい。ありがとうございます」

「ねぇねぇ。もっと楽に話そう? あたしはラヴ。ここで仕事している酒場の女さ。ラヴ姉さんでも、ラヴでも、姉さんでも好きに呼んでくれい!」

「じゃあラブ姉さんで。よろしく。俺はタロ・ズーキ。こっちも好きに呼んでくれ」

「あいよ。じゃあズーキくんの奢りに乾杯!」

「えっ! あっ! 乾杯っ!」


(やっぱ奢りか……)


「そんでどこいっちゃった? 二人は?」

「借りてる家にいますよ」

「もう手籠めにしちゃった?」

「ぶほっ!?」

「あ~あ 勿体ないなぁ」


 いつの間にか手にしていた布巾で俺の粗相を綺麗にしていく。


「んで、どうなの? ね~え~ お姉さんに教えてごらん?」

「……そんな事はしていません」

「なんで?」

「なんでって…… その為に一緒に入るわけじゃないから」

「じゃあなんの為に?」

「……色々ありまして」

「……」

「……」


 するとラブ姉さんは俺にすり寄った後に耳打ちしてくる。


「(大丈夫…… エルフだって事は内緒にしておいてあげるから)」

(!?)

「……どうしてそれを」

「おうおう。恐い顔しなさんなって。大丈夫! このラブ姉さんはお味方さんだ!」

「はぁ」

「ん~ いまいちって感じかい? ならこれでどうだ……このあたしはねアンさんザンさんの知り合いなのさ……」

「……なるほど。それで話を伺っていると」

「そうさ。ここで三人が飲んでた日の後に、ザンに直接聞きにいったのさ。アイツはどんなヤツかってね」

「アイツ? もしかして俺の事?」

「そう。正直まわりの話じゃ最低のクソ野郎。それどころかあたしの中じゃ最優先で始末したい対象だ。何せこのあたしの逆鱗に触れたからね」


 いきなり場の雰囲気が変わった。先程までの人懐っこさは消えて、全ての感情が負に置き換えられたような怒りがそこにあった。

 初めてここでラヴ姉さんと会った時に見せられた刺すような視線を今この目の前で再現されている。

 中途半端な時間なのか店内は閑散としている。もしかすると俺は彼女に誘い込まれてしまったのかもしれない。











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