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第31話  残りを収穫しよう!



 思い出したくなかった。思い出す必要はあったのか。必要はあったのだ。生き物は反省し、過ちを繰り返さないように生きていかなければならない。

 だが多くの存在はその反省もせず、のらりくらりと生活していく。だが俺たちは違う。しっかり改心してやり直していく。そういう前を向いた生き物が、俺たち三匹の生き方だった。


「……」

(……)


 どうのこうもなく、ただひたすらに目の前にある、おおみかんを収穫していく。同じ作業、同じ内容、同じ流れ。全く代わり映えのない動き。ただ一つ違ったのは終わりが見えている事だった。

 昼が近いわけでも、終了時間が近い訳でもない。収穫する木々がもう数える程しかないという事だった。


「……」

(……)


 昨日は地獄の一日だった。ほぼ飲み明かして朝一からクエルボを瓶ごと飲み回し、異様なテンションのまま仕事場へ行った。明らかにおかしい状態のまま勢いで仕事するも、一時間もしないうちに限界がやってきて崩れ落ちた。

 だが仕事は仕事。やり続けなくてはならない。永遠とも感じる時間の中で俺が救われるような事柄は一切起きず、代わりに足下は存分すくわれた。


「……」

(……)


  エルモアもネピアも流石に昨日は限界だったらしく、死んだような目ではなく、間違いなく死んでいる目をしながらも、間違いなく生きているという矛盾を見せ続けるという快挙を成し遂げていた。

 本日も三日酔いという程ではないが、気分が良いとは言えない。ただ終わりが見えてきたので、多少肩の荷が下りたような気分で仕事をしている。



「もう終わりだね」

「……はい」

「大丈夫? 昨日も凄い顔してたもんねぇ」

「はい……」

「……本当に大丈夫?」

「はい。なんだかすいません……」

「いいよ。さぁ最後の収穫だ。頑張ろう」

「はい」



 この木でついに最後だった。本日は日曜だが、残りが少ないという事で来週に持ち越す事なく収穫をしている。都合四日間の仕事ではあったが、あの激しい晩酌のせいで思い出深いのか思い出に残らない位に脳がやられてしまったか、よく分からない仕事になった。


「……終わったね」

「……終わりましたね」


 綺麗に並んだ木々を見て、四日間とは言え頑張って収穫したもんだと考えた。もちろん四日間で全ての木々から収穫したわけで訳ではもちろんないが、それでもこの広大な土地にあるおおみかんの木を見ると感傷的な気分にもなる。


「さぁ小屋へ戻ろう。残りを箱詰めしたら終わりだよ」

「はい」


 荷車を引いて小屋へと戻る。後ろ髪を引かれるほどではないが、それでも明日からはここへ来る事もないのかと思うと、一抹の寂しさを感じた。


「あ~ 来た来た」

「待ってましたよ~」

「収穫は終わったよ……」


 意外に元気な二人を見て、俺がだらしないのかと考えるが、根本的に酒の強さが違うのだろうと納得する。エルフと人間という違いは、こういったところで出てくるのかも知れない。


 箱詰め自体は初めての作業だったので二人に教わりながら、残りを箱に詰めてゆく。一つ、また一つ箱に詰めていく。荷車に載っているおおみかんが、また一つ減ってゆく。一時間もしないうちに荷車に積まれたおおみかんは全て無くなり作業は滞りなく終了する。


