第33話 ロールの木を見よう!
「……」
「……」
「……」
昨晩は流石にお酒は飲まないだろうと思っていたのだが、エルフには関係なかったらしく、貰ったおおみかん酒をまるでジュースを飲むように飲んでいた。
身体はアルコールを拒否していたが、興味もあったので軽くいただいた。甘くてフレッシュ感があるおおみかん酒。だがアルコールは高めなので口当たりの良さに勢い付くと、こないだの二の舞になる事は必至。
「……」
「……」
「……」
王都アドリアで一番最初に仕事をした時のように、いつくるか分からない送迎馬車を待っている。初日はしょうがないと諦めたものの、やはり座れるのか座れないのか、とても気になっている。
「……」
「……」
「……」
エルモアはいつも通り死んだような目をして、そこに根を張っているように微動だにしない。ネピアに至っては余裕があるのか、本を片手にして朝から読みふけっている。そしてもう片方の手にはスルメ。収入が出来てからネピアはこういった保存食をよく持ち歩き食べていた。
スルメはちょっとあれだが、その本を読む様は通勤時間に新聞を読み続ける中年サラリーマンのような安定感があった。ネピアなら元の世界の満員電車でも最後まで諦めず新聞を読み続けるエルフとなるだろう。
(そういや…… 超絶満員でも執拗に新聞読んでいるおじさんがいたなぁ)
もう新聞とディープキスするんじゃないかってくらい、接近しているにも関わらず頑なに読み続けるおじさん。まるでそうしないと生命の活動が止まってしまうような気概さへ感じる。
だがここにいる、意識高い系エリートエルフ筆頭のネピア嬢。彼女ならそのおじさんに対抗出来るのではないだろうか。出来る事なら元の世界に連れて行き、満員電車内でおじさんと対面勝負をしてもらいたい。
(ネピアならやってのけるだろう…… いや……も しかすると互いをリスペクトして空いた隙間を互いに分け合い読み続ける可能あり。やはりエリートエルフとおじさんは相性いいのかもな……)
そんな有意義な思考をしていたところで、送迎の馬車がやってくる。御者の人がこちらを一瞥すると、驚いたように一度馬車を止める。
睨みあっていた訳ではなかったが、互いに視線か交差する。そして御者の人はこちらが誰であるか確認すると、恐る恐るこちらへやってきた。
(御者さん…… おおみかんの時と一緒だ…… 飲み明けほぼオールの時から凄い怖がってるんだよなぁ)
「……」
「……おはようございます」
「(ビクッ!?)」
(えっ!? 俺っ!? 俺なんかしたのっ!? えっ!?)
「はよ~」
「……ぅ」
(エルモアンは「おはようございます」って言ってるのかな? ほら! 頑張って生きようね?)
勝手を知る送迎馬車内に乗り込み、車内を見渡すと座席にいくつか空きがある。安心した俺たちは、空いている席に座り各々の時間を過ごす事になる。
「これがロールちゃん…… いやロールの木かぁ」
かすかに見える太い幹が土台の強さを物語っているものの、枝自体はあまり太くなく細かく細かく分かれている。高さは五・六メートル程で全ての枝葉が上から地面つくように垂れ下がっている。
遠目から見ると小さい緑の山のような感じで、子供の頃なら中に入って追いかけっこしたり、かくれんぼしたり楽しめそうな木だった。
「あんた初めて見たの?」
「あぁ。世話になっているけど自然に生えているのは初めてだな。ネピアは知っているみたいだな」
「うん。だって巻き取りやった事あるもん」
「そうなのか? エルモアもか?」
「……ぃぇ」
(エルモン? 朝弱すぎだよ?)
「エルモアは巻き取りやってないよ。身体動かしたいって他の事してたもん」
「そうか」
(今は全然動いてないけどホントかな?)
周りを見るとおおみかんの農場とくらべて、覇気が無いというか静かだった。馬車を降りて作業場へ向かう者もいたが、ほとんどは仲間と談笑したり、エルモアのようにぼーっとしている。まとめ役の人も見当たらない。このままここで待機していれば良いのだろうか。仕方なく実務経験のある、巻き取りエルフのネピア嬢に話を聞いてみる事にした。
「ネピア。巻き取りってどうすんだ? 教えてくれよ」
「え~ どうしようっかなぁ~? 教えてあげてもいいんだけどぉ~ ちょっと誠意が足りないっていうかぁ~ 」
(……こいつ本当にアホだな。しゃべり方が完全にアホ。こいうった心の狭さもアホ。スルメを口に咥えながら話している様もアホ。だが俺は社会派紳士。教育してやらねばなるまいて)
「誠意も尿意も足りてるだろ? あまり欲張ると漏れるぞ?」
「……ほう。巻き取り業界では名前を馳せた存在である、ネピア様に向かってなんたる物言かしら? あんたなんて一瞬で巻き取る事たわい無い。ほれ。懺悔してこの私を敬いなさい」
「はい。シスターネピア告解させて頂きます。私は悪魔の所行から強制失禁してしまい、ある方に傷をつけてしまいました」
「ほう」
「そのある方は通常の生き物と違って、目から尿を出す存在なんです。なぜならその方は股の間から涙が出たんだと必死に申告してしたきたからです」
「……ほう」
「その方は最近ハンモックを購入し私の真上で就寝しているのですが、こともあろうかこの私に傷をつけ返してきたのです。私は強制失禁でしたがその方は任意失禁なんです。これは許される事なんでしょうか。ああっ女王様っ この非道なる常習的尿漏れエルフを裁きたまえ!」
「してないっ! 私してないっ! なに適当なことをいってぇ!?」
「あぁっ!? してんだよっ!? この俺の顔にお前の体液なんて付けやがってよぉ!」
「はぁっ!? な、なによ体液ってっ!? わ、私、体液なんて出してないっ!」
「出てんだよぉ! 昨日だぁ! お前の体液がこの俺様の顔を蹂躙した事は事実っ! しかも…… 俺の…… 体内に…… うっ……」
俺はエルモアからプレゼントされたハンケチーフを唇のみで押さえて、その対角を右手で抑える。左側に身体を寝かせて左手は地面へ。足はお姉さん座りのように横座りして、自分の受けた辱めを盛大にアピールした。
「えっ!? あんたの体内に!?」
「そうよ……この外道っ! 初めてだったのに……ょょょ」
「あの~ どういう事なんでしょうか?」
エルモアが話の展開について行けずこちらにやってきた。俺はエルモアに貰ったハンケチーフを広げて見せ、笑顔で首を傾げる。すると満面の笑みになり同じように首を傾げる。そしてもう一度同じように首を傾げながら一緒に声を出す。
「「 ね~ 」」
(ハンケチーフは社会派紳士の嗜み。これを所持していない事に気がついた、淑女エルモン。彼女はごく自然にそれを俺にプレゼントする…… なんたる淑女的精神姿勢。この社会派紳士…… 完敗だ…… ふふっ)
「ちょっと! ちゃんと説明しなさいっ!」
「オマエ ヨダレ オレ クウ」
「……」
「オマエ シタ タイエキ ナミダ」
「……」
「オマエ ウエ タイエキ ニョウ」
「……」
「アンダスタン? ……ウッ!」
いつも通り鳩尾に一発綺麗に入れてくる。これからロールの葉の巻き取りだってのに、俺が見ていたのは、人生のスライドショーが巻き取られていく様だった。