第37話 コロシアムを建設しよう!
俺は高給取りの行く末がある、コロシアム建設の作業員として転職に成功。二人もハウスキーパーとして同じく転職に成功したが、仕事は来週頭からだった。
(眠いが…… 頑張らなければなるまい)
事前に申告しといてあるとは言え、気持ち良さそうに寝ている二人を起こすのは気が引けた。なぜなら屋根裏部屋の床板を上げないと外に出れないし三人寝れない。そういう狭さをもった部屋だった。
昨日市場で購入した格安の作業着に着替え始めれば、物音で起きるかとも思ったが快眠中である。
「(……おはよう)」
「……」
「……」
起きる気配もなく二人とも寝続けている。気が引けるもここから出ないと仕事にはいけない。これは二人の為であると言い聞かせて声をかける。
「……おはよう」
「……ん ……んあ ……おはよ タロー」
「……」
相変わらずエルモアは寝たままだったがネピアが起きてくれた。
「……すまないな。ちょっと降りさせてくれ」
「……うん。ほら…… エルモア……」
ネピアはエルモアを引きずるようにして床板の可動部分から動かしてくれた。ネピアに軽く礼をして階下へ降りていく。
「……いってらっしゃい」
「……あぁ。行ってくる」
たどり着いた王宮近くのコロシアム建設現場前では、日の出から多くの人で賑わっていた。その人々をまとめている存在に声を掛ける。
親方というよりも兄貴といった方が良さそうな方で、体つきもしっかりしているが何せ見た目が若い。けれど仕事はキッチリこなしそうな好青年であるように感じた。
「本日からここで働く事になりましたタロ・ズーキです。よろしくお願いします」
「おう。タロ・ズーキな……」
ステータスカードを見せながら名前を申告する。登録簿を確認した兄貴が声を掛ける。
「おし。初めてか。ならまず荷揚げからだな」
「荷揚げですか」
「大事な仕事だ。その場所まで荷物を持っていかなければ作業も出来ない」
「はい」
「何せこのコロシアムは大きい。上まで全ての荷物を運ぶには骨が折れる。一番キツイ仕事だな。新人の通過儀礼と言ったところだ」
「はい。わかりました」
「んじゃ……ちょっと待ってな。担当者呼ぶから」
そう言うと、少し離れた所にいた年輩の方に声を掛けて何やら話し合っている。俺の事だけでなく、今後の作業内容に関しての意思疎通を図っているのだろう。
何気なくこのコロシアムの入口付近を見回すと、近くに座り込んでこちら睨みつけている輩が少数いる事に気がついた。一向に仕事に行くような素振りは見せず今度は仲間と喋り合っている。しばらくして兄貴がじいさんと一緒にこちらへ戻ってきた。
「おう。待たせたな」
「はい……」
「どうした? あぁ…… あいつらの事か?」
気になるような目線をしていたようで、兄貴がそう話をしてくる。
「真面目に仕事していれば関係ない話だ。じゃあ頑張れよ。一緒に付いていって言われた事をやればいい」
「はい。よろしくお願いします」
「……こっちだ」
「はい」
言われるがままおじさんに着いていき、これから運ぶであろう荷物の前に到着した。山のように置かれているモノは木だ。丸木や板状にされたモノが個々にまとめられている。
「これを全てコロシアムの上へ運ぶ」
(マジかよ……)
「返事しろ」
「はいっ!」
「場所はあそこだ。まだ足場が出来ていないところがある。あそこに持って行く」
「はい!」
「いいな。じゃあやれ」
「はい!」
元気よく返事をしたものの、先が思いやられる。一本だけ丸木を持ってみたものの、重い上にバランスが上手く取れない。何せ重量もさることながら長さも四~五メートル程ありそうな勢いだ。右肩に担いでみたものの前後にふらついてしまう。
「……何やってる。一本だけ持ってどうするんだ。日が暮れちまうぞ」
「あっ…… はい…… すいません」
(二本……持てるか?)
なんとか二本持ち上げる事に成功するが、じいさんは全く納得していなかった。
「……そのままでいろ」
(えっ?)