「終わりましたね」

「あぁ……」

「何? あんたまだ疲れてんの? だらしないわねぇ~ シャキッとしなさいよシャキッと!」

「……お前のせいだろ」

「なっ、何よ…… しょ、しょうがないでしょ!? 別にワザとやったわけじゃないんだから……」


 地獄の昨日。その昨日の仕事が終わり屋根裏へと帰宅した俺たち。重い身体を引きずって風呂に入った。風呂が終わるとすぐに仕事の為に就寝する事になる。

 実は俺が二人に酒やプレゼントを買った日に、ネピアも自分でとある商品を購入していた。それはハンモックである。

 ハンモックは購入日に使用する事はなく晩酌に明け暮れていたので、実際使用し始めたのは昨日からだった。


「……あれがなければ俺は朝まで熟睡出来たんだ。絶対許せる行為ではない」

「だからワザとじゃないって言ってんでしょっ!?」

「ワザとじゃなければ何したっていいのか? なら俺はお前にマーキングした事も気にしなくていいな。ハハッ」

「あぁ~!? また言ったぁ!? マーキングエルフって言ったぁ!?」

「アホかっ!? マーキングとは言ったがマーキングエルフなんていつ言ったんだよっ!? 聞いた事を忘れないように、頭ん中にある記憶もマーキングしておいた方がいいんじゃないのかっ!? あぁっ!?」

「こんのぉ~!」


 俺とネピアはいつも通り組み合いを始める。事の発端はハンモック。そのハンモックを屋根裏部屋に簡易固定したまではよかった。実際ネピアの体重も大した事はないだろうと、俺も高をくくっていたのが敗因だったのかもしれない。それに昨日はあの状態で何かを深く考えるという行為は出来かねた。

 案の定、睡眠を貪り気持ちよく就寝している時間帯に、ハンモックの固定が解けてネピアごと俺の鳩尾みぞおちに落下してきたのである。


「お前のせいでっ! ……んっ ……おぉ 俺は! 変な時間に目が覚めちまったからっ! なんだか寝付けないうちに朝になっちまったんだぞっ!」

「だからって! ……このっ! んっ! ……マーキングは絶対秘密厳守だって ……言ったじゃないっ!」

「うっるっせ! どうせまた落ちた衝撃でチョロっと…… こんのぉ! 出ちまったんじゃないのかぁ!? えぇっ!? 尿漏れエルフ界の大御所ネピアさんよぉ!?」

「なっ!? 何をっ!? 何を馬鹿な事をっ!? てっ、訂正しなさいっ!」

「何を慌てているんだぁ? お前そう言えば…… 落ちた後…… どっか行ってたよな…… そうだそれで俺、いつ帰ってくるんだろうって…… 眠れなくて…… ハハッ…… なんだ、答えはあるじゃないか…… あ~ 可哀想なネピアちゃん。ネピアちゃんは衝撃に弱いからね~ しょうがないよ~ ねっ?」

「なはっ!? ちっ、違うわよっ!? 違うんだってばぁ!」


 組み合う手に力を入れて、俺をやり込めようとしてくる。その瞬間に俺は感じ取った。これはまごう事なき真実であると。人間は……いやエルフも許容出来ない真実を突き出されると、力でねじ伏せようとするのである。


「……あの、仕事いいですか?」

「あ~ すいません~ どうも漏れるとこうなっちゃうみたいなんで……ツレが迷惑おかけしました」

「あんたぁ~!? いい加減にしなさいよっ!?」

「はいはい。ほら仕事するぞ。それと衝撃に弱い素材で出来てるんだから身体は大事にな?」

「……」

「……」

「……決着は死以外ないと心得よ」

「……望むところだ」

「あの~ 仕事終わってからにしません? 困ってますよ?」

「「……はい」」


 エルモアに諭された俺とネピアは一時的に休戦を決意する。だが俺は勝ち誇っていた。


(現在の合計失禁数はネピアの野郎が二回。俺様は一回。奴の方が一歩リードしている。そしてこのゲームは回数が多い方が社会的に負けなのだっ! はっはっはっ!)


 最近冷静になって聞けるようになったので発見したが、ネピアの口調が変わりご立腹モードになった際、瞳孔が開き青く燃えたぎるような瞳に変化している様に気づいた。瞳が燃え上がるなんて表現があるが、赤くない。激しく燃えているが青なのだ。ガスバーナーから出ている炎の青白い部分というのが分かりやすい表現になるだろうか。


「(ゴォォォォ)」

「(……ふんっ)」

「(ゴォォォォぉぉぉぉ!!!!)」

(ビクっ! 恐いよぉ…… 助けてぇ~ エルモア~ン)


