第30話 迎えちゃおう!
「……」
「……」
「……」
起きている。俺たちは起きているんだ。間違いなく。そして仕事へ向かうんだ。それなのに先程まで酒を飲んでいた感覚がする。二日酔いになるのは確実そうであるが、まだ酒に酔っている状態とも言える。
「……」
「……」
「……」
この場所に来れたのが奇跡なのか、その直前まで酒を飲めていたのが奇跡なのか、どちらにしても本日の奇跡は使い切ってしまったようだ。
「……」
「……」
「……ふふっ」
何がおかしいのかエルモアが一人で笑い出した。俺はそれに反応する事は流石に出来ないなと感じるものの、まだ酒が完全に残っている状態だからか、それともこの状態では笑うしかなかったのか、つられて笑い出す。
「……ハハッ」
「……」
「……ふふっ」
ネピアは既に二日酔いの状態へとスイッチしているのか、反応はなかった。そろそろ、おおみかんの農園へ行く馬車がくる頃ではあったが、俺はそれに乗って仕事へ行く自信はなかった。
「……ハハッ」
「……」
「……ふふっ」
おかしい。おかしいんだこの状況。これから夕方近くまで仕事するってのに、なんで心身共にこんな状態になっているのか。それに気づいたのか、身動き一つ取らなかったネピアも参戦する。
「……ハハッ」
「……あはは」
「……ふふっ」
日の出前から日の出に差し掛かる通りで、立ち尽くしながらも気の抜けた笑いを提供する三匹。三匹とも変なスイッチが入ったのか、少しずつ気分が高揚してくる。
「……ハハッ……ハハッ」
「……あはは……あはは」
「……ふふっ……ふふっ」
驚いたのはこの状況を見ていた人だろう。だが実際は誰も見ていない。ただ少なくとも俺は驚いた。何せ最低だと思っていたこの気分が段々と最高な気分に変わっていったからだ。
「……ハハッ……ハハッ……ハハッ」
「……あはは……あはは……あはは」
「……ふふっ……ふふっ……ふふっ」
切り替わった。世界がそう望んだかのように幸せな世界へと切り替わる。しかしこれこそが破滅への切り替えポイントだったのだ。もともと正常ではなく異常な状態での精神高揚。これに俺たちは完全に騙されて、ある人物からの悪魔の提案をむしろ女神の言葉とはき違えて、それと提案を飲んでいく事になる。
「……いっちゃいます?」
バッドエンドへの分岐。誰もがそう感じなくてはいけなかった。だが俺らは彼女がそれを提示せずとも、彼女がそれを言葉に出さなくても、おのずと破滅の道へと進んでいただろう。そう、既に俺たちのテンションはオール明けのような変なテンションへと完全に切り替わっていたからだ。
「「「 チョリース(ッス)!!! 」」」
巾着袋から出したそのモノはクエルボの瓶。昨日飲み終わったハズのその瓶は魔法のように復活していた。恐らくエルモアの備蓄品だろう。まさか無くなったと思っていたお酒が……テキーラが満タンで残っているとは思いもせず、三匹は揃いも揃って声高々に喜びの叫びを薄暗い旧市街のストリートで展開する。
「(クイッ)(スッ)」
「(クイッ)(スッ)」
「(クイッ)」
三匹で回しのみをする。瓶のままだ。ショットグラスより断然多くのクエルボが喉を焼き、胃へ直接落下するという表現が一番しっくりくる。味わうわけでもない、ただただ度の強いアルコールを酔う為だけにブチ込む。
「……俺はさ、クエルボをちょっと見誤ってたよ。こんなのショットで何杯も飲むものじゃないだろって、風呂上がりにちょっとショットで飲んだりするもんじゃないだろって……。けどさ…… この純度の高いアルコールって…… 最っ高ぉっ!!!」
「「「 チョリース(ッス)!!! 」」」
「(クイッ)(スッ)」
「(クイッ)(スッ)」
「(クイッ)」
「……そうね。私もあんた程じゃないけど、清酒の方がお酒を嗜んでる感があるし、味も好きだわ…… でも…… この高アルコール感っ! 極っ上ぉっ!!!」
「「「 チョリース(ッス)!!! 」」」
「(クイッ)(スッ)」
「(クイッ)(スッ)」
「(クイッ)」
「……ふふっ。最初は誰でもそうなるんです。けれど奥深いのがクエルボ。確かに高いアルコールに目がいってしまいがちになります。ほぼ飲み明かした翌朝の朝一に瓶ごと飲めばそうなるのも必然。ただ忘れてはいけないのは、この高アルコールに隠れてしまいがちな繊細で複雑な味わい。これを感じず飲まずして何がクエルボかっ!? 敬礼っ! クエルボに敬礼っ!!!」
「「「 (ビシッ!) 」」」
「(クイッ)(スッ)」
「(クイッ)(スッ)」
「(クイッ)」
「「「 あははははははは 」」」
俺たちはクエルボに感謝と敬意を表しながらも互いに笑い合った。異様なテンションに気がついたのか、一度こちらへ来る前に停車する送迎馬車。それに走って迎え撃つクエルボ三匹集。でも良かったんだ、この後の事を考える必要なってなかったから。だって乗ってしまえば終わるまで帰れないんだから。そんな単純な事も忘却し、酒臭い息を馬車内に蔓延させながら、三匹の長い長い一日が始まる。