すると、じいさんは二本担いでいる俺の肩にプラス四本も丸木を載せてきた。そのまま崩れ落ちる情けない俺だった。
「何やってる! しっかり持て!」
「はっ はいっ!」
崩れた六本の丸木を持ち上げようとするが全くビクともしない。この丸木を上げないと仕事にはならない。だが六本まとめて持ち上がる気配は微塵も感じなかった。
「……使えねぇ新人だなぁ。 おい! 持ち上げられるだけ自分で持って立ってみろっ!」
「はいっ!」
情けない事に二本持ち上げてバランスを取るのが精一杯だった。そこに先程のように追加で丸木を載せてくる。こんどは二本だった。
(ぐおっ! ……あっ ……はぁ ……なんとか ……だけど ……動けない)
「ちっ 四本かよ…… いいか? 六本持てれば二回で済む仕事が、お前じゃ三回必要になる。ようするにお前は役立たずだって事だ」
「はっ は……い」
「日が暮れるまでずっとやってろ。いいな。ちっ……」
そう吐き捨てると丸木を八本持ち上げてコロシアムの上へ平然と向かっていくじいさん。俺はじいさんの半分も一人で持ち上げる事も出来ない。そして今、その四本ですら動く事もままならない。
「うっ はっ…… く…… そぉ……」
なんとか動き出すものの、丸木が前後に振られてしまいその場で立ち止まってしまう。肩にのしかかる尋常ではない重さ。
(……この状態で上がっていけるのかよ。……それでも ……やるしかない)
気合いを入れてみたもののさほど変わらずその場でふらつく。前方に重心が偏っている為にバランスが悪く、動く事もままならない。重心位置を変えたいのだが、一度丸木を下に置いたら二度と持ち上げる事は出来なくなる。
仕方なく、一か八かで重心位置を真ん中に持っていく準備をする。一度軽く腰を落とす。全身をバネのように使えるイメージをする。重心位置を再度確認し予想重心地にあたる場所を頭に叩き込む。
「(頼むぜっ!) オラぁっ!」
俺は腰を落とした反動を使い、丸木を一瞬だけ肩から上方へと押し上げる。肩から丸木が離れた一瞬を見逃す事なく身体を後方へと移動する。すぐさま肩に四本の丸木が落ちてくる。
(んがぁっ!?)
丸木四本の重さが全て俺の右肩に落ちてくる。一旦は崩れ落ちそうになるも、なんとか堪える事が出来た。
(はぁっ…… はぁっ…… はぁっ…… お……し…… 丸木の重心が……肩にきたな……はぁ……)
だからこれを運べるという根拠は一切ない。ただ、先程のようなふらつきはなくなり、純粋な重さのみが俺を支配する。
(行く…… しか…… ねぇ……)
バランスが良くなった事が幸いしたのか、なんとか前方に向かって歩き始める事が出来た。一歩また一歩と大事そうに歩いて行く。だが丸木八本を持って普通に歩くじいさんのようにはなれなかった。
(……無理 ……だろっ こんなんで…… あと何本……)
そう思い絶望するも歩き続けるしかなかった。だが真の絶望はこれからやってる。コロシアムの外壁に纏わり付くように並べられている足場。そしてその足場を上っている作業員たち。
(当たり前だよな…… 上に運ぶんだから……)
そのお世辞にも広いとは言えない足場を縫うようにこの丸木を持って上っていく。その時点で心は折れかかっていた。
(……行こう)
覚悟というよりも肩に載った丸木を支え続ける自信がなかったので、前に進む事を決意しただけの事である。
実際に階段を上り始める。丸木の前方が前に当たらないようにする為に丸木を起こそうとするが、重みで動けなくなる。
(くっそぉ! これなら重心が前にあった方がっ ……良かった ……のか)
身動きが取れなくなり階段途中で右往左往していると、前から作業員が荷物を持ってやって来た。
「何やってんだ! 早く上れよっ! 待ってやってんだぞっ!」
「はっ……」
返事する事も叶わず、バランスを崩した俺は丸木ごと後ろへ落ちる。身体をあたりにぶつけ、丸木にも当たる。
「おいおい…… お前 何やってんだ……?」