 俺は瞳を使い威嚇してくる生き物に対して恐れをなしている。目は口ほどにモノを言う。それなりに人生を生きてきて、それなりに絡まれてきた俺は、この目による威嚇にも耐えてきたんだ。だがここまで瞳の中を変化出来る奴を俺は見た事はない。人間では不可能だろう。だがエルフはそれをやってのけるようだ。


(炙りのネピア。それが貴様の二つ名か)


「……あの、仕事してもらえます?」

「……すいません」

「や~い 怒られてやんの~ ば~かば~か」

(ふっ…… まぁ暫定失禁数は俺の勝ちだからな。ここは社会派紳士が引いてやるか)


 心底馬鹿にしたような顔を互いにして煽り合うも、俺の方が間違いなくネピアより優れいてるので安心して煽りを受け止める事が出来た。本当に結果とは恐ろしいモノだ。



「はい。ご苦労様。これで終わりだね。申し訳ないんだけど、人手が少ないから雑務を少し頼むね。それでも午前中には終わるから」

「はい」

「は~い」

「わかりました」


 それから小屋内を掃除したり、周りを片付けたりする。本当にここでの仕事が終わりに近づいている。一つ一つの雑務が終わりを感じさせる。

 最後の最後に荷車を片して終了となった。俺たちはなんとなく小屋の外から、おおみかんの木々を眺めていた。


「なんだか雄大ですよね。この木々全てから収穫し終わったなんて考えられませんね」

「そうだな。俺らは最後の最後だったけど、それでも結構な数を収穫したからな……」

「……」


 ネピアは一人ふて腐れるようにそっぽ向いていたが、その目に映るのは俺らと同じおおみかんの木々だった。


「はい。お疲れ様。本当に助かったよ。まさかこんなに人がいなくなるなんて思ってもみなかったからね。午前中終了だけど、日給分入っているから。もしこのアドリアにいるなら、また頼むよ」

「「「 はい! ありがとうございました! 」」」

「それとね……お金は色つけれなかったんだけど、こういうのなら出来たからさ……」


 そう言って手渡してきたのは、大きな瓶に入ったおおみかん酒だった。それが一人一個ずつと、特別仕様な箱に入れられている見た目も素晴らしい、おおみかんだった。


「……正直、お酒は見るのも嫌かなって思ったんだけど、あれだけの二日酔いで仕事出来る人たちだったから、本当にお酒好きなのかなって思って今日の朝に持ってきたんだ。それとこっちは、この農場の中で一番品質が良かった木からとった限定おおみかんだよ。もう食べ飽きちゃったかもしれないけど、良かったらあげるね」

「「「…………」」」

「あっ……やっぱりお酒はキツかったかな? なんだか嫌な気分にさせちゃったかな……」

「……違うんです。嬉しかったんです。言葉に詰まってしまってすいませんでした。ありがたく頂戴します」

「にいちゃん! ありがと! 大事に食べるねっ!」

「本当にありがとうございます。短い日数なのに本当にお世話になりました」

「いやいや。助かったのはこっちさ。最終日だって君たちだけになっちゃったしね。それと……色々大変かもしれない、私も君たちに何が出来る訳でもない、それでも前を向いて頑張って欲しい。役には立たないだろうけど、私の名前はアルマートゥス。別れ際に名乗るもったいぶりな性格だ」

「はは…… アルマートゥスさん。ありがとうございます」

「頑張る!」

「頑張りますっ!」

「本当にいいパーティだよ。喧嘩したっていい、仲良く一緒にいるんだよ」

「「「 はいっ! 」」」


 名残惜しくなるもアルマートゥスさんとお別れをし、送迎の荷馬車に乗った三人。出入口付近からアルマートゥスさんが見えなくなるまで手を振り続けていた二人。


 その二人も何かを感じ取ったのであろう、アルマートゥスさんの言葉。もしかすると役場にいる友人とは、アクトゥスさんにかもしれない。そうであれば二人とも俺たちの事を心配してくれているのだ。このアドリード王国の首都アドリアでも、俺たちのような流れの者に対して気遣ってくれる優しい人たちがいるという事を、心から実感した日になった。











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