第36話 転職しよう!
ロールの葉のお仕事で得られた金額は、八日間で十六万クイーンちょっとだった。一日あたり一人八千クイーンいかない位だ。座りながら出来て本も読める最高の仕事かもだが、俺やエルモアには続けていくのは不可能に近かった。
年中無休なので同じ仕事量を毎日こなせれば一ヶ月で七十万クイーンほど。ネピアなら余裕でこなせる仕事だろうが、現実的ではなかった。
「また安宿巡りか……」
「……落ち着きは重要ですね」
「何しようかね」
ネピアはあまり気にしていないようで、正直気持ち的には助かっていた。だが俺の心は乱れていた。
(今回はエルモアも参ってたけど、本当にこんなんでいいのか? どんなにキツくても頑張るべきなんじゃないのか?)
少なくと二人が降参する分には良いと思うが、そこに自分が列を連ねるというのはいかがなものか。そういった感情が昨日から渦巻いている。
今回はいつも仕事が決まる安宿に一番最初に来ていた。験を担ぎ未来を託す事にしたのだ。
「あんたらロールの葉はやめちゃったのかい?」
「はい。すいません。どうもじっとしてられなくて」
「そうかい。あんたらちゃんと働くって聞いてるよ。二件とも高評価さ。ロールの葉の人も惜しがってたよ」
「あんがと!」
「ありがとうございます」
「ふ~ん。使えないのは兄ちゃんかい? この二人の事は良く聞くんだけどねぇ」
「ぷっ」
(くっそぉ! こいつぅ!)
「いいかい? 色々あってこの王都は変化してるんだ。だからこそチャンスがある。王都民以外が結構いなくなったの知ってるね?」
「あっはい。伺っています」
「そこでさ。今まで仕事しててくれた人がいない。だから必然的に求人は増える。……だけど実際人がいなくなっているから、少ない人でも回せるんだよ。だけど中には欲しがっている所もあるのさ」
「はい。けれど求人をみた感じですとあまり増えていないように感じるんです」
「……いいかい? 黙って聞きな。募集出来ないのさ。表だってね」
「そ~なの?」
「なんでも王都民以外を雇うと税務員の査察が入るって噂なのさ。こっちも痛くない腹を探られたくないしね。だから口コミで斡旋しているのさ」
「……もしかして紹介してもらえるのですか?」
「あんたらは評判いいからね。兄ちゃんは別だよ?」
「ぷぷっ」
(体液放出エルフめ……)
「まぁ意地悪ってんじゃないんだよ。この二人なら出来そうな仕事があるんだ。まぁハウスキーパーだね。家事仕事さ」
「やる!」
「やりますっ!」
「よし。ならやりな。今まで通りにやれば大丈夫。いいね?」
「「はいっ!」」
「……あの」
「なんだい? 金かい? 金は日給で八千クイーンだね。しっかりしているところだから安心だよ。じゃないとここの宿の評判も落ちるからね」
「はい……あの」
「なんだい? ハッキリしない男だねぇ」
「自分に出来る仕事はありませんか?」
「ないね」
「ぷぷぷ」
(んがぁっ!? くっそぉ! ネピアの野郎っ!)
「……とこれぐらいにしとこうかね。あるよ。ただキツイ仕事さ。日給は見習いで日給一万クイーン。その後は一万五千~二万クイーンだね。仕事内容によっては夜勤もあるみたいだね」
「「「二万クイーン!?」」」
「王都宮殿近くに作っているコロシアムの建設さ。羽振りがいいっていうのもあるけど建設を急いでいるって話しさ。そこも中々に空きが出ないんだけど、一枠あってね。感謝しな兄ちゃん」
「はいっ!」
「よし。これから二人には直接雇用主に会ってもらう。私もいるから大丈夫さ。場所もここさ」
「「はい!」」
「兄ちゃんは直接コロシアムに行くようになるね。話は通しておくから向こうついたら名前いいな」
「はい!」
「じゃあちょっと待ってなね。時間かかるかもしれないから、そこに座ってな」
促されるまま長椅子に座る三人。流れるように新しい仕事が決まり皆で微笑む。すると二人から話があった。
「タロさん。もしあれでしたら、お先に戻って頂いてもいいですよ?」
「そうね。面接もいつになるか分からないしね。それに……なんだっけ? あ~ 瞑想? それでもやってたら? それに明日から仕事キツイんでしょ? 骨休めしたら?」
思わないところから優しい言葉を掛けられてまごまごしそうになるも、せっかくの気遣いを断るのも悪いと思い、屋根裏部屋へと戻る事にした。
(はぁ~あ スッキリしてさっぱりしたなぁ……)
手際よく瞑想を済まし、風呂にも入った。後は飲んで寝るだけ。あまりにも何もない部屋なので、もう飲んでしまおうかと考えていた。
(漬け物もあるし、多少の食べ物もあるからなぁ)
結局買い物も二人に任せてしまって、本当に手持ち無沙汰になっている。元の世界だったら、スマホで書き込みを見て時間を潰せていたのに、そんなものはここにはない。
(時間を有効に使えるハズなんだけどなぁ……)
だが何も浮かばない。仕方なく部屋を掃除と少ない量の洗濯をする事にした。掃除と言ってもあまり汚れる事もないで、軽く掃いて水拭きするくらいだ。洗濯もこまめにしているので、あまり洗濯がいのない量を洗い裏庭に干す。
(あ~ やる事ねぇ~)
二人がいないだけでこんなに静かになるのかと、気持ち寂しくなる。あれだけ欲していた一人の時間も、今となってはこの有様。逆に人が近くにいないと寂しくてたまらなくなる。
(早く帰ってこないかな……)
そう思ってからどれだけ時間が過ぎただろう。全く帰っている気配のない屋根裏部屋で時間を潰すのはもう無理だと感じ、俺はそのまま外へ出る決意をした。
(ネピアに何か言われそうだな……「寂しかったんじゃないの~ え~?」とかマジで言ってきそうだもんあぁ)
そう考えると自然と苦笑し気持ちが晴れやかになる。いつのまにか依存してしまう程に長くいたのか。出会ってからの日にちを簡単に数えられる程の付き合い。それでも色々あったなと回想出来るくらいの思いである。
俺はそのまま向かう事はせず、行き違いになっても何か軽い食べ物でも買っていってやろうと思った。ちょっとした気遣いや心遣いをしてやりたくなる二人なんだよなと、二人の顔を思い出しながら市場へと向かって行った。