「……す すいません」
怒る気力も失せたのか、呆れるように俺の横を通り過ぎていく。もう俺にはこの四本の丸木を持ち上げる気力も力もなかった。そう完全に心が折れてしまったのである。しかしこの場に丸木を置いておけるハズもなく、一本ずつ上の階へ持って行く。
(どうすんだ? マジで……)
どうしたら良いのか全く頭が働かず、周りに邪魔になりつつもその場で惚ける。
(これじゃ本当に役立たずじゃないか……)
仕事を放り出す訳にもいかず、さらに一本丸木を減らして三本にして持ち上げてみる。なんとか持ち上がるが、それでもキツイ事には変わりなかった。
(けど…… これなら……)
恐る恐る前に動き出して階上へと進む。もう何回上がっているのかも分からなくなった頃、目的の場所へ到着する。丸木をその場所に置き一呼吸すると、声を掛けられた。それは先程のじいさんだった。
「……お前が二回仕事して一回分だぞ。しかも何分かかってんだ? ……これでお前と同じ給料を貰っている奴はどう思う?」
「……すいません」
「ちっ 使えねぇヤツばっかよこすんじゃねぇよ」
「……」
そのまま階下に降りていくじいさん。じいさんの言う通りだったので何も言い返せる事はなかった。
それからもずっとずっと、運び続ける。三本だった丸木が二本になり、右肩の感覚が無くなり、左肩の感覚も無くなる。足が棒のようになった頃にようやく終了の日の入りとなった。
(お…… 終わった…… 肩が…… 血だらけだ……)
もうベロベロになった肩の皮膚。痛覚がないという訳ではなかったが、この状態から解放された事が大きく上回っているようで、痛みに関してはよく分からなかった。
(……とりあえず 今日は…… 終わった……)
明日の事なんか全く考えられなかった。この状態から屋根裏部屋へ戻る気力すら生まれてこないからだ。
すると現場から離れていく作業員たちを呼び止める者がいる事に気がついた。どうやら出口で人を探しているらしい。
(なんだ? まぁ…… 俺には関係ない。給料もらって帰ろう……)
給料を受け渡している場所も出口近くだったので、吸い込まれるようにそちらへ向かって行く。給料を貰う行列を見て辟易したが、貰わない訳にもいかずその列の一部に加わる。
「はい給料。中身確認して」
「はい」
(正直確認すら面倒だ……)
「大丈夫です」
「名前は?」
「えっ? タロ・ズーキです」
すると朝と同じように登録簿を確認している。もう何も考えたくなかった。だが俺の第六感が訴えかけてくる。そしてそれに気がつかない振りをする。
「新人はこっち。あそこで集まってるとこ行って」
「えっ?」
「通常なら新人は後回しなんだけど、イレギュラーみたいで人数欲しがってるんだ。良かったな。まだ稼げるぞ。」
「えっ?」
「じゃあ次の人」
「えっ?」
「邪魔だよっ!」
言われると同時に横に吹っ飛ばされる。そこまでする事もないだろうと、いつもなら詰め寄ってたかもしれない。だがそんな事はどうでも良かった。
「えっ? 稼げる? えっ?」
心で収まりきれず、声にも出てしまう。終わったと思ったのに終わっていなかった。ここで帰れても帰れるかどうか分からないくらい疲弊しているのに仕事。意味が分からない。働く意味が分からない。
その時にそのまま逃げ出せば良かったんだ。ただあまりにも突然の死刑宣告に戸惑ってしまったのが敗因だった。
「おい。人が足りてねぇんだ。行くぞ」
「えっ?」
「あれ? お前丸木落としてたヤツか。新人は強制参加だとよ。ついてるな。行くぞ」
「えっ?」
「聞いてないのか? 採石場から石を運んでた荷車がぶっ壊れたみたいでよ、新しい荷車へ移し替えるんだ。しかも馬鹿みたいに積んでたみたいだから、他の荷車に積んでいる超過分も分散するってさ」
「えっ?」
「お前本当についてるよ。行くぞ」
最後は言葉にする事も出来ず、この場から逃げる事も出来ず、二現場目に強制エントリーする事になってしまうのであった。