第32話 求人を見よう!
「終わっちゃいましたね……」
「あぁ……」
「……」
アルマートゥスさんの農場から、送迎馬車に揺られて鍛冶屋ザンまで戻ってきた。途中で下車して市場や安宿巡りも考えたが、いっぱいのお土産を抱えていたので一度屋根裏部屋へと戻る。
「どうすっか」
「どうしましょう」
「……仕事探しにいくしかないでしょ」
その通りだった。ネピアに賛同したくはないが、そうも言ってられない。まずは仕事探しだ。それと同時にアルマートゥスさんに言われた事を思い出して、アクトゥスさんに言われた事も合わせて思い出す。
(「出来るだけ早い出国をお伝えします。この国は変わってしまいました」……なんて言ってたよな)
しかしそう簡単にはお金は貯まらない。貯まった所で船を出してくれる人がいるかも分からない。
(分からない事だらけだけど、やるしかないんだよな)
「よし。まずはザンさんとアン様に会う。このプレミアムおおみかんと、おおみかん酒をお裾分けする。世話になっているしな」
「賛成です! 皆で味わった方がアルマートゥスさんも喜ぶと思います!」
「ふ~ん。あんたにしてはまともじゃない」
「……言っておくが、お前の事も含めて考えているんだからな」
「えっ?」
「……まぁいいよ。ちょっと行ってくる」
そう言って階下に降りていく。ちょうど出かけようとしていたザンさんに声を掛ける。
「すいません。お出掛けですか?」
「あぁ。だが急いじゃいない。どうした?」
俺は持っていた物と合わせてお裾分けの意向を示す。残念ながらアン様は在宅していないようだ。
「おおみかんか…… アンのやつ喜ぶぞ」
「本当ですか? 喜んでくれるならこちらも嬉しいです」
「あいつは甘いもの好きだからな。それにこれ高いヤツじゃないか。本当にいいのか? お前たちも裕福という訳じゃないだろう」
「心配させてしまいましたか? 大丈夫ですよ。 ……ですが実はお願いごとがありまして」
「? どうした?」
「屋根裏部屋にフックを付けたいんです。ネピアがハンモックを買って簡易固定していたんですけど、昨日寝てたら落ちてきちゃって」
「ああ。そんな事か。なら丁度いいのがある」
そう言うと部屋の奥へ行って土台付きのフックとネジ、それと工具と脚立を持ってきてくれた。
「これを壁に取り付けとけ」
「ありがとうございます」
「じゃあアンに渡しておくから」
「お願いします」
階下に降りていくザンさんを見送り、そして俺は屋根裏部屋へと戻っていった。俺たちの玄関、いわゆる靴置き場のそばに置いている糠床を手で混ぜているエルモアがいた。
「どう? いい具合に漬かってる?」
「食べれる物は既に出してしまってますからね。今はかき混ぜているだけなんです」
「そうか。ネピアは何処行った?」
「上にいますよ」
俺は靴を脱いでザンさんから渡して貰った数々の品を持ちつつ、屋根裏部屋へと入っていく。中でネピアは本を読んでいるようで大人しくしていた。
「ちょっといいか?」
「……なに」
「これを取り付けるのさ」
「? もしかしてハンモックの?」
「その通り。これでお前が落ちてくる事もないだろう」
そのまま脚立に乗りフックの取り受けを始める。フックを指定位置に合わせてキリで軽く穴を開け、貰ったネジを工具で締める。計四つ締め付ければ、お一つ完成。対角線上にもう一つ同じ作業をしてハンモック固定フック取り付けミッション終了。
そのまま階下へ荷物を降ろそうとするとネピアから遠慮がちに声がかかる。
「あ、ありがと」
「礼はザンさんに言ってくれ。しっかりしているよこのフック。流石は鍛冶屋だ」
「う、うん」
「それじゃ早速仕事探しに行こう」
「うん」
エルモアにも声をかけて俺たち三人は、仕事探しに安宿掲示板巡りツアーを開催する。近くから安宿の掲示板を見て回る。短期や単純労働じゃない仕事もちらほら存在している。農場系の仕事は少ないようで、張ってあっても聞いて見るとほぼ終了だとの返事だった。
(時期的に終了なのかもしれないな)
先ほど思い出したアクトゥスさんの言葉。それをどうも意識してしまって高額な仕事を探してしまう。だがそういった仕事は経験や知識、資格などが必要だった。中にはアドリード王国民専用もある。
(どうしたもんか…… 早くお金を貯めないと…… ど現実的には難しそうだ…… はぁ)
旧市街から新市街へ抜ける道を三人で歩いていると、いつものフルーツ屋の店主から声がかかった。ミニスイカを貰ってから市場の帰りにフルーツを購入するようになったのだ。目利きが良いのかここのフルーツは美味しく、二人のエルフも認めている。店主の名前はジムナーカスさん。朗らかで優しい方だ。
「お出かけかい?」
「はい。仕事探しに安宿掲示板巡りツアーの最中です」
「どうかい? 何かいいのあったかな?」
「……そうですね、まだ見つかってはいないです」
「慌てずいきなさい」
「はい」
「穏やかに慌てず。意外と難しい。色々考えてしまう時もあるから…… もし焦って変わるなら僕もそれをお勧めするさ。けどどうだい? 変わりそうな事かな?」
「……正直分かりません。けどまだまだ知らない事が多いみたいです」
「そうかい。なら情報の取捨選択をしっかりする為にも、フルーツが必要だね」
「ははっ。なんだか決まり文句みたいでいいですね」
「そう。フルーツはね、心を穏やかにさせてくれるよ。こちらの方が僕の決まり文句かな?」
「じゃあミニスイカください」
「はい。二人の分は多めにしといたからね」
「おっちゃん。あんがと!」
「ありがとうございます。いただきますね」
「いいんだよ。それじゃ気をつけていってらっしゃい」
ジムナーカスさんに諭されるようにフルーツを購入する。本日は色々と考えさせられる日でもあり、考えなくてはいけない日でもあった。その原動力となる糖分をこのミニスイカで補う事にした。
それからいくつかの安宿を巡り、最後におおみかんの収穫の仕事を決めた安宿に辿り着く。それまでにいくつか候補はあったが、何点か応募条件に満たない。それに二人がエルフと分からないよう自然に振る舞える仕事が望ましい。
(服装も決まらず農場のように気にされない仕事があればな……)
「あんたたち仕事探してんのかい?」
「おばちゃん! 探してる!」
「ならこれやりな。ロールの葉の巻き取り。三人でいいね?」
「あっ、ちょっと待って下さい。あのお金は?」
「完全出来高だね。まぁ大体七~八千クイーンだろうね。 明日の日の出前にここ。迎え来るから」
「あの…… 迎えの馬車はどこから出てるんでしょうか?」
「知らないね」
「おばちゃん! あんがと!」
「あいよ。今回も頑張るんだよ」
「はい。いつもありがとうございます」
(エルモアもOKって事だよな…… ならいいか)
そうして何の因果か二つ目の仕事も、このおばちゃんがやりくりする安宿で決まる事になる。そして迎えの馬車が鍛冶屋ザンの近くから出ている事を切に願う三人であった。